ひっきりなしに話し掛けてくるオーバさんをひたすら無視つつ私の手首を放さないで黙々と歩き続けるデンジさん。めげない性格なのか、それともこんな扱いに慣れているのか分からないが殆ど独り言みたいになっているオーバさんが不憫でならない。
そんなオーバさんに相槌を打つかどうか迷っていたら、結論を待たず私達はジムに到着した。
「うわ、本当にジムに来た…。撒かれなかったのだって何時以来だ…。」
「分かったらさっさと巣に帰れオーバ。」
「いやいや、何か裏があるだろ。一応中まで入るわ。」
「うぜぇなぁ…」
真っ直ぐジムに来るのがそんなに珍しいのか、怪訝な表情を浮かべるオーバさん。
盛大な舌打ちと不機嫌な顔でデンジさんは不服そう肩を竦めていた。
「ん?そういやトモエちゃんは何で此処に?」
ふと気が付いた様にオーバさんは振り返り私に視線を寄越す。
そうだ。道中オーバさんが一方的に話をしてただけだから、部外者の私が休業中のジムに来た理由を彼は知らないのだ。
私はバッグからボールを1つ取り出して、カラ君を繰り出す。
「私、手持ちがじめんタイプばっかりなので、地下送電線の増加工事をお手伝いしてるんです。」
「へぇー…じめんタイプかぁ。カラカラなんてこの辺りじゃ珍しいのによく捕まえたな。」
「シンオウにはカラカラいないんですか?」
「え?あれ、トモエちゃん、出身は?」
「カントーです。」
「カントー!?リーグ本部はそっちなのになんでまた…」
「ちょっと会いたい方がいまして…」
「へぇー……もう会えた?」
「いえ、まだです。」
「そっか。会えると良いな。」
立て続けの質問に答えれば、最後にオーバさんはにっかりと歯を見せて笑った。
とても眉間に皺を寄せて舌打ちで迎えるべき相手には思えない。何と言うか良い人っぽい。それなのに何故、デンジさんはさっきから禍々しい空気を醸し出しているのだろう。
真逆の空気を纏った2人に挟まれてジムに入り、居たたまれなくなった私は、そそくさと地下の穴掘り現場へと降りたのだった。
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コルク色の長い髪を揺らして、そそくさと地下へと降りる女性を見送り、今にも具現化しそうな程の機嫌の悪さを滲み出す金髪の親友に声を掛ける。
「おい、デンジ。」
「何だよ。」
「お前、趣味変わった?」
「は?」
聞けば、眉間の皺をより深く刻み付けてデンジは問い返してきた。
「だってよ、今までの女に比べたら、かなり地味な娘じゃん。」
「……別に付き合ってる訳じゃない。」
「はぁ?!家に上げといて何だそれ!!」
「トモエさんはジムの挑戦者だ。手応えがあったから……まあ、色々あって手伝い御願いしてるだけ。」
空で目線を泳がせてから結果だけ述べて頷くデンジに肩の力が抜ける。
面倒くさがって重要な所を話さねぇのは正直どうかと思うぜ、親友よ。
「おいおいおいおい…、色々ってお前…」
「話すと長くなんだよ。」
「そう言わねーでさ、今回の視察の件、上には上手い事言っとくから、な?」
「………本当だろうな?」
厭に威圧感がある声に頷けば、デンジはトモエちゃんが挑戦者に来たところからぽつぽつと話し始めた。
「実際、送電線工事は本気でしたかったから、好都合だと思って家を使ってくれって言ったんだけど、約束した後まずった事に気付いたんだ。」
「あー……質の悪い女、家に上げて一悶着あったんだっけか。盗難と盗撮…あと盗聴器?そんな感じだっけ?あの頃辺りから擦れ始めてきたよな、お前。」
「………………。それで、色々試してみた。」
「またか…。」
当然の様に述べるデンジに俺は頭を抱える。
コイツは昔から女の子に人気があって、詰め寄ってくるは数は知れない。
その理由の大半は、男の俺が見ても分かる程の悔しい位端正な顔立ちであって、デンジ自身を見る奴は少なかった。
俺が言うと皮肉にしか聞こえないが、コイツはやる気ない、だらしない、興味ないと動かないのないない尽くしの男。はっきり言ってデンジの中身はニートなのだ。
まあ、ガキの頃はそれでも良かったかもしれない。ちょっとした欠点が目に付けば、顔目当てで近付いてきた奴はほぼ全て離れていくんだから。分かっていたのか、デンジもそれを苦にはしていなかった様に思える。
それが変わってきたのはデンジがナギサのジムリーダーになって頭角を現し始めた時分からだった。
ルックス、実力、地位の三拍子が揃ったもんだから周りが黙っちゃいない。中身がニートであれど、差し引いても良物件であったし、ジムリーダーの体裁上当然だが、ニートな本質をあまり表に出せなかったのも災いし、質の悪い女に迫られる事が多々あったらしい。しかも一度痛い目にも会っている。
そこでデンジは差し引きマイナスになる程の自身のニートを使って人を試すようになった。
壊滅的に汚い部屋に招いたり、騒音騒ぎを起こしたり、目覚まし代わりに酷使したり、家事を丸投げしたり、徹底的に仕事しないで上に御咎めくらってみたり…。とことんドMならいざ知らず、普通はどっかで苛ついて出て行くと言う。態と思わせ振りな態度を取って、引っ掛かってアクション起こした相手は冷たく切り捨てるなんて事もしてる。
で、今回も例に及んで試したと言うのだ。
呆れ半分、その成果を尋ねてみる。
「で、今回は何処までいったんだ?」
「………次の段階考えるとこまで。」
「は?」
「やるだけやったのに、昨日彼女が俺に何て言ったと思うよ?“そろそろ、ジムメンテ再開しませんか”だぞ。改まって言ってきたから引っ掛かってきたと思ったのに。」
「……粘るなぁ。そんな娘には見えなんだ。」
「…………。」
「ん?どうしたデンジ。」
「何か……何時もと違うんだ。トモエさんは……、あ、そうだ。」
珍しく小難しい顔で俯いていたデンジは何か思い出したように頭を上げる。
続いて、僅かに顔をこっちに向けると無表情でこう言った。
「1週間、家事を丸投げして、沙汰無しに過ごしてたんだけどさ…彼女、俺に何て言ってきたと思う?」
「は?だから、ジムメンテ再開しませんかだろ?」
「あ、いや、もう1個あって、俺と再戦したいって、言ったんだ。」
「マジか。気を引くためじゃなくて?」
「俺も最初思った。でもそんな器用な人には見えないし、バッジが早く欲しいんです、みたいな感じが始終あったからな。」
そう言えば、遥々カントーからシンオウまで来たのは会いたい人がいるからだとトモエちゃん、言ってたな。
ジム回ってるならシンオウ中回ってる筈なのに、ナギサまで来て、会いたい人にまだ会えないってんなら相手はスズラン島、或いはバトルフロンティアにいる人間くらいだろう。
だったら、さっさとビーコンバッジを入手したい理由にも頷ける。
目的がバッジだとしても、この面倒臭いニートの世話なんかを文句言わずに1週間するなんざほぼボランティアだ。それが出来たってんならトモエちゃん、ただのいい子かアホなんじゃないか。前者であってほしい。ストーカーかアホしか寄り付かないなんて親友が不憫でならない。
俺が結論を導いたと同じくらいに、デンジがまた口を開いた。
「あと、彼女のポケモンが必死なんだ。」
「何に?」
「俺からトモエさんを守るのに。」
「へぇ…演技指導受けた俳優ポケモンなら知らねぇが、普通は正直だもんな、ポケモン。」
「……何か俺が自惚れてたみたいだ……悪い事したな……。」
「まあ、結果的にはな。でも良かったじゃねぇか、悪い奴じゃなくて。」
「ああ…。…まあ、な……。」
軽く肩を叩いてやれば、盛大な溜め息を吐かれる。話をしている最中は問題なかったのに、また機嫌の悪さが滲み出ていた。
「おい、何でそんないきなり機嫌悪ぃの?」
「別に悪くねーよ。」
「いやいや、悪いだろ。何か引っ掛かる事でもあんのか?」
「………………何か悔しい。」
「え?何?今何つった?」
「何でもねーよ!さっさと帰れクソアフロ!」
盛大な舌打ちと供に強烈な蹴りを背中に御見舞いされて、声にならない悲鳴を上げる俺。
思わず膝を付いた俺は、デンジに首根っこを捕まれ、ジムの外に放り出された。
つづく>>