「うわぁぁぁっ!カラくぅぅぅぅんっ!!!」
皮一枚で繋がっただけであろう傷だらけのレントラーの前で、私の可愛いカラ君が、最後の手持ちが、ばったりと倒れる。
「やったなレントラー!」
レントラーの後ろに控えるデンジさんは、爛々とした表情で、額に汗を浮かべてそう言った。
彼のサンダース、ライチュウを私のサンドパンが得意の“じしん”で倒し好調なスタートを切ったのだが、続いてデンジさんが繰り出したエレキブルにしてやられてしまう。
少なからず攻撃力には自信があった私のサンドパン。その“じしん”攻撃をエレキブルは耐えやがたったのだ。その後“ギガインパクト”を繰り出され、サンドパンは気絶。
続くヌオーは“どろばくだん”がまさかのミスで命中せず、攻撃の反動で動けぬ相手を仕留め損ねるという失態。その後も“どろばくだん”が命中せず、“でんこうせっか”が急所に当たてられて撃沈という屈辱。
持久戦ならと続いて繰り出したマンムーは速さが劣って“ほのおのパンチ”をぶち込まれたが、何とか耐えて“じしん”で漸くエレキブルを撃破。
もう大丈夫だろうと思っていた最後に繰り出されたレントラー、彼もまた曲者だった。
何故、そんなに多彩な技を覚えているの!?
誰が“ほのおのキバ”を覚えてると思いますか!?
勿論、速さが劣るマンムーはその餌食になったのだ。
それならばとグライオンを向かわせたが今度は“こおりのキバ”が4倍ダメージで一撃。
続くもうちょっとで進化するガバイトの“あなをほる”は当たったものの、相手が案外堅く致命傷にいたらず、後手の“こおりのキバ”によってダメージ4倍で撃沈。
最後に繰り出したカラ君は粘りに粘って奮闘するも、僅かに後れを取ったせいで冒頭に至る。
完全に私の采配ミスだった。
得意タイプと高を括って、回復道具を殆ど持って来ず、レベル上げを怠っていたのだから。手持ちの皆には本当に悪い事をした。
力無く、申し訳なさそうに倒れたカラ君に駆け寄り小さな身体を抱き上げる。
ごめんね、と呟いてからボールに戻し、立ち上がって、眼前のデンジさんに頭を下げた。
「…有り難う御座いました。」
「俺の方こそいい勝負を有り難う。あそこまで追い詰められたのは久し振りだ。」
すると此方に歩み寄り、右手を差し出しデンジさんはそう言う。
彼はきっと心からそう思っているのだろう。
勝負の前の死んだ目をした男とは思えない程キラキラ輝いていた。
負けて悔しいからと言って、私はそれに気が付かない程の子供ではない。彼の右手に自分のそれを添えて握手で応える。
その掌の力強さは敗者の私には色々と痛かった。
しかし、ああ…負けた悔しさ以上に込み上げる此れは何なんだろう。
ルールに則り賞金を渡して、足早にポケモンセンターへ向かいながら私は考えた。同じ様に負けた事は何度もある筈なのに、こんなにも腑に落ちないのは何故だろう。
得意タイプに勝てなかったから?
準備万端で挑めなかったから?
いやもっと違うこう内面的?な理由がある気がする。ポケモンセンターのスタッフさんにボールを預けて回復して貰いながら頭を抱えた。
明日また、挑戦してみようか。今度はしっかり準備して。そしたら何か分るかもしれない。
「…なあ、君、」
答えの見付からない問答に区切りを付けて、気持ちを切り替えると不意に声を掛けられた。
誰だろう、こんな遠方に知り合いなんて居なかった筈と思って振り返ると、まだ記憶に新しい金髪碧眼の好青年。
「…私、ですか?」
「他に誰が?」
「私に見えない何かとか?」
「ははっ、さっきも同じ事言ってたな。」
ボールを持ったデンジさんがそこにいた。
小さく笑った後、彼はそれらを預けにカウンターへ向かう。しかし用が済むとまた私の傍へとやって来たではないか。そんなに狭くはない待合室。何故この人は私の傍に来たのだろう。敗者を見下しに来る様な人ではない事は勝負を通して分かったが、じゃあ一体他に何をしに来たのだ。
「…あの、デンジさん、」
「ん?」
尚も続く沈黙に、とうとう私は痺れを切らして声を掛ける。
穏やかな声が返ってきた。
「あの…、私に、何か御用ですか…?」
「ああ、うん。」
聞けばデンジさんはぼんやりとした声と共に頷いた。その内容を暫く待ってみたが声は返ってこない。
再び「あの、」と声を掛けると「ああ、」と呟いたデンジさんは言葉を続けた。
「君の名前を聞き忘れた。」
「……は?」
「だから、君の名前。」
思わぬ回答に聞き返したが、どうやら聞き間違いではなかったらしい。
何だ、どういう事だ。
この人は自分が勝った相手の名前を記録するとかいう嫌味な趣味があるんだろうか。それともそれに託けたナンパか…まぁそれはないだろう、私に限って。
訝しげに顔を顰めていると、デンジさんは気が付いたのかもう一言付け足す。
「いい勝負が出来たから、是非また御願いしたいと思ってな。」
「いえ、私、リーグ目指してますから勝てるまで挑戦に行きますけど…。」
「そうか。でも暫くジムは閉めるから何時再戦出来るか分からないからな…。」
「え?」
本日二度目の思わぬ回答に、また聞き直すが彼は何食わぬ顔で答えた。
「近頃は思いの外挑戦者が多くてな。ジム設備はフル回転だったから不備が出てきたんだ。メンテナンスが必要だし、ついでに改造もやりたい。だから暫くジムには挑戦出来ないから。」
改造?暫く?挑戦出来ない?
本日三度目の思わぬ回答に、私は首を傾げる。
待て待て、リーグのジムは年中無休じゃないのか?少なくとも地元のカントーではそうだった筈だ。地方によって違うのか?でもそんな話聞いたことないんだけど…。と言うか改造したいって思いっ切り私情じゃない?
思う所は色々あるが、私は取り敢えず、そのメンテナンスとやらが何時終わるかを聞き出そうと考えた。
「あの、でもデンジさん。そのメンテナンスとやらが終われば再挑戦出来るんですよね?」
「ああ、勿論。ただ、俺は熱中すると周りが見えなくなる質だから、何時終わるかは今は分らない。だから、俺がまた勝負したい相手の名前は聞いておいて、メンテが終わったら連絡しようと思ってるんだ。」
それまで自宅か何処かで待っていてくれると助かる、と彼は続けた。
そうか、だから名前を聞いてるのかと納得する反面、再挑戦が先送りにされる事実に信じられない私はただ、瞬きを繰り返す他術が無かった。
なん、だと…!?
何時終わるか分からない物を待ってろと言うのかこの男は!!漸く憧れのキクノさんに御会い出来ると思ったのに寸での所で先の見えない足止めを食らうとは思わなんだ。
しかもそれまで私は一体何処で暮せばいいんだ。自宅なんてここから何週間もかかる所に有るんだから帰れる筈もないし、ずっとポケモンセンターで厄介になる訳にもいかないし、222番道路でずっと野宿なんて出来ないし、かといってこの街に部屋を借りる余裕なんて持ち合わせていない。
チャンピオンロード手前のポケモンセンターでは長期宿泊出来るらしいけど、そこに行く為には秘伝技の“たきのぼり”が必要で、フィールド上でそれを使うにはナギサジムのビーコンバッジが必要だ。つまりバッジ7個の私には行けない。
どうしようどうしよう。まさかのホームレスである。近くに住み込みでバイトできるとことかないかな、どうしよう。
こんな事ならポケモンバトルに頼らないでちゃんと就職情報誌見とけばよかった…!
「……大丈夫か?」
「うわあ!?」
あまりにも唖然として上の空の返事をした私を不思議に思ったのか、デンジさんに声を掛けられ現実へと戻って来た。
心配して貰ってるのか不審がられているのか定かではないが、眉を顰めて此方を見ている。
慌てて作った笑顔は苦笑いになっていなかっただろうか。
「平気です、すみません。」
「何か都合でも悪かった?」
「えー…まあ…。」
「自宅に帰れない理由でもあんの?」
「…ええ。出身がカントーなもので、」
「カントーか…」
じゃあ仕方ないから、明日特別に、そんな言葉を期待して白状する。
しかし彼は驚きはしたが、そんな優しい提案をしてはくれなかった。
「なら、ジムメンテナンスの手伝いを頼めないか?」
「…はい?」
「丁度地下送電線の工事もしたかったんだ。じめんタイプの使い手がいれば早く進む。」
「え?ちょっと…」
「住むのはそんなに広くないけど俺の部屋を使ってくれて構わない。俺はジムで寝泊まりするから。それで、メンテナンスが終わったら一番で挑戦を受けよう。」
これ名案と言わんばかりのデンジさんに私はただもう、呆気に取られる。
条件としては家無き子の私にとって申し分ないのだが、こんな事になるなんて…!
しかし、この状況でイエス以外の選択肢を持ち合わせていない私は、時間がナギサシティに着いた頃に戻るよう願わずにはいられないが、デンジさんに頭を下げた。
「……じゃあ、御言葉に甘えて……御世話になりますが宜しく御願いします…。」
私は疲れた顔をしていなかっただろうか。
つづく>>