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午前3時を過ぎた頃。漸く全車両の点検が終わり、私は機関部から頭を上げて額の汗を拭う。
最終点検は当番制。深夜、下手したら翌出勤時間まで掛かる事もあるから翌日は休みになっている。しかし今日は梃摺った。ダブルトレインのうち1台のエンジンがオーバーヒート寸前で見逃してたら明日、ああ、もう今日か、どうなっていたか事か。いつぞや漏電で全館停電した事があったが、思い出してもゾッとする。
それは兎も角、車両の点検は終わった。後は管制室で電気系統のチェックをすれば帰れる。私は縮まった腰を伸ばし、軍手を外して手伝ってくれたポケモン達を呼び戻してからホームを後に事務室へ向かった。

「あ、バニラ!御疲れ様。」

事務室の扉を開けると自身の椅子でくるくる回りながらデンチュラと戯れているいい大人がいるではないか。

「何してるんですか、白ボス。」
「えへへ、待ってた。」
「はあ?」

聞けば白ボスはふにゃりと笑ってそう言ったが、戯れているデンチュラも彼も眠そうだ。

「待ってたって…私は明日非番ですけど、白ボスは明日も御仕事あるでしょう?」
「うん。でも遅番だから平気。」

だから一緒に帰ろう?とまたふにゃりと笑う白ボス。全く何を考えてるんだこの人は。こんな時間まで起きてたらいくら明日遅番だからと言って眠くなるに決まってる。業務に支障が出たらどうするんだか。社会人としてどうなんだ、と叱ってやろうかと思ったが、何かその笑顔に違和感を感じて口を噤む。しかし、私にはまだ仕事があるのだ。さっさと帰って休んだ方が白ボスの為になる。

「でも私、まだ管制室のチェックが残ってますから…」
「そう…なの?」
「はい。」
「そっか…じゃあ、仕方無い。独り、で帰る。」
「………。」

やっぱりふにゃりと笑う白ボスに、どう言う訳か独りで帰らせてはいけない様な気がした。
昔、妹弟に留守番任せて帰ってきたら小火騒ぎになっていた事があったのだが、私が出掛ける時に「任せてよ!」と言ったあの子達と同じ系統の雰囲気がする。あれだ、長女の勘、と言う奴だ。
吊り上がった口元はあまり変わらなかったが、何となくしょんぼりしている白ボスは眠そうな目を擦り、私に背中を向けると同じく眠そうなデンチュラをボールに戻している。いやいや、何だあの哀愁漂う背中は。いよいよ以て独りで帰らせちゃいけない気がするじゃないか!もしも彼の帰路で何か問題が起きたら私、罪悪感に苛まれる事間違い無い。

「えー……っとー…、あの、白ボス。」
「んー?」
「遅くなりますけど、出来るだけ急ぎますから…、あ、いや、帰りたかったら帰っても…」
「待ってる!待ってる待ってる待ってる!」
「うわあっ!?」

曖昧な感じに言葉を紡ぐと、瞬く間に顔色が明るくなった白ボスが抱き付いてきた。いや、全力で体当たりしてきた、の方が正しいか。当然受け止めきれない私はバランスを崩して倒れる訳だ。
がん、と響く鈍い音の後に走る鈍痛に頭を抱える。痛い!何これ!?頭搗ち割れてるんじゃないって位痛い!しかしそんな鈍痛にのた打ち回る暇もなく、私の背中に回されていた長い腕が身体をぎゅうぎゅう締め付けてくる。そんなんだから、頭も痛いが身体も痛い。

「痛い!痛い痛い痛い!!痛いです白ボス!!」
「バニラやらかい!あったかい!ふかふか!いい匂い!」

私の主張など気にも留めずに、白ボスは首筋に顔をぐりぐり押し付けて、腕の力を強める。このままでは私、あったかくなくなるんではなかろうか。痛い!死ぬ!色んな臓器が潰れそう!死ぬ!

「ちょ、白ボス!ホント、い……痛い、で、す…っ!!」
「……。」
「し、白ボ、ス…!?聞いて、ま…ん゙っ!!」
「……。」

生命危機を感じて必死に抵抗するが、白ボスは無言で腕の力を強めたり弱めたりしてくるだけ。何だこの人!本気で私を殺す気だったのか!?

「白、ボス……はっ…、い、痛……」
「ねぇ、バニラ、」

もう駄目だ、意識が吹っ飛ぶ…と思いかけた時、締め付けの力が弱まって、白ボスが私の名を呼んだ。漸く圧力から解放された身体は体内に酸素を取り込もうとするが、中々上手くいかず、途切れ途切れの呼吸を繰り返す。

「は、っ……は…っ、白、ボス……痛い…」
「ねぇ、バニラ、」
「は……は……っ、な、何です、か…。」
「何かムラムラする!」
「はぁっ?!!」

私の顔の両脇に手を突いた白ボスが此方を見下ろし、とびきりの笑顔でそう言っている。ちょ、何この人!此方人等、今正に生死の境を彷徨っていたんだぞ、あんたのせいで!それが何だムラムラする!って!!おいちょっと息荒くすんな!近付いてくんな!離れろ!退けっ!!!……とまあ、言いたい事は沢山ありますが、呼吸が儘ならないんで言えない訳ですよ。

「え、白ボ……うわ、ちょ、なに、何処触っ……!!!」

生命危機が終わったら今度は貞操の危機って何なの?何なの今日?厄日?
不幸中の幸いか、手を伸ばした先に工学マニュアルがあったので、白ボスの顔に叩き付けたのは言うまでもない。




白ボスとしんや


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