「有り難う。俺の我が儘に付き合ってもらってすまないが、宜しく頼む。えっと…」
「あ、トモエです。」
「トモエさん、な。宜しく。」
「御世話になります。」

丁寧に挨拶を交わしたこの時には、私はまだ、デンジさんと言う人の実態を知らなかった。

一晩ポケモンセンターで過ごして、約束をした翌日。元気になったカラ君達を連れて再びジムへ向かうと、デンジさんが待ち構えていた。

「御早よう御座います。」
「ああ、御早よう。取り敢えずこっち来て。」

短い挨拶を交わして、デンジさんに言われるが儘、その後を付いてジムへと入る。荷物をそこに置かせてもらい、案内されたのは地下に続くという階段。それを下った先に広がっていたのは幾つものトンネルで、無数の送電線らしい物が張り巡らされていた。
何でもナギサシティでは海風の影響で外気に晒すと直ぐに傷んでしまうので電線は地下にあるのだとか。
今の状況でも沢山ある送電線を増やすのは、ジムの改造に異常な程電力を使う為、効率良く町全体に電気が届かなくなり、果ては町全体が停電すると言う問題の解決をする為らしい。デンジさん曰く、送電線が増えれば町に行く電力を気にせずに改造が行えるから、作業は早く終わるそうだ。
と言うか、街全体を停電させる程の改造ってどうなんだろう…。

「高圧電流が流れてるから、気を付けて。」
「は、はい…。」

注意されつつ尚もその後に付いて行くと、土肌丸出しの壁に突き当たる。
デンジさんはそこで止まって地図を取り出した。

「今此処な。こっからこう言う風にナギサタワーの下辺りまで掘って欲しい。」

見せられたら地図を差しながら彼は、何m進んだらどっちの方向に何m進むとから、トンネルの大きさとか、道具の使い方とかを説明する。
土木作業なんて生まれて初めての私にも何とか分かる様に丁寧な説明を私は頷きながら聞いた。

「こんな感じで大丈夫かな?」
「ええ。分かりました。」
「適当に休みながらで構わないし、好きな時に切り上げてもらって構わないから。」
「いいんですか?」
「ああ。電線工事はジムメンテナンスの後からだし。何かあったら呼んでくれ。俺は上にいる。」
「はい。」

頷くと、掘り終わった壁を固めるセメントと電子メジャー、無線とコンパスを私に渡したデンジさん。そして、じゃあ、頼むよ。と片手を上げてその場を去ってしまった。

さて、一人取り残されてしまった訳だが、あれだけ親切な説明があれば、流石に元ニートでもやるべき事は分かる。
まずはボールからサンドパンとガバイトを繰り出して、“あなをほる”の指示を出した。
人が掘るより何倍も早く彼等は壁に穴を開けて掘り進むので、私はカラ君とグライオンと一緒に出来た穴の壁を塗り固める作業をすればトンネルの出来上がり。

デンジさんは適当に休んでも良いと言っていたけれど、私としては彼のジムメンテナンスやら改造が少しでも早く終わって欲しい訳で、その助けになるらしいこの作業をとっとと終わらせてしまいたい。私の目的は、キクノさんに御会いして、じめんタイプを語る事。出来るだけ寄り道は長くしたくない。
それを出来た我が子達は察したらしく、彼らは文句の一つも言わずに穴掘りやセメント塗りを手伝ってくれた。

本当にもう、素晴らしすぎるわ、うちの子は…!
皆の疲労を考えて、短い休憩を挟みながらも、私達は一心に掘っては固める作業を続けた。

▲▼▲▼▲

時間がどれ位経ったか分からない。不意に無線が鳴った。いきなり音が鳴ったので驚いてセメントのバケツに落っことしそうになりながら慌てて受ける。相手は当たり前だけど、デンジさんだった。

『地下の電気、そろそろ落ちる時間だから、上がってきなよ。』
「……え?もうですか…?」

時計を見ると、午後6時前。
街に明かりが灯り出す時間になると、地下トンネルの照明は省エネの為に自動で落ちるらしい。
そんな、まだ4分の1も終わってないのに…。

不服に思いながらも、町の決まりなら仕方がない。道具を片付け、ポケモン達をボールに戻して地上へ続く階段を目指した。道々、地図を見ながら終わるまで掛かる日数を概算してがっくりした。最低でも3週間は掛かりそうだなんて想定してないぞ!
肩を落としながら地上に上がれば、私に気付いたデンジさんは機械から顔を上げて、小さく笑う。

「……何ですか?」
「凄く汚れてる。随分真面目にやったんだな。」
「1日でも早く再挑戦したいんですよ。」
「ふーん。そうか。」

そう答えても彼の口元は三日月を描いたままで、どこか安心した様だった。作業結果の報告も満足そうに聞き流して、明日からは報告はいらないなんて言う始末。
何故そんなに機嫌が良いのか私には分からないが、不機嫌よりはマシなので特には触れなかった。
デンジさんは「俺はジムに残るから」と私に彼の自宅の物であろう鍵とその場所が記された紙を渡して再び機械へと視線を落とし作業を再開する。私はその邪魔にならない様にそっとジムを後にして、紙に記された位置を目指した。

たらたら歩いて10分程度だろうか、到着したのは白壁の綺麗なアパート。御洒落な表札には“ナギサジム寮”の文字があった。横には電子板があり此処に番号認証するのだろう。
地図の紙に併記してある数字を入力すれば入り口が開き、建物の中に招かれた。
部屋番号も同じように記してあって、見るに最上階のようだ。流石はジムリーダー。と言ってもアパートなので3階なんだけど。
階段を登って昇降口から一番遠い、ドアの間隔から一番広いであろう部屋がデンジさんの御宅らしい。鍵を開けて恐る恐る中へと入り、電気を点けて第一声。

「こ、これは…!?」

風呂トイレ別3LDKと思われる内装は広いが、兎に角散らかっていた。
雑誌やハードカバー、教科書みたいな本、新聞、工具に明らかに壊れているだろうラジオなんかまで。散乱し放題だ。
何とか足の踏み場を見つけて、各部屋見て回れば、ベッドはくしゃしゃ、ゴミ箱は一杯、カレンダーは捲られてないわ、時計は止まっているわで、とても住めた状態ではない。
幸い、キッチンとバスルームは片付いていた(使われていない…?)けど、冷蔵庫は空っぽだった。

これではまるで私の部屋と同じじゃないか!いや、私はお母さんと言う味方がしょっちゅう掃除しに来てたからまだマシだった。あ、家に帰ったら片付けないと……。
それは兎も角。この部屋を目の当たりにして、はたと気が付いた。
昨日、負けた後のあの腑に落ちない感じは、勝てると思った相手に負けたからじゃなくて、ぐーたらナマケロ擬きだった私と同じ匂いがしたからなのではなかろうか。
私は出会って間もない時点で心の何処かでそれを感じ取っていたのか。なにそれ凄い。
そんな相手に負けたから何か過去の自分に負けたみたいで悔しかったのか。つまり同族嫌悪のそれな訳だ。

私の名誉の為に言えば、旅に出て私は整理整頓も正しい生活習慣も身に付けてナマケロ擬きは克服している。
何も出来なかった私が今では料理もちょっとは出来る様になった。それもこれもキクノさんに御会いした時、人間として恥ずかしくない様に努力した結果である。
まあ、ポケモン達との旅が面白くては知らずに身についていたものもあるけれど。

弁明はさておきこの現状。
よく見れば、ベッドの近くにはポケギアの充電器や各種リモコン類、おいしい水やサイコソーダが入った小さい冷蔵庫などなど、日がな1日を過ごせるだろう設備が整っている。
本当に、当時の私のそれと殆ど変わらない。いや寧ろ冷蔵庫があるとか私の環境よりいい。
故にここでこのまま生活をするのが如何に楽か知っている。食事以外では部屋を出ずに、ゴロゴロゴロゴロ過ごすあの楽さ加減を…!!

正に甘い誘惑。がくりと肩の力が抜けそうになる。
しかし、しかしだ!
せっかく此処まで人間として回復したのに、今ニートに舞い戻る訳にはいかない。キクノさんに会った時すみません実はニートですって心で呟かない為に!家に帰った時にお母さんをビビらせる為に!

私は目の前のベッドにダイビングしそうな身体に鞭打って踏み留まる。

「掃除、しよう。」

取り敢えず、1人では心許ないからマンムーとグライオン以外の手持ちを繰り出した。


つづく>>

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ballad


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