chap.10
「剣術っつっても基本は剣道だ…多分。持ち方と出す足と振り方さえ出来りゃ何となんとかなる筈。」
「何それッ!?適当過ぎじゃないっスか?!」
「仕方ねぇだろ。俺だってまともに道場剣術やってねぇゴロツキだったんだ。俺に教えられる事は竹刀の持ち方だけだ。」
「それ何て無責任!!?」
思いも寄らぬ土方さんの発言に驚愕したのは言うまでもない。
chap.10
ばっしゃーん!!
「じゃあ俺は仕事があるから自主練気張れや。」
「え!?ちょ!土方さんっ!?」
片手を上げて踵を返した土方さんを呼び止めんと声を掛けたが、ひらひらと手を振り、振り返りもしないで行ってしまった。
何だよ!
稽古付けてやるとか言ったの土方さんじゃん!
こんな早朝に叩き起こしたの土方さんじゃん!
何とも煮え切らない思いにさっきと違う意味で竹刀を握り締めた。
だからと言って、練習を放棄し部屋に戻ったら土方さんに大目玉喰らうのは目に見えてる。
幾ら阿呆なあたしでもそんな結果が待っているのを知って態々実行する程間抜けでなければドMでもない。
適当にだらだらやって、ある程度時間経ってから戻れば良い。
どうせ見ちゃいないんだし。
何て思って竹刀を構え、振り下ろした。
「……あれ?」
目の前を縦に裂いて、床に向いた切っ先を見下ろして、あたしは目を瞬く。
何だ、これ。
内側から込み上げるもやもやが全身を支配するこの感じ。
次の動きが繰り出せない。
奇妙な感覚に眉間の皺が深くなっていくのが解った。
何だ、この気持ち悪い感じ…。
そして、それが違和感だと解るまで差程時間は要らなかった。
そうだ、何かが違う。他の隊士達が毎朝してる素振りと何かが違うんだ。
竹刀の握りも素振りの形も、出す足もリズムも間違ってない筈。
勿論、あたしが竹刀で素振りをするのが云年振りだからって言うのもあると思う。でもそれとはまた違う何ががあった。
何が違う。
何が足りない。
剣先を見つめ、唇を噛みながらそればかりを考えたが、単純な思考回路は幾ら考えても答えを弾き出してはくれなかった。
「……っあ〜、もう!」
ショート寸前の警笛に剣先を床に叩き付ける。
スパンッ!!と乾いた良い音が誰もいない道場に響いた。
「考えてたって無駄だ、無駄!!」
片手を竹刀から放して、自分の頬を力一杯引っ叩いて考えを断ち切る。
こうなりゃ実践あるのみだ。
違和感の原因を自分で突き止めてやる!
竹刀の振り幅だろーが、踏み込みの程度だろーが、振り下ろしの速度だろーが、手当たり次第試してやろうじゃねぇか!
あたしは竹刀を構え直して再び素振りを再開した。
初めはただ力任せに竹刀を天から地へと何度も振り下ろすだけだった。
でも、そうやってる内にただもやもやとしか解らなかった違和感が霧が晴れるみたいにだんだんはっきりとした感覚で現れる。
徐々に明らかになる違和感に、神経を研いで更に感覚を探ると辿り着いたのは耳だった。
「……音?」
そうか。あたしの素振りは竹刀が空気を裂く薄い音なんだ。対して記憶の中の隊士の素振りにはそれに加えて別の音があった……様な気がする。
……でもどんな音だっけ?
竹刀振ってるだけだから、金属音とか爆発音とかは出ないだろうし、間違って前の人の頭に当たった音とかは気になる程ないだろうし…。
考えながらも腕は相変わらず素振りを続けた。
しかし、考えれば考えるほど深入りして、仕舞いには朝練中に土方さんを真剣で狙う沖田さんの光景まで浮かんできたではない。
「違う違う!それ関係ねぇッ!!」
首を横に振って、断ち切る様に竹刀を下ろした時だった。
スパンッ!!
「!」
乾いた、しかし軽やかな音が道場に響く。それから腕を妙な振動が伝わる。
「………これだ!」
今のは竹刀の竹が空気に揺らされて出した音。
空気を裂くんじゃなくて空気を斬る音。
この音があたしの素振りに足りなかったんだ…!
絡まった髪の毛を1本ずつ解いたみたいな達成感と爽快感に見舞われた。
すっげ、こんだけ早く解るとか、あたし凄くね?!しかもやってのけるとか凄くね?!あたし天才じゃね?!
可笑しな満足感に調子に乗ったあたしは再び竹刀を振った。
ヒュッ…、
「…?」
ヒュッ…、
「アレ?」
何度か素振りをして目を瞬く。
……てか、あれ?どうやったんだっけ…?
あ、そういや、偶然出来たんだったっけ。
……
駄目じゃん!!
畜生!!出来たと思ったのに…!
目の前に500円落ちてたのを野良猫に横取りされた気分だ…!
いや、でも1回出来たんだから二度と出来ない何て事はない!!そうだ!目標はもう見えてるから後は走るだけだ!諦めるなよ!松岡●造だって何時も言ってるじゃないか!
再度竹刀を握り締め、今度は力加減その他諸々を考慮に入れながら、素振りを開始した。
*****
「あれ?副長、鷹居さんは?」
「あ?」
食堂にて昼食を掻っ込む土方は掛かった声に手を止め顔を上げる。
そこにいたのは空にした食器を配膳に運ぶ山崎だった。
「鷹居なら道場だ。」
ぶっきらぼうに答えて土方は再び箸を進める。
山崎はそれにへぇ、と言葉を漏らし、暫く何か考えてから首を傾げた。
「何だ、」
「あ、いえ。朝も見なかったし、今も鷹居さんまだ食堂に来てないんで、気になったんです。」
副長と一緒じゃないみたいだし、と付け加え山崎は言う。
「来てないだと…?」
その言葉に土方は僅かに眉を上げた。
「山崎、お前、今日ずっとここにいたのか?」
「え?俺は次の監察用に真選組ソーセージの個数確認とか準備とかあって今朝5時前からいますけど、」
真選組ソーセージに5時前からいるとか何やってんだお前は、と言いたいところだが、置いといて。
山崎の言葉に偽りがないのであれば、紅羽は朝から何も口にしてないのではなかろうか。
部屋に食物を溜め込んでいない限り、屯所の中で飲食ができるのは食堂だけ。道場脇には水呑場はあるものの、何時からか壊れていて使い物になっていない。時計も塔に12時を回っていた。
サボってなければ水分補給も無しにぶっ続けで4時間近く素振りをしている事になる。
「……ちっ!」
「あれ!?副長?!」
土方は脳内で状況を整理した後、箸と丼を無造作に置いて席を立ち上がった。
突然の行動に驚く山崎の声を背に部屋の隅の掃除ロッカーからバケツを引っ張り出す。
脱水症状で倒れてもらって事後処理手を焼くのは御免だ。
手洗い場の蛇口を全開に捻り、水が溜まるや否やバケツを片手に食堂を飛び出す。
あまりの絵面に昼食を摂っていた隊士達が唖然としていたのは言うまでもない。
*****
「はっ…、ほっ…、」
あれから、どれ程この上下運動を繰り返しただろう。上がる息に比例して徐々に二の腕が重くなっていく。
それでも竹刀は一向に鳴き声を上げてはくれなかった。
「……っ…はっ…!」
水浴びでもしたかの様に肌を湿らす。それがまた、煩わしくて集中力が薄れていく。
こんなに人間って発汗するもんなのかと感心さえ覚えた。御蔭で異物を弾く役割の眉毛と睫毛が完全に濡れて、職務を怠慢し汗がガンガン目に入ってきて痛いのだが。
でも、既に機械的とも言える素振りの動きを止めてしまったら、何だか自分に負ける様な気がして悔しいので、身体は相変わらず上下運動を続けている。
「ち……っくしょ…!」
強く竹刀を振り下ろすと、風圧で汗が飛んだ。
あー、畜生。
やっぱまぐれだったのか?ちょっとやそっとで習得出来る様な技術じゃなかったってか?
仮にそうだとしても絶対に認めたくないからか、やれば出来ると信じたいからか、何があたしをこんなにまで集中させるかはよく解らないが、ただ夢中で素振りを続けた。
つーか、今何時?何時間くらいあたし此処にいんの?
ふと、思い浮かんだ雑念に集中が途切れる。
「…っ!?」
すると、突然視界が歪んだ。
ぐわんぐわんって擬音がまるで当て嵌まる状況に頭が混乱する。
何これ?!立ってるのがやっととかそんな程度じゃないんだけど…!!
更に視界に映る物は徐々に輪郭を消して、背景は暗転していくではないか。
何事?!何が起こってんの今?!!
しかしそんなパニックも段々朦朧して、意識も定まらなくなってきた。
視界が狭まり光が今まさに消えようとした瞬間、
ばっしゃーん!!
「うわあっ?!!」
何処からか冷たい物が飛んできた。一気に目が覚めたあたしの意識は強制的に引き戻される。
「何やってんだお前!!」
聞き慣れた声にはっとして、音源に目をやると、道場の入口で不機嫌そうな土方さんがバケツを片手に立っていた。
……バケツ?
ああ、もしたかしてさっきの冷たいのって水?
あたしは水ぶっ掛けられたってか。
「いや、土方さんのが何やってんですかですよ。」
眉間に皺を寄せてそう言うと深い溜め息を吐いて、土方さんは頭を抱える。
何それ。失礼だな。
「鷹居、」
状況を理解していないあたしの方へ土方さんはペットボトルを投げてきた。
慌てて受け止めると、続いて頭にピンポイントな衝撃。
「いて、」
反射的に頭を押さえて足元に目を遣ると飴玉の包みが1個水溜まりに落ちていた。
「それ食って水飲んだら、汗流して飯食ってから部屋に戻れ。」
「は?」
何か保護者みたいな命令のされ方にあたしは首を傾げる。
しかし、土方さんは再び盛大な溜め息を吐いて、踵を返していった。
何だ、訳解んねぇな。
何て思いながら道場の隅に掛かっている時計で現時刻を確認する。
「……まじか。」
時計の針位置で、先程視界が歪んだ訳と土方さんの不可解な行動の意図とこれから起こるであろう説教にさっきとは別の意味で視界がフェードアウトしそうになった。
To be continued……