「ごめんね、バニラ。だからそんな怖い顔しながら泣かないで。」
女とは厄介だ。緊張の糸と涙腺が連動しているのだから。
馬乗りになって首を絞めた奴が言うのもなんだけど、不本意ながら私は、少なからず白ボスを心配していたのだから、あの悪質な悪戯が悪戯で良かったと安堵し涙目だったらしい。
ランクルスにベッドに運ばれ半身起こした状態の白ボスが眉根を寄せて、私を見上げてそう言った。
「泣いてません。怖い顔で悪かったですね。」
「何時もは可愛い。」
「…………私の事なんかいいんですよ。白ボス具合悪いんじゃないんですか?」
涙を零すのが、慰められるのが癪で、私は乱暴に目元を擦った後、話を白ボスの風邪にすり替える。すると彼はちょっと不満げな表情を覗かせながらも、「ちょっと熱があるだけ。」と答えた。正直、心底怪しい。
「所でバニラ、何でひっ!?」
あまりに怪しいので、黒ボスに持たされた看病セット(ちなみに袋の柄はタブンネだ)から耳で計る体温計を発掘し、話を切り返してきた白ボスの耳に突っ込んだ。
「何?!」
「熱計ってるんです。」
驚く白ボスを余所に、体温計からは物の3秒でピピッと音が鳴る。科学技術の発達とは素晴らしい。わざわざ脇の下に手を突っ込まなくて済むのだ。素晴らしい。文明の利器に感謝しながら小さなモニターを見ると、38.7℃の文字。
「熱あるじゃないですか。」
「えへ?」
「えへ?じゃない。」
ばつの悪そうな笑顔で首を傾げた白ボスに溜め息を吐いて、看病セットから冷却シートを取り出し彼の額に貼り付け、訂正、叩き付けた。
「痛い!!冷たい!!」
「はいはい、一生懸命熱出して寝てれば風邪は治りますから。ほら、寝た寝た。」
「バニラ、雑…」
「整備士は機械の前で丁寧ならいいんです。」
部屋のカーテンを閉めながら、不服そうな白ボスが不服そうに布団を被るのを確認して部屋を出ようと踵を返す。
「あ、待って!」
が、足止めを食らった。何というデジャヴ。予想していた訳ではないが、思わず笑ってしまう。
「何ですか?」
「眠るまで、」
「はいはい。」
前回より幾分弱々しいのは風邪のせいか、ただ甘えてるのか。まあ、どっちでもいいか。今は曲がりなりにも病人だ、小事は目を瞑ろう。返した踵を戻し、デスクの椅子を引っ張ってきて枕元に座ると、白ボスは安心した様に目を細めた。
「バニラ、今日スカートだったら良かったのに。」
「目にうがい薬点しますよ。」
「ごめんなさい。」
折角優しい気持ちになってやったのに最低だなこの人。いや、知ってたけども。私用にと黒ボスに渡された予防セット(チュリネプリントのあれ)から、うがい薬を取り出す私に白ボスは頭まで布団を被っていた。
そのまま大体5分くらい後だろうか。布団がゆるゆると上下し始めた。
窒息すると悪いので、顔だけ布団から出してやって私は忍び足で部屋を出る。目指すはキッチン。私には黒ボスから下された指令があるのだ。
タブンネ袋には1通の封筒が入っていてそれには異常な達筆で書かれた“依頼リスト”が入っている。依頼リストと言えば格好は良いが要は御昼と夜の御飯の献立と食後に薬を飲ませる事なのだけれど。
「えー…っと、御昼はお粥と梅干し……渋っ…と、生姜湯か。打倒だな。夕御飯は……卵と菠薐草のおじやに鶏肉と人参の煮物ぉ?えー、手間掛かるなぁ……うわ、レシピ付いてる。」
家の母親だって風邪の時こんなに手の込んだ奴作ってくれなかったのに、双子の弟に対してこの施しとは見上げた精神だ。ゴッドマザーか、あの人は。きっと黒ボスは凄くいい御母さんになれるだろう。黒ボス男だけども。リストとレシピを見比べながら苦笑が漏れる。何だ彼だ言ってボス達、仲良しだなぁ。
まあ、それはそれで良いとして、取り敢えず下拵えをしよう。手間が掛かるのばっかりだし。レシピに因るとお粥とおじやは生米から作るらしいし。
白ボス相手に此処までやるのは何だか癪だが、給料が出る分、しっかり熟さねばなるまい。私は自前のエプロンを引っ掛けてキッチンに立った。
▽▽▽▽▽
切ったり剥いたり、慣れない看病料理に四苦八苦しながらもなんとかやり遂げた、下拵えを。
米櫃にお米が無かったり、包丁が全然切れなかったりしてどうしようかと思ったけど、黒ボスのタブンネ袋に必要な物は全て入っていたと言うね。流石はギアステーション最後の良心、黒ボス。歪みない。
完璧な黒ボスに感謝しつつ、ちょっと休憩しようかななんて漠然と思ってた時だった。
バタンッ!!ドタドタ!
バタンッ!バタンッ!!
寝室から響いた大きな音。何事かと思い急いで音源へと向かおうと振り返ると、キッチンの入口に肩で息をする白ボスが顔面蒼白で立っていた。
どうしたんだろう?様子がおかしい。気分でも悪くなったのかな?吐くのかな?
「大丈夫ですか、白ボス?」
「バニラ、いた…」
何時吐かれてもいい用に手近にあったボウルを抱えて白ボスに近付くと、バチュルが鳴く用な小さな声でそう呟いた彼。私を見下ろす表情から緊張が徐々に解かれていく様を見上げていると、私にとったら壁と言っても過言でない長身がぐらりと揺らいだ。
「!?」
今、一体何があったのか分からない。視線の先から白ボスが消えて、身体に別の体重が掛かり、背中をぎゅうぎゅうと締め付けられている。手にした空のボウルがするりと抜けてフローリングの上でカランコロンと鳴っていた。
「バニラ…いた…、バニラ、いた…!!」
泣き声に似た囁く様な声が耳元で聞こえる。そこで初めて、私は自身が白ボスに抱きしめられていると知った。
「……白、ボス…?」
「良かっ……、ぼく……じゃ……か…。」
やっぱり、様子がおかしい。聞き取れない程の声量で紡がれた言葉から経験的に不安が感じ取れた。どうしたんだろう?すぐにでも聞きたいけれど、今はとてもそんな状態ではない。目の前の肩が小刻みに、不規則に少し震えていた。
私はボウルを落とした両手を白ボスの背中に回して、広いそれをゆっくりとあやす様に撫でる。
熱っぽい筈の彼の背中は嫌な汗で驚く程冷えていた。
白ボスといへん