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ランクルスとハハコモリの献身的(?)な看病の御陰でどうにかこうにか風邪を治した私。
腹に一物抱えたままだが、サボるのは非常識だ。それに今日、白ボスと遭遇したらその抱えた物の結論を出すと決めた以上、行かない訳にはいくまい。
作業用のつなぎに着替えて、鞄に工具一式と工学マニュアル、モンスターボールを放り込めば準備完了。電車通勤でも良いんだけど、今朝は風に当たりたい。病み上がりで外の空気を吸いたいのが半分、冷静に考えて心の準備をしたいのが半分、兎に角私は屋上へ向かった。

「あ。」
「あ!バニラ!」

エレベーターホールから外へ出ると、白い塊が、否、白ボスがアーケオスと戯れているではないか。自動ドアの開閉に気付いた彼が満面の笑みを浮かべて、此方に駆け寄ってきている。
待て!ウェイト!止まれ!ストップ!心の準備くらいさせてくれ…!
色んな意味で早鐘を打つ心臓は、白い塊が近付けばそれだけ速度を早める。どうすればいいか解らずパニックになる中で、防衛本能だけは冷静に情報を処理したらしい。私は鞄から工学マニュアルを素早く取り出していた。

「おはよー!風邪、大丈…」
「そおぉいっ!!」
「ぶっ!!?」

無邪気な長身が前に立つや否や、渾身の力で工学マニュアルをその顔へ“たたきつける”攻撃を繰り出した私。ばこんっ!と景気の良い音が屋上に響く。
瞬時の出来事に固まる白ボスの脇を通り抜け、私はモンスターボールを放り投げた。残念ながら工学マニュアルを拾っている余裕はない。

「バルジーナ!空を飛ぶ!」

出て来たバルジーナに飛び乗り指示を出すと、彼女はグゲェェッ!と相変わらずえげつない鳴き声を上げながら空へと羽ばたく。その背中にしがみつく様にして顔を埋める。
上空は涼しい筈なのに、私の顔から火が出そうだった。

◇◇◇◇◇

ギアステーションに到着するまで、気持ちを落ち着かせ、さっき出来なかった心の準備を済ませる。向こうに着いたら、まず白ボスを探して謝ろう。これ最優先事項。
地下鉄構内入口で2、3深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。出来ればまず黒ボスに会いたいな、予行練習的な意味で。
平常心を取り戻し、いざ決戦の地へ!と言わんばかりの心意気と共に地下へと繋がる階段に足を掛けようとした、まさにその時。明らかに飛ぶのは得意じゃありません、的な羽音が聞こえたかと思うと背中全体に重力がのしかかった。階段に掛けようとした足を慌てて引っ込めて、落下だけは回避しようと必死にバランスを保つ。
うわ、うわ…!階段こんなに高かったっけ…?!!落ちたら死ぬ!死んでしまう!!あ、駄目だ落ちる!落ちる落ちる落ちる…!!
掛かった重力を支えきれず、前のめりに倒れる寸前、後ろから肩に何か長い物が回って引っ張られた。

「は、……は……た、助かった…」

近付く地面が離れた事に、息を吐いたのも束の間、一歩後ろに下がれば背中が何かにぶつかって、両肩をがっちりホールドされたではないか。

「仕返し!」
「痛っ!?」

何が何やら戸惑っていると、聞き覚えのある声と共に脳天にがちっと何かがぶつけられた。爪先まで走る鈍痛に頭を抱えてしゃがみたかったが、肩が固定されているので能わず、地団駄を踏む。痛い!なにこれ!?頭に何か刺さったんじゃないこれ!!?
暫く痛みに暴れていると、不意にパッと解放された。何処の何奴がこんな事をしやがったのかと文句を言ってやろうと振り向けば、サッと血の気が引く。

「おはよー、バニラ。風邪大丈夫?」
「………あ、え、あ……お、御早よ、う御座い、ま、す…。」

白ボスだ。サブウェイマスターの白い方だ…!!何時もの様に吊り上がり過ぎだろ、ってくらい弧を描いた口元で悪戯っぽい笑顔を浮かべている。サッとなった私の顔がカッと熱くなる。ま、まずい、気付かれてはまずい気がする…!

「ぼくの移ったんだって?ごめんね。」
「い、いえ、大した事では…」
「あ!これ返す。これ痛いからやめて!」
「はぁ…あ、有り難う御座います…。」

出来るだけ目を合わせまいと、顔色を知られまいと俯き加減の私に白ボスは工学マニュアルを突き出した。少し声色が不機嫌だが、顔色を窺う余裕など無い。怖ず怖ずと工学マニュアルを受け取り軽く頭を下げたが、彼は腑に落ちないのか首を傾げたらしい。足下の影がこてんと傾いた。

「ね、ホント、大丈夫?まだ具合悪い?」
「?!!」

すとんっと屈んで私の顔を覗き込んだ白ボス。少し眉尻が下がっている。尤も、口元は何時もと変わらないが。
そんな事はさておき、突然小さくなって私を見上げる長身と目が合ってしまった。
まずい。頭の中で何かが琴線みたいにきりきり言ってる。ああ、駄目!切れたら駄目!切れないで御願いだから!!

「?バニラ、顔真っ赤。」

きょとんとまた首を傾げた白ボスはそう宣うた。

ぷちん

あ、切れた。

「す、」
「す?」
「………すみませんっ!!!」
「ぶっ!!?」

ばこんっ!と景気の良い音リターンズ。返してもらったばかりの工学マニュアルを上から白ボスの顔に押し付けて、私は逃げる様にギアステーション内へと飛び込んだ。


誰かが昔、「好きになるのに理由なんていらない」と声高に言っていたのを聞いた気がする。
「10年来の片想いも一目惚れも想いの重さは変わらない」ってのもどっかで聞いた気がする。
だけど私は根っからの理系女で理由がないと納得出来ない頑固者なのだ。理由がないと頷けない。理由があっても頷けない。認めたくないからだ。実際に体験して直面しなければ、確信の持てるデータがないならば、頼りになるのは己の五感と分析力。
私はそう言う人間だ。
だから何に対しても冷静でいられる。所詮は他人事だから。
だけど、己の五感が知ってしまったら、自身を分析してしまったら、もう後戻りは出来ないのだ。
それは何も昨日今日に解った事じゃない。あの停電の時、独りで蹲る彼と出会った時にはもう答えが出ていたんだ。

「何とかしてあげたい」と思ったのは嘘じゃなかった。
「放っておきたくない」と感じたのは真実だったのだ。
それは只の庇護意識じゃなくて、次第に「私がいないと駄目」だなんて図々しい思い上がりになってしまう程に、私は……。


階段を駆け下りた先、オフィスがある扉を通り抜けて、スーパーダブルトレインのホームへ滑り込む。ローズピンクのラインが引かれた7両編成と鉢合わせて足が止まった。

いかん。
これは、まずい。



私、白ボス好きだ。


うわぁ。知りたくなかった新事実。






白ボスとじかく


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