朝一番、珍しく白ボスに捕まらず朝礼の事務室まで辿り着いたのだが、解散後、黒ボスに捕まった。
「バニラ、貴女には別途御願いしたい事が御座います。」
「?何でしょうか。」
何事がと振り返れば、コートの内ポケットから一枚のカードを取り出し、私に差し出した黒ボス。見覚えのあるカードには見慣れない4桁の数字。
「私の部屋のじゃないですよ、このカードキー。」
「勿論です。こちらはクダリの部屋のもので御座います。」
「白ボスのですか。」
白ボス、本当にカードキー黒ボスに預けてんのか。あの時の話は結局何処まで本当だったか解らず仕舞いだったが、ひとつは判明した。何かスッキリした気分を味わいつつも、何故黒ボスは私に白ボス宅のカードキーなんぞを差し出しているのだろうか、と言う疑問が浮かび私は首を傾げる。
「白ボスのカードキーがどうかしたんですか?」
「ええ、実を申しますと、恥ずかしながら我が愚弟は本日風邪を引いて寝込んでおります。」
訊ねれば、申し訳無さそうに事情を話し出す黒ボス。しかし私には“白ボスが風邪を引いて寝込んでいる”と言う事実だけで良いのだ!今日は白ボスがいないイコール今日は平穏な3ヶ月前が戻ってくると言う事。だからもうそれ以上の情報はいらないのだ。黒ボスが白ボス宅のカードキーを出している理由には嫌な予感しかしないから、それ以上の情報はいらないのだ。
「そうですか。御大事に。」
「御待ちなさい。」
踵を返して、作業場へ向かおうとした腕を黒ボスに掴まれ移動を遮られる。ギギギ、と音が出そうな程ゆっくりぎこちなく振り返ると何時もの表情を寸分も変えない黒ボス。嫌な予感しかしない上に、彼の謎の威圧感により恐怖が上乗せされた。
そんな事など御構い無しの黒ボスは、私を離さぬ儘、話を続ける。
「本来ならばわたくしが看てやるなり、こまめに連絡をとるなり致せば良いのですが、生憎、本日シングルトレインは激務が予想されます。」
「まあ、白ボスがいないようじゃダブルトレインもマルチトレインも終日運行停止ですから、そうなるでしょうね。」
「左様で御座います。ですからわたくし、本日ギアステーションを離れる訳には参りません。」
これ程我が身がふたつ有れば良いと思った事は御座いません、と付け足す何とも仰々しい黒ボスに苦笑いが浮かぶ。うん、まあ、双子とは言え立場は兄だと言う黒ボスが弟たる白ボスを心配するのは解るけども。
相手は成人ですよ黒ボス。
同え年ですよ黒ボス。
やっぱり白ボスの甘えたは黒ボスのせいなのか、なんて微笑ましいんだか傍迷惑なんだか複雑な思いに駆られた。不本意ながら、そんな気分を脳内に満たそうと思ったが、この後の展開を予想してしまった頭には嫌な予感しか充満しない。私の被害妄想であれ。
「そこでバニラ。本日貴女にはクダリの看病をしていただきたい。勿論給金も通常業務に色を付けて御支払致します。」
駄目だった。私の被害妄想ではなかった。しかし黒ボスの語尾は間違いなく依頼。命令ではない!即ち、私には拒否権があるという事!
「嫌です。」
「ほう。何故に御座いますか?」
「風邪って事は私、移されるかもしれないじゃないですか。」
「でしたら、もし感染しバニラが休んだ場合、クダリの給料を差し引き、貴女に特別休暇を御出ししましょう。」
「いや、別に給料の話をしているのではなく、風邪を引きたくないって言ってるんですが…。」
「診療に掛かる医療費もクダリの給料から差し引いて差し上げます。」
「お金の問題じゃなくて健康が害されるのが嫌なんですよ。」
「感染したとて、直ぐに発症は致しません。本日帰宅されましたら此方のうがい薬と薬用石鹸、アルコール消毒を使って予防してくださいまし。」
「………それは、どうも…ってそうじゃありませんよノボリさんっ!!」
チュリネのプリントが可愛い紙袋を受け取りそうになって私は我に返った。えらく可愛い袋持ってるんだな黒ボス!ギャップにうっかりときめきそうだよ黒ボス!!
「何で私が白ボスの看病をしなきゃならないんですか!?」
不満をぶちまけると、黒ボスは口元こそ変えないが、意外そうに目を丸くした。
「何故って…先日、クダリがバニラの部屋で御世話になりました時、あれが貴女のベッドで寝ておりましたから、既にその様な仲なのでしょう。故に貴女が看病に適任では御座いませんか。」
「なん、だと…?!!」
「あれは我が儘で甘えたですが、性根悪い奴では御座いません。どうか末永く、宜しく御願い致します。」
深々と頭を下げる黒ボスに私は言葉を失った。黒ボス、本当に白ボスの双子の兄なのだろうか。もしかしたら白ボスのお母さんなんじゃなかろうか。それにしたら親馬鹿ではなかろうか。我が儘で甘えたなのは解るが、変態の奴が果たして性根悪い奴ではないのだろうか。いやいやいや、今はそんな事を考えてる場合ではない。
何故なら黒ボスがとんでもない勘違いしてるのが死活問題なのである!!
「ちょ、ちょ…!待ってくださいノボリさん!!誤解です!」
「ああ、そうだ。昨日赤飯を炊きましたので御裾分けで御座います。」
「あ、これはどうも……って違う!私と白ボスはそんな関係じゃないんですってば!!」
モンメンがプリントされた愛らしい風呂敷をうっかり受け取りそうになった。いちいち可愛いラッピングだな、おい!
しかし誤解は解いておかねば。
私は必死に説得し、3時間掛けてどうにかこうにか何でもない関係だと黒ボスに解ってもらったが、信じてもらおうと必死の私が発した最後の言葉が「白ボスの御見舞いに行きますから信じてください!」だった為に平穏な1日は返上を余儀なくされたのだった。
黒ボスのいらい