chap.14

明後日、つまり2日後なんて言うのは短いもんで、あっと言う間に討ち入り当日。

出陣は深夜だから、該当隊士達が寝溜めしてるので、日中の屯所は気持ち悪いくらい静かだった。
あたしはと言えば、相変わらず素振りの練習に勤しみたいのだが、休憩を挟むのに部屋に戻る訳で、その度隣室で寝てる鬼副長を起こさない様に動かなければならないのが全く以て面倒臭いので、結局昼寝に勤しんでいる。


chap.14
余計な御世話でしょうが


屯所内の慌ただしい空気に目が覚めた。
太陽がかなり傾いて東の空は既に闇に染まっている。
もうそんな時間かと身体を起こして部屋の外を見れば、隊士の皆がバタバタと支度を始めている。

大概、この時間は夕飯を取りに皆、食堂にいるんだけど、今は空いてそうだ。

土方さんは未だ部屋に籠もっていて何をしてるか分からないが、討ち入り準備で忙しかろうと敢えて声は掛けずに、本日の私は独りで、出動隊士の皆が出払った食堂へと向かう。
何時もなら賑わう時間なのに、案の定今日はちらほらとしか人が見えない。

「おばちゃーん。掛け饂飩麺大盛りー…あ、ネギと大根も多めでねー。」

「おや、紅羽ちゃん!あんたこんなに遅くて大丈夫かい?」

「うん?あたしは補欠だから討ち入りには行かねぇよ。」

奥から出てきた食堂のおばちゃんにそう言えば、ちょっと意外そうに、あらそう、と目を見開かれた。

「あたしゃまた、副長に付いてくとばっかり思ってたよ。」

「なはは…、足手纏いは連れてってもらえないんですよ〜。」

「嫌ぁねぇ、誰が足手纏いだってのよ。直ぐにお供できるようになるわよ。」

如何にもおばちゃん、と言う笑顔で返され、釣られて情けない笑みを浮かべるあたし。
うーん、出入りに行きたがってるのおばちゃんにはバレたかな?ま、いいや。
出来上がった饂飩を受け取り、座席を見渡すと見慣れた地味が目に入った。

「やーまざーきさーん!」

「ああ、鷹居さん。」

「隣、良いっすか?」

「どーぞ。今、晩飯?」

「そっすよ。何かありました?」

「ううん。ただ、今日は道場に居なかったから、出掛けてるのかと思ってた。」

「ああ、寝てたんすよ、部屋で。」

席に着きながら、意外そうな山崎さんに笑って返せば、苦笑いを浮かべられる。
確かにさ、今晩討ち入りだって緊迫感滲み出てる屯所で昼寝は不謹慎だと思うよ?だけどさ、眠かったんだし暇だったんだし別に良いじゃん?仕事無かったんだし。

心中で反論してから、あたしは箸を止めて山崎さんを見やった。

「所で、この時間にいるって事は山崎さんは出入り行かないんすか?」

「俺?俺は明日早朝に別の仕事があるからね。」

「へぇー…じゃあ今晩早いっすよね。」

「え?うん…なんで?」

「昼寝してたから、これから刀の練習しようと思って。手合わせしたかったんすよー。」

暇じゃないならいいっすわ、と付け加えてあたしは再び箸を進める。山崎さんは困った様に笑って、ごめんね、と謝罪を寄越した。

「でもまあ、俺じゃあ相手にならないんじゃないかな。実戦にもあんまり出ないし。」

「だからっすよ。素振り上がりのぺーぺーには丁度良いじゃないですか。」

「そんな評価だとは思わなかったよ。」

「褒めてますよ、あたし。」

「嘘だよね?絶対貶してるよね?見下してるよね?」

「………」

「それは肯定なのか!?無言のイエスなのか!!?」

「あ、すんません。気にしてなかった。」

酷い!

山崎さんを適当に構いながら食事を済ませ、あたしは自室へと足を向ける。隣室は未だに静かだが、土方さんはまだ寝てるのだろうか?他の隊士は支度を始めてるのに大丈夫なのかな?
あの人に限って寝過ごすなんかまず有り得んし……具合が悪いとか…?土方さん、ストレス胃だし。

考え出したら止まらなくなって部屋の様子を窺ってみる事にした。寝てたらまずいので、そーっと、そーーーっと仕切りの襖を動かせば、目に入ってきたのは、規律良く上下する横たわった身体。

………寝てる。
……………。
土方さんが寝てる!!

寝るんだ!
土方さんって眠るんだ!!

珍景を発見した様な気分になって叫び出しそうな口を両手で押さえて声を殺す。
騒いだら絶対起きる。絶対怒る。

しかし珍景は珍景であって珍景以外の何物でもないのである。
これを写メしたら市内に溜まる土方さんファンに幾らで売れるだろうか。1万は堅い。
まあ、しないけど!しようもんなら、写メの音に気付いて絶対起きる。絶対怒る。
デジカメ持ってくれば良かったなぁ。

せめて、どんな顔で寝てるのか拝んでやろうと、その場から背伸びして寝顔を窺う。


………わあ、眉間に皺が寄ってないよママン☆
しっかし綺麗な御顔だなコノヤロー。お、睫毛結構長い。目元の印象なんて瞳☆孔☆全☆開☆くらいしかなかったから意外だな。
鼻筋通ってるし、彫りも程良く深いし…あ、意外と色白い。
黒髪色白って白雪姫かよ。
ともあれ、バランスの取れた良い顔なのに何で何時も仏頂面なんだろう……勿体無い。


…………。


何考えてんだあたし。
人の顔考察してどうするんだあたし。

米噛みに手を当て、小さく首を左右に振り、思案を打ち切ってしずしずと襖を閉めた。


………………。


そうだ、素振り!素振りの練習しなきゃ!さあ、善は急げだ!

無意味に気まずくなった気分を無理矢理払拭し、箪笥から一式を引っ張り出して着替え始めた時、

「鷹居、いんのか?」

「ひゃひぃぃぃっ!!!」

突然、隣室から投げられた声に肩が跳ね上がる。何だこの人タイミング悪っ!変な声出たじゃん!
え、て言うかあれ?もしかしてさっきも起きてたとか?莫迦な!そんな莫迦かな!!ないよね?それはないよね!?

荒ぶる心中を静めんと、密かに深呼吸を繰り返し、何食わぬ何時もの声色で、あたしは声の問いに答えた。

「いますよ。どうしました、土方さん。」

「お前は随分可笑しな返事が出来るんだな。」

そんだけかあぁぁぁぁぁっ!!?

「冗談だ。今、何時?」

「え?ああ、19時27分ですよ。」

「そうか。」

再び問われた事に答えると、短い返事の後、布の擦れる音が耳に入る。
どうやら起床するらしい。

それ以上、声は掛からなかったので、着替えを再開する。

……結局、あの時土方さんが起きてたのか否か分からないけど、何も言われなかったから前向きに考えておこう。どうかバレてませんように。

そんな考えを巡らせながら着替えを終え、竹刀を担いで部屋を出ると丁度土方さんと搗ち合った。
何時もの隊服に何時もの仏頂面なのに、何時もと違う様に見えるのは緊迫した空気を纏っているからか。

「おい、何だその格好。」

「へ?あ、素振りをしようかと。」

「……やるなとは言わねぇ。だが、やるなら隊服でやれ。援軍要請が来る可能性ぐらい考えろ。」

「あ。」

成る程、そんな事もあるのか。ちゃっちゃと片付くもんだと思ってたけど、思い違いだったらしい。

顔を顰めた土方さんに指摘され、あたしがそそくさと部屋に戻ると、襖の向こうにで盛大な溜め息を吐かれた。

感じ悪いなぁ…まあ、今に始まった事じゃないか。

此方も負けじと鼻で笑ってやって、上着に手を掛けた時にふと思い立ち、襖から顔だけ出した。

「!!……何だ鷹居。」

煙草に火を点けていたらしく、まだ部屋の前にいた土方さんにニヤリと笑ってあたしは言う。

「余計な御世話でしょうが、御武運を、土方副長。」

「!」

豆鉄砲食らった様な土方さんの顔に、してやったりな笑顔を返して頭を引っ込めた。



To be continued……

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