デンジさんと共同生活が始まった翌朝。
前日、その日の朝の事もあって、私は夜中に起きても巨大なキャタピーがいると勘違いしない様に寝るという条件と引き換えにベッドの使用権を彼に御返して、リビングのソファーで寝袋を布団に寝る事にしたのだ。
リビングと寝室は遠い訳ではないけれど隣の部屋ではない。防音で無いにしろ、壁はそれなりに厚い。
それなのに、今朝、けたたましい機械音に目が覚めた。
暫くすれば鳴り止むだろうと寝返りを打ったが、一向に止まる気配がない。
御陰で完全に目が覚めてしまった。一体何時だろうと時計を見れば午前4時半。
御飯の支度するにもまだ早いし、ジムに行くのは確か9時だった筈。何でこんなに早く目覚ましが掛けてあるんだろうか。
何か別にやる事があるのかもしれない。なら起こした方が良いんじゃないかしら。御節介かな。いやしかし、この機械音は下手したら近所迷惑になるから越しに行かねばなるまい。
私はのそのそとソファーから起き上がり、音の元へと足を向けた。しっかり閉まっているにも関わらず音漏れし放題の寝室のドアをノックしながら呼び掛ける。

「デンジさん、デンジさん、」

………

「デーンジさーん!」

………

結構大きな声で呼んだ。
しかし、反応が丸でない。
……まさかこの音で起きてないとか?
それはそれで凄い気がするが、兎に角、この騒音をなんとかしなければならない。愈々気が狂いそうだ。
鍵が掛かっていたら諦めるしかないが、私は意を決してドアノブに手を掛ける。するとそれはすんなりと回り、ドアは簡単に開いてしまった。カーテンがしっかり閉まった寝室は薄暗かったが、音を頼りに目覚まし時計を探し当てる。
案の定というか、当たり前というか、それは枕元に置いてあった。そしてまたしてもお洒落家電。スイッチの突起がない。これでは止め方が分からないじゃないか。おのれお洒落家電。
あれこれ弄り回していたらいきなり静かになった。え、不安……壊しちゃった…?
しかし取り敢えず!取り敢えずだ!謝るのは後にしてまずは持ち主を起こそう!起きてもらわないことにはなにも始まらないから!
そう心の中で言い聞かせながら、私は布団にくるまったデンジさんの肩を揺すりもう一度、声を掛けた。

「デンジさん、デンジさん。」
「……………んー………」
「デンジさん、デンジさんってば、起きてください。」
「……レントラー……10万ボルト………」
「レントラーじゃないです。起きてください、デンジさん!」
「………う〜……ん…………」

駄目だ。
完全に寝てらっしゃる。
あの音で寝てられるんだから、ちょっとやそっとじゃ起きないのかしら。でもどうしよう…目覚まし鳴ってからもう20分近く経ってるのに、困ったな…。

「デーンージーさぁーんっ!!」

もう一度、今度はより強くデンジさんを揺すりながら、大きめの声で呼び掛けてみた。
すると寝返りを打って、此方に顔を向けた彼が重たそうに瞼を半分開ける。

「………トモエさん、」
「御早よう御座います、デンジさん。目覚まし鳴ってましたよ。」
「んー……今、何時?」
「4時53分です。」
「…………掛け間違えた。」
「え?あ、デンジさん!」

時間を尋ねられ答えれば、何事が小さく呟いて、デンジさんは布団を引っ張り、瞼を閉じてしまった。

「間違いだった。……10時になったら起こして。」
「間違い!?え?あの、10時って…9時にジムで作業始めるじゃないんですか…?」

聞き返せば、もごもご答えることからどうやら、目覚ましはセットを間違えたらしい。
甚だ人迷惑な話だけど、起こしてくれって何だよって思うけど、それよりも。
昨晩は9時にジムに行くって言ってたのに、10時に起こせってどう言う事なの!?

問えば、デンジさんは目を瞑ったまま、ちょっと眉間に皺を寄せてこう言った。

「昨日も一昨日も連日でジムで仕事したから、暫く行かない。トモエさんも次まで休んで良いよ。」
「……え?」
「そう言う事だから。あ、10時には起こしてね。」

それだけ言って、また夢の世界に旅立ってしまったデンジさん。私は驚きを通り越して呆れ半分目を屡叩くしか出来なかった。
ジムの挑戦者を受け付けてないのに、メンテナンスをやらない日があるなんて聞いてない…!!これじゃあビーコンバッジが何時手に入るか分かったもんじゃないわ!!
普通なら怒り心頭に発して怒鳴りつけても可笑しくないと思うけど、私にはどうしてもデンジさんを強く叱る事は出来なかった。

どうしてかは簡単である。彼の姿が旅に出る前の私のそれに重なったからだ。
自身がそうであった事を棚に上げて、他人様を、まして恩義のある人間を怒鳴り付ける事は私には出来ない。後ろめたい。

そんな訳で叱れる筈もなく布団にくるまるデンジさんを唖然と見下ろした私の中で、昨日までに築いてきたデンジさんに対する“すごく寛大で優しい人”と言うイメージは音を立てて崩れ、代わりに“デンジさんはニート”と言う概念が物の3秒で構築されたのだった。


つづく>>

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ballad


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