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震える白ボスを宥めながら、リビングへ向かい、ソファーに腰を下ろした私達。暫く背中を撫で続けていれば白ボスはぽつぽつと話を始めた。
恥ずかしげもなく人の事をつらつら褒めた上に、爆弾発言をかました白ボスに私は恐らく真っ赤になっているに違いない。
確かに停電事件の時にそんな事はあったが、あれが全ての始まりだとは想定外である。

停電当時、私は管制室にいた。原因は漏電による配線の発火という御客様がいたら恥ずかしくて公言出来ない様な内容。通達によると、鎮火はすぐに終わったが、焼失範囲が広い為復旧には時間が掛かるとの事。
チーフの整備士が指示を出し、私は駅員の安全確認を任された。点呼を取りながらギアステーションを徘徊していると、点検運転で乗車した駅員が1人いないとの話を小耳に挟む。
電車が動いているのに線路を歩くのは普通の駅員には危険だ。第一、列車走行中の線路立ち入りは整備士だけと言う規則がある。無線でチーフにその旨を伝え、私はランプラーを連れて帰ってこないというスーパーダブルトレインの点検に乗車した駅員を探しに線路に降りた。
思いの外奥の方にいた車両を確認した時には整備用のトロッコでくれば良かったとどれほど後悔したか。列車の先頭車両の前方ドアに付けられたら臨時梯子に足を引っかけ、ドアの隙間にドライバーを突っ込み、梃子を使ってこじ開けた。開いた先の座席の足元に蹲る白い塊と目が合う。

「あ。白ボス。」

役職上殆ど接点が無く、5年も勤めていて実は名前も知らないギアステーション最高責任者の1人、サブウェイマスターの白い方だと判断して、つい何時も仲間内で話す時の呼び名が口から漏れた。正直、失礼とは思ったが、謝る前に目の前の彼は弾けた様に泣き喚いた。
幼い妹弟の子守経験がある私は“泣き声”に異常なまでの反応性を持っている。驚くより先に梯子を駆け上がり、妹弟にやるように彼の背中を摩った。すると白ボスが、家の弟の如く身体を回して抱き付いてきたもんだから、習慣的に受け止めてしまったのだ。この流れは私にとって脊髄反射の様なものだから、相手が成人男性で一番偉い上司だと言う事なんてすっかり頭にはなかったのである。
今考えたら大変失礼な奴だな。

そんな私にとっては些細な事が白ボスに此処まで影響を与えていたとは思わなんだ。しかもあの白ボスが私を好きだと?!あ、でもこれはきっとライクの方でしょうね。今、この人熱があるから血迷っているだけに違いない。だって顔を合わせればハラスメントだもん。好きな相手にする事じゃないもの。

「今、本気じゃないって思った?」
「えっ?!!」

まるで思考を読まれたかの様に突然そう言った白ボスに思わず目を遣る。対面の彼は肘を突き、何時もの様に口元を弓形に歪めて私を見ていた。

「ぼく 嘘吐かない。本気。」
「!!」

薄く唇を開いて追い討ちの様にそう続けた白ボスは、信じ難い程妖艶で、不本意にもぞくりと背筋が粟立つ。熱を帯びた鋭い瞳から目が離せず、ジャローダに睨まれたガマゲロゲ状態で息が詰まった。
しかし、熱。
熱、熱、熱……そうだ、この人、風邪引いて熱があるんだ。瞳が熱っぽいのも頬に朱が刺しているのも風邪の症状のひとつ。何だ、風邪っぴき相手に緊張することなんて無いじゃないか。

「白ボス、そう言う大事な事は素面の時に言った方がいいですよ。」
「え?」
「御昼出しますから、早く薬呑んで寝るべきです。」
「ぼく、熱出てるから言ったんじゃ…」
「はいはい。ちょっと待っててくださいね。」

逃げるようにソファーを立ち上がりキッチンへ向かった私は、白ボスが不服そうに頬を膨らましたのを知らない。
下拵えが終わった料理達は思いの外早く出来上がり、それらを手に白ボスの元に戻る。「お腹減ったー!」と喜んでいた彼だったが、出されたお粥に梅干しが乗っていた為、物凄く嫌そうな顔でそれ避けていた。私が木匙を奪い取って、悲鳴を聞きながらお粥と梅干しを融合させてやれば、ぶつぶつ文句を言ったものの、余程空腹だったのか完食した白ボス。

その間はさっきみたいな空気でなく、何時も通り何事もなかった。まあ、いきなり口開けて「食べさせて!」とか言われたけれども(勿論、空の木匙を喉の奥まで突っ込んださ)。やっぱりさっきのは熱を伴う悪戯だ。全く、質の悪い。最初の、幼少期の話は多分嘘じゃないだろうが。
兎に角、内心ホッとしながら、食事を終えた白ボスを寝室へ促せば、「眠るまで…」と控え目に言われた。「食器洗いがあるから、シビルドンでも出して寝てください。」と返せばかなりごねたが、固まった澱粉質の洗い難さを語る体勢に入ったら耳を塞いで「部屋の前までいい!!」と妥協された。
白ボスは自分の興味のない難しい話は嫌いらしい。良い事知ったぞ。
そんな訳で寝室まで付いていってやると、白ボスは扉を閉める前に私に向き直った。
視線を返す為、見上げればその長身にはそぐわない愛らしい笑みを浮かべている。

「お粥おいしかった!ありがと、バニラ。」
「いえいえ。私は黒ボスに頼まれた事をしてるだけですから。」
「それでもぼく嬉しい!ありがとう。」
「どういたしま……」

して。と続く筈の言葉は聞こえなかった。パッと真っ白になった頭を叩き起こして考える
何故続かなかったのか。何かに遮られているからだ。
何かとは。恐らく私の目の前、本当に目と鼻の先にいる白ボスだろう。
何を遮っているか。勿論、喋るのが遮られたとなればそれは口である。
…………何をもって?
反応している触覚は両肩に乗る重力と唇を押す軽い圧迫感。

二文字の間に整理できたのはこれまで。ぷちっ、と小さな破裂音と共に目と鼻の先にあった白ボスの顔が元の高い位置に戻っていた。

「おやすみ、バニラ。」

ふにゃっと笑って静かに扉を閉めた白ボス。唖然と立ち尽くす私が何をされたか理解するのにあと5秒程要した。
解った途端に恥ずかしくなって、夕飯の書き置きを残した私はそそくさと自宅へ帰ったのである。

しかし、折角黒ボスから貰った予防セットを白ボスの部屋に置きっぱなしにした為、翌日私は見事に風邪を引いたのだった。





白ボスとほんき


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