chap.11

「おばちゃーん。」

食堂のカウンターに半分乗っかって厨房の方へ叫ぶと、恰幅の良い如何にもな中年女性が暖簾を上げて顔を出した。

「紅羽ちゃん!アンタ朝から顔見てないからおばちゃん心配してたんよ!」

「たはは…ごめんね。余り物でいいから何か食べ物なーい?」


chap.11
損した気分になった


「あ、鷹居さん。大丈夫だったんだ。」

「んあ?」

余り物でいいって言ったのにがっつり出されたB定食を掻っ込んでいると、高くて柔らかい声が耳に入る。

見れば山崎さんが忍装束を纏って立っていた。

「大丈夫じゃないですが、山崎さんこそ大丈夫ですか?頭的な意味で。」

「いや別にこれそーゆーんじゃないから。これから仕事なだけだから。」

「女性向けのイメクラがあるなんて初耳です。」

「違うからね!!俺公務員だから他と掛け持ちは出来ないからね!!てかイメクラじゃなくて密偵の仕事だから!!」

おかずの塩鮭に丸ごと齧り付きながら必死に弁明をする山崎さんに冷たい目を向ける。

お、この塩鮭、旨いな。

「皮ごと食べるんだ、鷹居さん…。」

「骨も食いますよ。」

「そ、そう…。」

若干引き気味の山崎さんに構わず口内でばきばき音を立てて骨を噛み切り飲み込む。

まあ、骨は素揚げして塩振って骨煎餅にした方が旨いんだけどね。

「つーか山崎さん。密偵の仕事、今日からでしたっけ?」

「うーん、事前に決まってた奴は来週から。今日のは急遽ね…。」

続いて御飯茶碗を持ち上げ掻っ込む準備をして山崎さんに尋ねると、苦笑の様な困った笑顔が帰ってきた。

「ついさっき市民様から情報が寄せられてそれを調べに行くんだ。副長、機嫌悪そうだったから報告書の事考えると嫌になるよ。」

「えー……、土方さんの腹の虫、今、居所悪いんスかー?」

「あれ?鷹居さん、怒られてきたんじゃないの?」

眉間に皺を寄せると、山崎さんはきょとんと首を傾げる。

「俺はてっきりそのとばっちりかと思ったんだけど、」

「失礼っスね。あたしはこれから御説教ですよ。」

「御免御免。でも説教してもらえる内が花だから、頑張ってね。」

山崎さんは頼りない笑みを浮かべ、あっしはこれで、と片手を上げながら食堂を出て行った。

何だ、その口調。
今、土方さんに呼び出されてなきゃ、本当にイメクラじゃないのか尾行したくなるじゃないか。畜生、次回に期待しよう。

「あ、そうだ。呼び出されてんだった。」

はた、と我に返って、あたしは片手にしていた御飯を掻っ込んだ。


*****


「失礼しまーす。鷹居でー…」

「遅ぇ。」

間延びした声で襖を開けると、机に向かって書類を捌きながら黒目だけこっちに寄越した土方さん。

要は上目遣いで睨まれているのだ。
上目遣いなのに凶悪だ。悪人面だ。こんな上目遣い誰も望んでない。

大体男の上目遣いはわんこ系の特権じゃないのか。
間違っても瞳孔かっ開いた人間がして良いものではないんじゃないか。

「すいませんでした。」

しかし、一応既に始まっているらしい御説教タイムに無駄口を叩く訳にもいかない。
かと言って目を合わせたら石にされそうだ。故にあたしは咄嗟に目を反らし謝意を示す。

どんなに腹腸煮え繰り返っても機嫌の悪い上司には取り敢えず謝っておくのが世渡りの上手のコツだと兄者が言ってた気がする。
あと、魔法の言葉『御察し致します。』だっけ?を使うのもポイント高いらしい。

「おい、何ぼーっと突っ立ってんだ。座れ。」

「あ。はい。」

無言の儘佇むあたしに不信感を抱いたのか、訝しげに掛けられた土方さんの言葉にはっとして従った。

いかんいかん。
これから御説教が始まる、否、既に始まってるらしいのにぼけっとしていたとは。

机越しの対面に正座して姿勢を正すと土方さんは筆を止め、顔を上げた。

おっと、早速眉間に皺が寄っている。
山崎さんの言う様に機嫌が悪いってのは本当らしい。

嫌だなー、なんて考えてると筆を置いた土方さんの手は懐から妙な形のライターと煙草を取り出し、1本口に銜えて点火した。

一息吸って、肺に入りきらなかったらしい煙を吐き出す。



……嫌だ。

物凄く嫌だ。嫌な空間だ。

しかし退場など許される筈もなく、ジリジリと煙草の先端が燃える音のみが響く沈黙の空間であたしは黙って正座する。


ああもう!叱るなら一思いに叱ってくれりゃ楽なのに、何なんだこの変な間は…!

鬼の副長なんて二つ名があるくらいだから数多の人物を叱り付けてきたんでしょうが土方さん!
叱られる側の気持ちだって分かってるでしょうが土方さん!
変に間延びしたら嫌だって知ってるでしょうが土方さんんんんんっ!!

嫌がらせか!?新手の嫌がらせか?!だから態とすぐに叱り始めないのか!?陰湿だなオイ!!

心中でぶつくさ文句を垂れるあたしなんか知らない土方さんはある程度ニコチンを摂取し終わると、長めに煙を吐いて言葉を紡ぎ出した。

「テメェでテメェが管理出来ねぇなら、刀云々以前に出動を許す訳にはいかねぇ。」

「は…はぁ……?」

どんな怒声が飛んで来るかと思えば、開口一番出て来たのは淡々とした声色。
そして初歩的な心構えを言われた。

何か拍子抜けだ。

仕事でなければ寛容なのか、それとも新手の罠か。

……多分、後者で間違いない。

しかし意図が汲み取れないあたしは尚も首を傾げる。
一方で土方さんは腹の読めない顔を崩さず、小さく息を吐いた。溜息にしては無関心で呆れを帯びた息。

それから、ほぼ睨む様な目付きをこちらに寄越して言葉を続ける。

「どんな状況であれぶっ倒れるなんざテメェでテメェを管理出来ねぇ奴がやる事だ。分かるか?お前がやったのはそう言う事だ。」

「……あ、」

指摘を受けて漸く言葉の意味が理解出来た。
うっかり忘れていたが、あたしは朝から飲まず食わずで素振りしてて、脱水症状か低血糖か分かんないけど倒れそうになったんだっけ。
で、土方さんに水ぶっ掛けられて意識を繋いで呼出し食らったんだ。

きっと今、あたしは合点が言った様な顔をしていたのだろう。
今度は大袈裟なくらい深い溜息を吐いた土方さんは頭を抱える。

「いいか、俺達の居る世界じゃ、護る事はあっても護ってもらう事はないと思え。護ってもらわねぇとやっていけない奴に他を護るなんざ無理な話だ。そういう奴は必要ない。」

実戦で斬られた訳でもないのに倒れそうになったあたしにとってそれはお前は不要だと言われているのと変わらない。
その言葉は鈍器で頭を叩き付けられた様な感覚をあたしに与えた。


ああ、まただ。

自分への信用がまた崩された。
それでもその言葉に返す言葉が見当たらない。


悔しい。

言葉が返せないから悔しいんじゃない。土方さんの言う事が正しいから悔しい。的を射ているから悔しい。
そして自身を管理出来ない己の人間的な未熟さが悔しいんだ。

「目先の手柄に気取られて、己を見失うな。以上だ。」

「はい…。御迷惑御掛けしました…。」

冷たい刃物の様な言葉に奥歯を噛みながら、頭を下げて必死に声を絞る。

言い終えると再び筆を執った土方さんにあたしは暫く頭を上げられなかった。
泣きそうだけど泣きたくない。
否、泣けないんだ。
泣く程大層な事をしてないんだから、泣いても良い訳がない。

だからといって、ずっとその儘でいる訳にもいかない訳で、あたしは涙腺に鞭打って、瞼に水を溜めまいとして立ち上がり、踵を返した。

悔しい。
あたしは怒られる為に真選組に戻った訳じゃないのに。迷惑掛ける為に戻った訳じゃないのに。呆れさせる為に戻った訳じゃないのに。
出来るなら役に立ちたい。
こんなに未熟なのに迎え入れてくれた恩に報いたいのに。
全く以って上手くいってない現状に悔しさと苛々が募った。

「鷹居、」

「……はい、」

そんな気持ちを耐えながら襖に手を掛けた時、不意に名を呼ばれて肩が跳ねる。

首だけ振り返ると、相変わらず、仏頂面ではあるが、土方さんの不機嫌な表情は何時ものそれと同じ程度だった。

「何ですか?」

ちょっと安堵としたあたしが僅かに首を傾げると、開きっぱなしの瞳孔に納まった目があたしのそれと搗ち合う。

「ぶっ倒れる寸前まで竹刀振ってたのは頂けねぇが、そうなる寸前まで竹刀振ってやがった精神力と根性は褒めてやるよ。」

「!」

意外な言葉に目を見開いて完全に振り返ると、一瞬鼻で笑われた。

「…焦るな鷹居。どんな天才だろうが得物を変えるなんざ簡単に出来る事じゃねぇ。1日2日で使える様になるなんざ期待してねぇよ。」

「は…はい!!頑張ります…!」

僅かに口角を上げた土方さんに再び頭を下げる。

皮肉なんだか褒められてるんだか分からないが、何だろう、何か嬉しい。
沈んでいた筈の気分がそれで一気に吹っ飛んだのだから不思議な話だ。

何だ彼だ言ってもちゃんと評価してくれているのかな、何て思ってしまう。山崎さんの言う『説教される内が花』とはこういう事なのかも。
だとしたら鬼とか言われる土方さんが隊士に慕われてるのはこういう事なんだろうな。

「で、」

「はい?」

新発見した気分でちょっと嬉しくなって、そんな人間関係に感動してると、土方さんは短くあたしを呼び、此方に来いと言わんばかりに机の前を指差した。

何かと思って寄ってみると、手渡されたのは検印とスタンプ台。

「説教の後は仕事だ。手伝え。」

「え、でもあたし今日非番…」

「つべこべ言うな。やれ。」

「……ええぇ〜。」

高圧的な要請に理不尽さを垣間見て、先程ちょっと感動して改めて土方さん凄ぇ、と思って損した気分になった。


To becontinued……

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