act.27
「辞任したそうですね、紅羽。」
「あー…はい。」
「私は確りしていたと言うのにあのクソジジイが……」
「あ。兄者は反省してないんだ。」
act.27
やりたい事を我慢するのもやりたい事
例の報道の後、あたしは正式に真選組を脱退した。
その後はやっぱり大々的に取り上げられたりしたけど、不思議とあたし自身に質問とかはこなかった。
「…新しい仕事は見つかりましたか?」
しん、と沈んだ(?)空気を、珍しく柔らかな口調で兄者が破る。
「あ、いえ…。なかなか無くて…」
不況の真っ只中、19のあたしを雇ってくれるトコは限られてくるし、一応未成年だから出来る仕事も限られてる。
苦笑いと愛想笑いが混じった情けない笑みを浮かべると、兄者は長い睫毛を伏せた。
「そうですか。………紅羽、もし良かったら宇宙貿易なんかに就いてみませんか?」
「宇宙貿易?」
少し躊躇いがちに言った兄者。
思わず聞き返すと、ええ、と頷いて兄者は続けた。
「星々を股に掛けた貿易ですよ。私の古い友人に宇宙貿易の大手、“快援隊”と言うカンパニーの頭が居るんです。」
「へぇ。兄者にも友人っているんですね。」
「失礼ですね。まぁ、それより。今、偶々地球に戻ってきていて、今回の事を話してみたんです。紅羽さえ良ければ、雇ってくれると言って貰えてるんですが、如何ですか?」
首を傾げて、何時もの笑みを浮かべた兄者に身の毛は総立って前倣え。
この笑みはまた何か良からぬ事を考えてるに違いない。あたしの経験が語ってんだ。間違いあるまい。
「……兄者、また玉の輿が何たらって言うんじゃないですか?」
「まさか!確かに辰馬は良い奴で、実家は金持ちのボンボンですが、頭は空だし船酔いする始末ですよ?誰がそんな弟を望みますか!!」
「た、辰馬?!辰馬って坂本辰馬さんですか?!!」
先日、御手伝いと称したキャバクラでのタダ働きで遭遇した黒毬藻…否、坂本さんの名を兄者が口にした事に耳を疑った。
「おや、紅羽。あの阿呆を知ってるんですか?」
「え、ええ…まぁ、ちょっと……。って、友人って事は坂本さんが言ってた黒刃って…。」
呟く様に言ったあたしの言葉に兄者は眉を顰める。
「…辰馬が、私の事、ですか?」
「攘夷戦争の戦友だって……」
「あの黒綿埃…余計な事を…!!今度会ったら銀時と区別がつかない様にやりましょうか…!」
「綿埃って酷いな、兄者……。つーか、兄者が攘夷戦争に参戦してたのって本当なんですか?」
「ええ…、まぁ昔の話です。西郷さんを師と仰ぎ、銀時と辰馬、それから、今は道を違えてしまいましたが、桂小太郎と高杉晋助と肩を並べていたものです。」
「桂と高杉…!?あ、兄者、攘夷側だったンすか?!」
思わぬ兄者の返答に耳を疑った。
今の立場が幕臣なだけあって、対極にある攘夷側だったとは。
仲間を裏切って幕府に就いたのはやっぱり金のせいか?
「なまじ攘夷派で名を馳せてましたから、幕府に信頼して貰うのに何れ程骨を折ったか。」
クスクスと口許を押さえて兄者は笑う。
だが、残念ながら少しも大変そうじゃない様な気がしてならなかった。
「それはさておき。どうですか、紅羽?宇宙貿易の仕事。」
「え?!あ、そっか……うーん…」
もう一寸聞きたい様な気もしたが、話を戻されたので首を捻る。
確かに坂本さんは良い人だし、貿易職はそれなりに収入もあるし、何より、宇宙に出れば四六時中、この兄に小言言われなくて良い。
でもなぁ……
「……うー……」
「……突然では難しかったでしょうか?」
「え?」
唸ってると困った様に兄者は笑った。
「御免なさいね、紅羽。辰馬が明後日、地球を発つと言ってましたから、返事はそれまでに決めて貰えたらと思いまして、急にこんな話をしたんです。」
「そうなんスか…。」
「ええ。ですから、入隊するなら辰馬と一緒に行った方が船代掛かりませんからね。」
「えええええええっ?!!そんな私的な理由であたしの一生に近い問題決められんのォォォォォっ?!!」
「だって、宇宙船代って篦棒に高いんですもの。」
「ですものって何だよ!?気持ちが悪いわ!!」
「ふふ…元気が出たみたいですね。」
「オイ、綺麗に纏めよーとすんな!!その笑顔は無言の威圧ってんだぞ!」
「では、私は仕事に戻りますね。」
「話を聞けっ!」
ころころと笑いながら立ち上がり玄関に向かう兄者の後を条件反射にあたしは追う。
俗に言う見送りだ。
「では、紅羽。恐らくは一生の問題になるかと思いますが、よく、よぉーく考えて承諾か承認を決めて下さいね。」
「選択肢両方イエスなんだけど。ノーが無いんだけど。鞄の中も机の中も探したけれど見つかんないんだけど。」
「妙君や九兵衛君に相談してみるのも手ですよ。では。」
「だから話聞けェェェェェェェェェっ!!!」
あたしが喚くの等、気にもせず兄者は愛車(自転車)に跨がり颯爽と去っていった。
「……はぁ。」
本当にハチャメチャな人だと熟思うが、多量のボケにツッコミ入れてたら、悔しい事に一寸元気が出たらしい。
何か、おもくそ兄者の掌の上で転がされてる様な気がするが、元気が出たんで良しとしよう。うん。今日の所は。
でも、職の紹介は多分マジな物だろうから、真剣に考えなきゃだ。宇宙貿易ねぇ……。
「うーん…」
宇宙を股に掛けるとか、心底楽しそうだが、飽き性のあたしに続けられんのか?
しかも常に地に足が着いてないとか耐えられるか?どうなんだ?あたし。
「……悩んでてもしゃーないか。」
一寸唸ってから、あたしは玄関の雨具掛けに引っ掛けといた羽織に手を伸ばす。
「御助言通り、妙ちゃんに相談しに行こーっ。」
草履を引っ掻け、文字通り、羽織を羽織ってあたしは家を出た。
*****
「たーえーちゃぶふぉあっ?!!」
「紅刃ーーーーーーーっ!!生きてたアルかァァァァァァ!!!」
恒道館道場の扉を開けば、赤い弾丸があたしの腹部を貫いた。
「ってぇ〜、って神楽ちゃんっ?!」
「THE EDOに出た後から全然連絡ないし、テレビにも出ないから死んだと思ったネ!心配させんなヨ、コノヤローっ!」
「死んでねーよっ!勝手に殺すなっ!」
「良かったアル良かったアル〜っ!」
弾丸の正体は万事屋の神楽ちゃん。勢い負けして尻餅付いたあたしの首に神楽ちゃんはしがみつき、そう言った。
テレビに出ないから死んだってどんな了見だよ…。
「あら?紅羽ちゃんじゃない!」
「あ、妙ちゃん。」
ンな事してると、騒ぎを聞き付けた妙ちゃんが奥から顔を出した。
「姉御ォォォっ!!紅刃が生きてたアルゥゥゥゥゥゥ!!!!」
「だから死んでねーよっ!!つーか、いい加減紅刃言うなっ!!」
首に引っ付く神楽ちゃんを引っ剥がし、あたしは立ち上がる。
「妙ちゃん今時間ある?」
「え?無い事無いけど…どうして?」
首を傾げる妙ちゃんにあたしは頭を掻いた。
「えと……ちょっと相談したい事があってさ…」
「……。そう……。なら、上がって!立ち話じゃ何でしょ?九ちゃん達もいるしね!」
少し間を置いてから妙ちゃんは微笑む。
多分、気を回してくれたんだ。
こーゆー時、年下の筈な妙ちゃんは決まってあたしより大人に見える。実際そうだけどさ。
「あ、じゃあ御構い無く。」
「ええ、どうぞ。ほら、神楽ちゃんも戻るわよ。」
「はいヨーっ。」
招かれて、妙ちゃんに付いていけば、何時もの居間に通された。
襖を開けると、
「何で俺は天パーなんだァァァァァァ!!!」
「どうして僕には個が無いんだァァァァァァ!!!」
「僕もホントはみんなと一緒にままごとやあやとりしたかったァァァァァァ!!!」
「何してンのォォォォっ?!!感動的なあの台詞が台無しなんだけどっ!!」
襖を開ければ、異世界とまで言わないが、土鍋に向かって皆が叫んでいた。そりゃもう異様な光景だった。
「心の闇、鍋にぶちまけようぜパーティー、略して闇鍋パーティーよ。紅羽ちゃんなら結構あると思ってね。」
「大事なトコ略さないでっ!!てかさっきの間はあたしを入れるか否かの思案だったんかいっ!!」
「パピーのハゲェェェェェェェェェェっ!!」
「それ闇じゃなくないっ?!」
*****
「…そう。黒刃さんからそんな御話が、」
「うん。」
心の闇鍋パーティーを何とか打ち切って貰って、あたしは妙ちゃん等に事の次第を話した。
「快援隊って事は辰馬ン所か。」
「あれ?坂田さん知ってるンすか?」
話終えたとこで、万事屋の坂田さんが顎を撫でる。
「ん?ああ、まぁな。」
「銀さんと坂本さんは攘夷戦争時代の戦友らしいですよ。」
「何言ってんだよ新八。アイツは友達なんかじゃねーよ。」
補足したダメガネの頭を坂田さんは叩いた。
坂田さんと坂本さんも戦友なんだ……ん?
「坂田さん、“死の蜂鳥”って知ってますか?」
「ハチドリ?ああ、黒刃?知ってるぜ。あの後は全く知らねーけど。」
「あたしの兄者がソレっすよ。幕臣の。」
「え?マジで?アイツ幕臣やってんの?」
「まぁ。警察庁の長官第一秘書を。」
「あー。通りで聞いた事ある名前だと。」
「銀ちゃんはプーなのに、その黒刃って凄いアルな。原点はおんなじなのに偉い差アルな。」
「プーじゃねぇよ。銀さんだってちゃんと仕事してるし。万事屋やっしてるし。経営者だし。」
「仕事無いネ。殆んどプー太郎アル。」
「んだとコラァァァァァァ!!やんのかテメェェェェェっ!!!」
「望む所ネェェェェェェェっ!!」
「止めなさい!2人共!今は紅羽ちゃんの話でしょ!!」
喧嘩腰の坂田さんと神楽ちゃんを妙ちゃんが咎める。
そして2人は何かトラウマでもあるのか、静かに腰を下ろした。
「それで、紅羽はどうするんだ?」
間を見計らって、今度は九ちゃんが口を開いた。
「その宇宙貿易と言うのに就職するのか?」
「いや、それが一寸迷っててさ、相談に来たんだよ。」
「……らしくないわね、紅羽ちゃん。」
へらっと笑って答えれば、妙ちゃんが真剣な顔付きで言う。
「え?」
「どちらにしても結局は紅羽ちゃんが決める事よ?私達には何も出来ないわ。」
「あ…」
「何が紅羽ちゃんをそうしたかは知らないけど…、」
「後ろめたいんじゃねーの?」
「!」
机に肘を付き、やる気皆無な坂田さんが妙ちゃんの言葉に割り込んでそう言った。
「後悔だか未練だか知らねーけど、何かに後ろ髪引かれてんだよ、アンタ。」
「…」
「頭じゃ断ち切ったつもりでも中身は駄々捏ねてんだろ?黒刃もそーだったからな。」
「兄者が…?」
「ああ。あんま昔の事ァ言いたかねーが、敗戦した時、真っ先にそれ理解したのはアイツなんだ。」
「……」
「生き残った他の奴等含めて、交流さえ無かったが、狭ェ江戸だ。あの後、何度か見掛けたぜ。でも、戦ん時の物…アイツは鉢巻きだな、アレ何時までも持ってたのは黒刃だけだった。長ったらしい髪、それで結んでよ。」
坂田さんの死んだ魚みたいな目が遠くを見詰めた。
兄者が幕臣になるまで何してたかあたしは知らないが、それまで長髪だったのは確かな事。
就任するに当たって女顔負けの美髪を切ったのも覚えてる。
「ま、断髪したと思ったらいきなり見なくなったがな。」
へらっと適当な笑みで坂田さんは話を切った。
あの兄者にそんな事があったなんて知らなかったけど、あたし達は根っから似た者兄弟らしい。
同じ道を歩んでるんだ。同じ事に後悔してるんだ。
……て、事はあたしの成れの果ては金の亡者か?それだけは避けたい。
だけど………
「……良いんじゃねーの?未練垂れ流してんのも。」
「……は?」
悶々としていたあたしに軽々しく坂田さんが言い放った。
「何だろーが、今テメェが一番やりてー事やりゃあ良いじゃねーか。それが後悔する事だろーが未練に縋る事だろーが新しい仕事だろーがよォ。」
後頭部を掻いてかったるそうに坂田さんは続ける。
「やりてー事我慢するってのもやりてー事に入るだろーしな。」
「やりたい事…」
「……そうだな。僕もその意見には賛成だよ。」
「九ちゃん…?」
「その時、無理を言ってでもしておけば良かった事なんて沢山ある。それを我慢してみるのも我慢しないでいるのも、結局選ぶのは自分自身なんだ。」
「…………。うん……、」
伏し目がちにはっきりと言った九ちゃんには強く訴える物があるような気がした。
「そうね。最良の案なんて存在しないのよ。紅羽ちゃんが今、何をしたいかがきっと一番良い答えの筈よ。」
「妙ちゃん……」
優しい笑みと共に妙ちゃんは続ける。
「私達が今、出来る事は何も無いけど、何時か“あの時ああすれば良かった”って言う話に付き合う事は出きるわ。」
「……っ、うん。」
「だから、思いっきりやってらっしゃいな。貴女がやりたい事を。」
「…………うんっ!そうだな!あたしらしくなかった!先の事なんか解りゃしないもんな!」
「そうよ!その息よ!」
「有り難う!妙ちゃん、九ちゃん、坂田さん!元気出てきた!」
ぐっ、と拳を握ってあたしは笑った。ちゃんと笑えた。
「んじゃそのノリで辰馬じゃなくて銀さんトコで働かない?」
「それは断る!」
「え、そんなあっさり……」
「あたし、も、ちっと1人で考えてみるよ!簡単に!」
「え、ちょ、紅羽さん……?」
「ええ。答えが出たら、私達にも教えてね。」
「ちょ、お前まで……」
「うん!じゃ、あたし、帰るよ!」
「気を付けてね。」
「うん!」
何か言いたげな坂田さんは置いといて、あたしは恒道館道場を飛び出した。
あたしの、あたしのやりたい事……!決まってるんだ。そんなの。
でも、坂田さんは言ってた。
やりたい事を我慢するのめやりたい事なんだ……!
やりたい事なんか沢山あるけど、
あたしの答えは…
To be continued……