漢字連れてこられたのは、ナギサシティの東南の端に佇むシルベの灯台。
これは太陽の町からシンオウを照らすシンボルらしい。
「基本的に開放されてるから、出入りは自由なんだ。俺はよくサボリにくる。」
「駄目じゃないですか、サボっちゃ。」
「いいんだよ。上は展望台になってるんだ。トレーナーなら一回は見ておいた方が良い。」
「何が見えるんですか?」
「自分で見なきゃ意味ないだろ?行こう。」
少し意地悪な笑みを浮かべた横顔に首を傾げる暇もなく、また引っ張られて灯台のエレベーターへと連れて行かれた。
そんなに高くない灯台の展望室はやっぱりそんなに広くはなくて、北側の窓に望遠鏡が1台ぽつんと佇んでいる。
お金はいらないから、とデンジさんに勧められて、覗いてみると、薄く霧が掛かったその先に、赤い三角屋根が幾つもついた高く真っ白い建物が見えた。
その中央にはモンスターボールの紋章が緑色の光を、淡く、しかし存在感強く滲んでいる。
「スズラン島のシンオウポケモンリーグだ。いずれは俺も挑戦に行きたいと思ってよく見にきていた。」
「あれが、シンオウリーグですか…。」
「ああ。四天王とチャンピオンが各階のスタジアムで待ち受けてるんだそうだ。」
「………彼処にあの人が…。」
旅立つ前にテレビに映っていた優しげな御婆さんが脳裏に浮かぶ。
そうだ、私、キクノさんに会いにリーグ本部のあるカントーからわざわざシンオウリーグに挑戦にきたんだ。
工事のお手伝いもあと少しで終わるし、道すがらのデンジさんの話に寄れば電線工事は明日から始められるらしい。
もう本当に目の前まで来てるのに、切望していた筈なのに、1ヶ月程前、ナギサシティに到着した頃の様な気分にならないのは何故かしら……。
白く荘厳な建物を望みながら不可解な想いを胸に抱く私の傍で、デンジさんが物悲しげな表情をしていた事を私は知らない。
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大した事はないとは言え、怪我をした人に土木作業を続けさせる訳にはいかないから、今日は大事を取らせて彼女を部屋に帰した。
大丈夫ですからと最後まで食い下がっていたのは、やっぱり早く“会いたい人”に会いたいからか。
その“会いたい人”とやらはどうやらリーグ支部に居るらしい。いや居るに違いない。
彼女の口がそう言った。彼処にあの人が、と。
そしたら俺はただの足止めでしかなかったか…何か悪い事したな。
あの日彼女が来なければ、いや、あの日ジムのシステムに襤褸が出なければ、いや、毎日ジムのメンテをしてればこんな事には、こんな気分にはならなかっただろう。
悔いても仕方がない事だが、考えずにはいられなかった。
そんな事を考えて、片付けと謎の穴を埋める為ジムに戻ると、見慣れたアフロと見慣れないヘルメットが目に入る。
「おう、デンジ!御客さんだぞー。」
「やあ、デンジ君。久し振り。」
「ヒョウタ?何やってんだ?」
取り敢えずオーバは置いといて、振り向いたヘルメット、ヒョウタに首を傾げた。
奴はクロガネシティのジムリーダーでナギサからはかなり距離がある。近場のスモモやマキシさんと違って月一のリーダー会合でくらいしか会わないのにどうしたって言うんだ。
そんな俺の疑問に答えるように、ヒョウタは此方に向き直るとヘルメットを取る。
「さっき、この辺り揺れなかったかな?」
「は?」
「実は此処の下辺りの地下通路で道が崩れて、その採掘作業をしてたんだけど、一々掘ると時間が掛かるだろ?だから僕のラムパルドに頭突きをさせて掘削していたんだけど、思いの外揺れてね。被害がなかったか聞いて回っているんだ。」
人好きするであろう明るい笑顔でそう言ったヒョウタ。
地下通路はナギサの地下送電線トンネルより深い所に広がる迷路みたいなもんでシンオウ全域が繋がっている。最近は化石や進化の石が見つかるとかでトレーナーも行き来しているそうだが、成る程。彼女が穴に落ちたのは此奴のせいか。そうかそうか。
俺は何食わぬ顔でヒョウタに首を振る。
「此処は大丈夫だったぜ。」
「そっか、良かった。これで街の全員に確認が取れたよ。じゃあ僕は地下通路に、」
「まあ、待てよ。此処は大丈夫だったがな、“此処”は。」
「……もしかして何か壊れた?」
踵を返そうとした所を引き止めて、意味ありげに言えば、奴は苦笑いを浮かべてそう言った。
流石、ヒョウタ。オーバと違って勘がいいな。
状況を飲み込めないアフロも伴って地下の現場に連れて行った。
「うわ!!何だこの穴!?」
「デンジ君の所も工事してたんだね…申し訳ない…。」
「此処に1人落ちた。」
「えっ!?」
「お、おい、それトモエちゃんじゃ…?」
「ああ。軽い捻挫で済んだが、ヒョウタ。分かってるよな?」
「……医療費かい?」
「医療費はいらない。だからその穴、明日までに埋めとけ。」
「穴を埋めるのは良いけど、これトンネルにするんだろう?穴が貫通してるなら明日までに完成させられるけど。」
「6時に電気落ちるけど出来るか?」
「トンネル作業は慣れてるし、灯りは持ってるから。」
「じゃあそれで頼む。」
思わぬ申し出に頷くと、御詫びだから、と作業を始めたヒョウタ。まだ若いが土木のプロだ。任せてしまっていいだろう。
トンネルが出来上がれば電線工事は半日もあれば終わる。
足止めした俺が彼女に謝罪出来るならこの程度しかない。
ヒョウタに工事を頼んでオーバと地上に戻ると、奴は嫌な笑みを浮かべていた。
「機嫌悪いな、デンジ。」
「悪くねーよ。」
「トモエちゃんと何かあっただろ?喧嘩したか?」
「何でそうなる…。」
「えー……流石にお前でも気付いてると思ったんだが…」
「………自覚はしてる。」
「あ、そうなんだ。で、何かあった?」
「何だよお前、女子高生か。……あ、そうだ。」
「お!やっぱり何かあったのか!」
「彼女が会いたがってる人、どうもリーグにいるらしい。」
「え?もしかして俺?」
「そうだったら俺はお前の事キッサキの海に沈める。」
「怖っ!!」
過剰な反応のオーバを一瞥し、新しい電線の準備をする。
この工事が終われば、晴れてジム運営を再開できるのだ。
初めに控えているのは彼女との再戦。手持ちと手の内を知られてる以上、勝つのは恐らく彼女だ。
そしてその後の展開も決まっている。
寂しくならないと言えば嘘になるが、止める手立てもない。
このまま何事も起こさないのが一番良いのかもしれない。
つづく>>