翌日。
8時に起こせと言われたので8時に起こしに行ったのだが、案の定デンジさんは寝起きは悪く、結果起きてきたのは8時半だった。
起こせって言うからちょっと早起きして準備もしていたのにこの野郎、とは自分を棚に上げて言えない所が悔しい。
それはともかく、何だ彼だと朝食やら仕度やらをして、彼が出掛けられる様になったのは9時を回って間もなくだった。

「トモエさん、準備は?」
「私はまだ朝の洗い物がありますから…。」
「ふぅん。じゃあ待ってる。」
「え!?あの、いいですよ、そんな!早く行ってジムトレーナーさん達の為にもジムを開けた方が良いんじゃないですか?」
「大丈夫。どうせ彼奴等、10時過ぎないと来ないから。」
「…え?でも、昨夜、皆さんに9時に開けるって連絡してましたよね…?」
「ああ。でも、俺、何時も1時間は遅刻するから。」
「………」
「だから急がなくて良いよ。」
「……急ぎますね。」

ジムリーダーがそんな風に思われてて良いんですか?!って言うよりリーダーが遅刻って如何なものなのかしら。
そんな何とも言えない気分を味わいつつも私は早速洗い物に手を着けた。
最新家電(改造済)が揃うデンジさん宅に食洗機はないのは、食器を使わないかららしい。となると、今まで彼は何を食べて生きていたんだろうか…。色々不安だ。

お節介な不安を抱きながらも手早く食器を捌いて、汗拭き用のタオルと昨晩作っておいた御弁当、それからポケモン達が入るボールをバッグに詰めて玄関に急げば、デンジさんはレントラーの鬣に幾つも三つ編みを作っていた。
かなり迷惑そうにしているレントラーが助けを求めるように此方に目を寄越すとそれに倣って彼も顔を上げる。

「準備できた?」
「はい。…御待たせしてすみません。」
「別にいいさ。俺が勝手に待ってただけだし。」

特に表情を変えないで、そう言ったデンジさんは立ち上がった。
手が放れたレントラーが大きく身震いして三つ編みを解くと、「あー、俺の苦労が…」と小さく呟く彼が、失礼だがちょっと可愛く見えて思わず顔が綻んだのは内緒にしておく。

「じゃあ、行こうか。」
「あ、はい。」

その後に続こうとしてはたと気付いた。

一緒に出掛けて大丈夫なのかな?
あまりにも自然な流れだったから流してしまいそうだったけど、果たしてこれは大丈夫なんだろうか。
昨日まで買い出しなんかに行っておいて今更ではあるけれど、仮にもジムトレーナーの寮から部外者が出て来たら問題になるんじゃ…。
いやいや、今までは1人だったし、人通りが少ないであろう時間に出歩いてた訳だから誰かに遭遇したり目撃されたりしてなかっただけって可能性だってあるじゃないか。
でも今日は、寮のジムトレーナーの皆さんがジムに出向くんだから、流石に誰かしらに見付かる様な気がする…。
私は別に失う物とかないし、旅の恥はなんとやらって言うから構わないけど、デンジさんはジムリーダーとしての信頼とか体裁とか何か色々あるだろうから、迷惑が掛かるんじゃないかしら…。

やっぱり此処は、待っていてもらって失礼ではあるが、別々に出掛けるべきなのだろうか……あ、それだと逆に怪しまれるかな…?

「……トモエさん?」
「わ!」

あれやこれやと独りで思案していたのが怪しまれたのか、デンジさんに顔色を窺われていた。
先週、カラ君達が殴った痕が綺麗に治った顔は相変わらず端正で、その双眸に私が映っているのが見えて、心臓が跳ねた……気がする。

「どうかした?何か難しい顔してるけど。」
「あ…、えっと……、」

こてんと首を軽く傾げられ、私は不安を述べるべきか否か悩んで口篭もった。
今更断ってはデンジさんにも、時間潰しに使われた彼のレントラーにも申し訳ないんだけど、取り敢えずはいい歳した大人な訳で、相手の体裁が気にならない図太さは持ち合わせていない。
考え倦ねて俯いてしまったが、こうしていても埒が明かない。不安事は聞いておくのが一番だ、と私が顔を上げた時だった。

がちゃっ!ごっ!!

突然開いた玄関扉。
開けたであろう謎の人物がデンジさんの後頭部を強打した。

「づっ!!?」
「わあぁぁぁデンジさぁぁぁんっ!?」

衝撃にふらつき片手で頭を抱えた彼は、前のめりに、私を巻き込んで派手に倒れる。

「いたた…」
「ーってぇ…」

盛大に尻餅を付いた私に寄りかかったまま呟くデンジさん。
大丈夫か声を掛けようと目を向けた時、私は視界の端に赤い何かを捉えた。

「てめぇデンジ!何時までジム閉めてやがんだ!!」

よく見れば、赤い何かは人間で、どうやらそれは髪の毛の一部だったらしい。
見上げれば、膝を付いたデンジさん等御構いなしに怒声を浴びせる赤いアフロヘアーの男性が仁王立ちしているではないか。

「いい加減通常運営しねぇと、リーダー交代だってありえるんだ…ぞ……?」

威勢良く叱責したアフロの人だったが、デンジさんに巻き込まれた上にその陰に隠れていた私に気が付くと語勢が弱まる。
アフロの人は驚いた様に目を瞬くと、屈んで、ミツハニー♀の色違いでも見る様な視線を私に寄越した。

「………」
「………」
「………」
「……お、おはようございます…」
「うおっ!喋った!?」

あまりにもまじまじと見られるもんだから軽く会釈すると、少し仰け反るアフロの人。
彼は暫く無言で瞬きを繰り返した後、何事か合点が行ったような顔をして、呆れた様に肩を竦めた。

「はあ…。デンジ、お前、まぎゃぁぁぁぁあ!!

全てを言い終わる前にアフロの人は悲鳴を上げる。
見れば、何時起きあがったのか、デンジさんがアフロの人の顔面を鷲掴みして床に叩きつけていた。

「何しに来たオーバ。人に迷惑掛けんなって何時も言ってんだろ。」
「その言葉、丸ごとミラーコートで跳ね返すわ。てか、手、離そうぜ?痛いんだけど。」

コンビ漫才の様な遣り取りに思わず吹き出しそうになるのを何とか堪えて、私は彼等の様子を見守る。

大きな舌打ちを玄関に響かせてデンジさんはアフロの人から手を離すと、アフロの人はアフロの人で文句を言う訳でもなく苦笑いを浮かべるだけだった。
多分、顔見知りで仲は悪くないんじゃないかと思う。

「御免なトモエさん。怪我はないか?」
「あ、はい。大丈夫です。」

アフロの人に一瞥をくれ、手を伸ばして尋ねてきたデンジさんに、私は頷いて立ち上がった。
彼の表情は一瞬和らいだが、すぐに不機嫌そうに顔を顰めてアフロの人を睨み付ける。

「で、何しに来たんだ。」
「何しに来たとは御挨拶だな。お前がまたジム運営放棄してっから御咎めに来たんだよ。」

言葉だけではギスギスしている風だけど、実際アフロの人はデンジさんをからかうような態度で言っていた。
デンジさんは頗る機嫌の悪そうな表情を露わにして相変わらずアフロの人を睨んだまま呟く様に言葉を紡ぐ。

「……今から行くつもりだったんだけど。」
「へぇ…今から、ねぇ。」
「何だよ、何か文句あるか?」
「べーつにぃ。あ、そーだ。本当にジムに行くかどうか確かめる意味で俺も付いてくわ。」
「はあっ!?っざけんなよ!!そのアフロ、ブレイクするぞ!?」

何とも演技掛かった態とらしい口調でアフロの人が同行を提案すると、噛みつく様に抗議するデンジさん。
怒りで我を忘れる様な人ではないと思うんだけど、アフロをブレイクするって何なんだろう…、なんて言う私の疑問はさておき、食ってかかられたにも関わらず、アフロの人は相変わらずからかう様な態度でデンジさんの抗議にこう返した。

「良いじゃねぇか。長い道程じゃあるまいし。なあ、お姉さんも構わないよな?」
「え!?」

いきなり私に視線を寄越して同意を求めるアフロの人。
唐突な出来事に思わず肩が跳ねる。私は辺りを見渡してから、怖ず怖ずと人差し指を自分に向けた。

「……私、ですか…?」
「この場でお姉さんって言ったら君だけだろー?それとも他に誰かいるとか?」
「私に見えない誰かとか?」
「……あれ?何時もと感じが違うな…」
「?」

私の切り返しに何事が呟いたアフロの人。よく聞こえなかったけど小さく首を傾げている。

「なあ、デンジ、」
「黙れ、喋んな。トモエさん、作業時間がなくなるから急ごう。」
「え?…わっ、」

デンジさんは、何か尋ねようとしたアフロの人を一蹴し、私の手首を掴むとジムへと歩き出した。アフロの人は慌てて追い掛けてくると、手を引かれる私に並ぶ。

「トモエちゃんって言うんだ。俺はオーバ。デンジの保護者ってとこかな。」
「お前が保護者だったら俺はグレるぞ。彼女にあんまり変な事を吹き込むな。」
「酷ぇなぁ…。ま、いいや。宜しくな、トモエちゃん。」

にっかりと笑ってそう言ったアフロのオーバさん。
何となく本当の保護者っぽいその雰囲気に私も釣られて頬が緩んだ。


つづく>>

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ballad


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