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「バニラ、バニラ!」
「……」
「バニラ!ねぇ、バニラ!」
「………」
「バニラバニラバニラバニラバニラバニラバニラバニラバニラバニラーっ!!!」
「うるっさいっ!!」
「ぎゃっ!」

先日行ったシングルトレインの部品交換について始末書を書いていると、暇な筈がない白ボスが私のデスク周りに煩わしく纏わりついてきたので、マニュアルをその顔に叩き付けた。

「ひどいバニラ!そんな厚いの!痛い!」
「酷いのはどっちですか!?私、仕事中ですよ?!邪魔しないでください!そして白ボスも仕事しないと黒ボスに怒られますよ!!」
「だってぼくのデスク、バニラと遠い!ぼく バニラの近くが良い!!」
「私は白ボスの傍なんか絶対に嫌です。」
「ひどい!!」

ガンッと効果音が聞こえそうな程ショッキングな声を上げ、何時も吊り上がりっぱなしの口角を微妙に下げると、すんすんと鼻を鳴らして足元に体育座りした白ボス。よくもまあ、その長い手足をそんなコンパクトに縮こまらせたもんだと思ったが、こんな所に体育座りで座り込みなんて迷惑だ。只でさえ整備班のデスク周りは工具やら部品やらで狭いってのに……ほら、先輩が私の後ろ通れなくて困ってるじゃないか。

「ほらー、白ボス、通行の邪魔ですよ。立ち上がってくださーい。」
「……」
「白ボスー?黒ボスに怒られますよー。」
「……」
「もー…………えっと、ノボリさん?」
「ぼく クダリっ!」

何とかこの白い塊を移動させようと声を掛けても無反応だった。ので、名前を呼んでやろうと今一判別が付かないそれを口にしたが、物凄い勢いで顔を上げて訂正してきた白ボス。何だよ、元気じゃん。しかし彼は訂正してすぐまたそっぽを向いてしまったのだが、その背中がちょっとワクワクした雰囲気を纏っていて無性に腹が立った。

「あ、すいません。白ボス、立ってデスクに戻りましょうよ。」
「名前じゃない!?」

あ、やっぱり。やっぱりそう言う魂胆か。
薄々勘付いていたってーか、なんかムカついたから、敢えて何時も通り“白ボス”って呼んだら、再び顔をこっちに向けて噛みついてきた白ボス。

「名前で呼んで!」
「嫌です。」
「何で!?」
「だって名前で呼んだ記念ーとか何とか言って、白ボス、私の大事な何かを奪いそうなんですもん。」
「……………………し、しないよ!」
「する気満々じゃねーか!!」
「やだやだ!!名前呼んでくれないと動かない!!」
「何それ!?あんた幾つだよ!?」

半べそかきながら白ボスは頑なに動こうとせず、私の後ろを通ろうとした先輩は苦々しい表情で迂回せざるをえなくなってしまったらしい。ああ、先輩すみません…!
しかし、先輩が通らないなら、もう退かさなくていいや。邪魔ではあるが、まあデスク周りに纏わりつかれるよりは全然ましだ。
そんな訳で暫く放っておいたのだが、忍耐強いのかしつっこいのか白ボスは体育座りを一切崩さずに私の足下を動かない。小さい物体ならまだしも、立てば180pは優に超える様な物体だ。流石に煩わしい。

「いい加減にしてくださいよ白ボスー。」
「やだ!だってバニラ、ぼくの名前、呼んでくれない!」

本当にこの人幾つだよ。黒ボスと双子とか嘘なんじゃないの?本当は黒ボスの子供で成長過多なんじゃないの?なんて疑ってしまう程幼い白ボスに小さく溜め息を吐いた。此処は私が大人にならねば、何時まで経っても埒が明かない。幸か不幸か、私は実家で幼い妹弟の子守りをした経験がある。駄々を捏ねたら、あやすか、相手もしたくない条件を付けて呑んでやればいい。だが、こんないい大人をあやすのは流石に嫌だ。

「…………呼んだら退きますか?」
「うん!」
「仕事に戻ってくださいますか?」
「うん!」
「もう私の仕事の邪魔をしませんか?」
「うん!」
「私の大事な何かを奪おうとしませんか?」
「う…………うん。」
「……………」
「しない!しないよ!ホント!ホントに!」
「…約束ですよ。」
「うん!」
「破ったら私、もう白ボスを存在しない物として扱いますからね。」
「わ…、解った。」
「全く…、今日だけですよ。」

若干の疑惑が過ぎったが、来ると解っていれば防ぐ事も可能である。必死に「嘘吐かないよ!」を連呼する白ボスにもう一度溜め息を吐いて、私は肩を落として目を伏せた。

「クダ…………何してるんですか、白ボス。」
「え?」

“クダリさん、御仕事に戻ってください”と、言おうとして目を向ければ、足元の白ボスはバチュルみたいなもふもふマイクが付いたハンディカメラを此方に向けている。

「え……えへ。」
「ちっ。」

可愛げな笑みで、こてっと首を傾げる白ボスに私は出来うる最大の音で舌を打った。この野郎、録画しようとしている。私は顔面に軽蔑を張り付けて淡々と言葉を続けた。

「ノボリさんは凄いと思います。見習ったらどうですか、“白ボス”。」
「ひどい!バニラひどい!!ノボリばっかり狡い!」

“白ボス”を必要以上に強調し、私は席を立ち、背後でぴーぴー喚く声など完全に無視して事務室を出る。
目指すは勿論、シングルトレインだ。




白ボスとなまえ


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