chap.17
「土方さん、回診ですよー。あ、毎日御苦労様です、えーっと……、彼女さん?」
「部下です。」
「部下だ。」
chap.17
痛点のHPは0振り切ってマイナスよ!
入院から2週間後。
回診の連絡に来た失礼な看護士さんに連れられて、種々の検査やらレントゲン、CTだのなんだのを一通り終わらせてから、診察室で待つ医者の元にあたし達は向かった。
「はい、御苦労さん。えーっと、土方さんね。あ、付き添いは……彼女さん?」
「部下です。」
「部下だ。」
中年の医者の言葉に本日2度目になるが全力で否定する。
看護士も看護士なら医者も医者だな!何だこの病院!どっかから根回しされてんのか?!!
と、言うイライラは後で山崎さんにぶつけるとして、あれこれ資料に目を通す医者の診断を待つ。
「うーん、なんかもう良さそうだなぁ…。若いからかなぁ、いいなぁ。明日にでも退院しようかぁ。」
「治ってんなら今日にでも退院したいんですが、」
「あ、じゃあそうしようかぁ。今日の午後ね。あ、でも一応来週、外来に来てもらうから。予約入れとくけど時間どうする?」
「!!?ちょ、ちょっと待ってくださいよ先生!!」
予想だにしない診断結果をこれまた信じられない程軽いノリで告げ、あっさり即日退院を許可した医者の言葉に思わず割り込んだ。
じゃあそうしようかって!
今日の午後って!!
あたしの記憶が正しければ入院は1ヶ月程だった筈だ。
2週間しか経ってませんが?!
予定の半分ですが!!?
「いやだなぁ、先生。入院1ヶ月位だって仰ってたじゃないですかぁ。まだ2週間しか経ってないですよ。半分も経過してないですよ。」
「あー……まあ、僕も驚いてるよぉ?こんなに回復が早いなんて珍しいしねぇ。でも検査結果は良好だしねぇ。」
「で、でも大事を取るとか…」
「いやねぇ、こんな話したくないけど、うちの病院にも病床数ってのがあってねぇ。治療が終わった患者さんには自宅療養してもらわないと困るんだよねぇ。」
愛想笑いを浮かべつつ「冗談だよ」の言葉を引きずり出そうとしたが、医者は渋った表情で頑固にもそう宣った。
そんな病院事情知らねぇよ!
此方人等、土方さんが退院した日が命日になるかもしれねぇんだよ!!
「部下さんだっけ?貴女も上司が何時までも職場を離れてたら不便でしょ?現場復帰まで少し掛かるけどさぁ、いないよりはいた方が良いと思うけどねぇ。」
「………はぁ、ええ、まぁ…。」
畜生が!
尤もらしい事抜かしやがって畜生が!!
それに対する選択肢はイエスかそうですねとかはいとか肯定的なのしかねぇだろうが!!!
と、まぁ内心そんな事を思っていても口になんか出せなくて、曖昧な返事をしたのだが、退院手続きはあれよあれよという間に何の滞りもなく進んでしまったのだ。
******
「只今戻りましたー。残念ながら土方さんも御帰還でーす。」
気怠げに、つーか半分嫌々で声を張りながら屯所の扉を開けると、隣で何事もなかったかの様にニコチンを摂取する土方さんの平手が顔面に飛んできた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?目玉後ろから飛び出た!!!絶対飛んでったぁぁぁぁっ!!!」
「おお!帰ったかトシ!!」
「ああ。迷惑掛けたな、近藤さん。」
「待てぇぇぇ!!!近藤さんよりあたしに迷惑掛けてますよ土方さん!現在進行形ですよ土方さん!ついでにあと2週間は介助せざるを得ないんですよ土方さん!!そのあたしには平手って何だコノヤロォォォォ!!」
玄関口で待っていた近藤さんに迎えられ頭を軽く下げた土方さんの背中に不満の声をぶつけながら、引き上げてきた荷物に入っていた消しゴムを千切って投げつける。
至近距離から。
全力で。
「!?おい、鷹居!!何投げてんだ!?」
「ねーぎーらーいー!ねーぎーらーいー!ねーぎーらーいーをーよーこーせぇぇぇぇっ!!」
「何の呪いだ!!止めろ!地味に痛ェ!!」
「じゃあ労ってくださいよ!!例えば主に金銭とか給料って形で!!」
「どっちにしろ金じゃねーか!!」
「まぁまぁ、落ち着け2人とも。」
退院早々元気なのは良いけど、なんて苦笑を浮かべながら仲裁する近藤さんに一応口を噤む。土方さんも条件反射なのか、舌打ちしながらも黙るらしい。
何だよ舌打ちって!
こっちがしてーわ!
今に見てろよ!
何にも出来ないけど今に見てろよ!!
不貞腐れたあたしは心中で悪態を吐きながら、荷物を抱え直し、土方さんの部屋へ足を向けた。
何時までも此処にいたって土方さんは労いなんかくれそうにないし。本人の搬送は近藤さんに任せて大丈夫だろ。
てか、そこまでボランティアしてやらねぇ。
「あ!ちょっと、紅羽ちゃん!」
すると背後から声が掛かった。
一応足を止めて訝しげに振り返ると、近藤さんが何か楽しそうにしているではないか。
その姿は何か凄く腹が立った。
「何スか。バナナはこの荷物に入ってないッスよ、ゴリラさん。」
「ゴリラじゃないから!バナナは大好きだけどゴリラじゃないから!!って違う違う!トシの退院祝い今晩9:00からって話!」
「退院祝いぃ?」
冷たく応えれば、独りでてんやわんやしだした近藤さん。
それを冷めた目で観察しながらも気になる単語にあたしは首を傾げた。
退院祝いって、何でそんな面倒な。ふと、主役になるだろう土方さんに目を遣れば、てんやわんやの横で深い溜め息を吐いてる。
……ああ、酒の口実か。
あたし未成年だから飲めないし、何か出るのも癪に障るからなぁ…
「あたしパスで。」
「えっ!!?」
「だって目出度くねぇし。あ、退院呪いだったら参加しますよ。」
「ちょ!誰が上手い事言えと!?ねぇ!紅羽ちゃんてば!」
これでもかのいい笑顔で答えたあたしに近藤さんは慌ててたが、隣の土方さんは変な顔をしていた。
*****
大広間でどんちゃん騒ぎが始まった頃。
あたしは竹刀を担いで道場へ向かった。
最近は病院に入り浸りで禄に練習できてないから、少しでも触れておきたい。
冗談か本当かは微妙に分からないけど、土方さんに退院したら手合わせしてやるって脅されてるし。
ちょっとした悪戯のつもりだったのに本気にしちゃうんだもんなー土方さん。
まあ、もし一本決められてたら次の出入りに連れてってもらおうという細やかな目論見はあったけども。
そんな自らの愚行を思い出し、鼻で笑いながら藁束を立てる。
久し振りに握った竹刀は心なしか重くて、自然と顔が歪んだ。
「……全部土方さんのせいだ。」
八つ当たり半分、本気半分に独り言ちて竹刀を振り上げる。
最初こそ違和感があったものの、感覚は思いの外早く戻ってきて、次第に小気味のいい音が道場に響いた。
比例してあたしの調子も乗ってきて、ついつい掛け声に毒が混じる。
「特別給金寄越せぇぇ!!」
スパァン!
「給料上げろぉぉぉ!!」
スパァン!
「小遣いもっと寄越せぇぇ!!」
スパァン!
「兄者の定期預金の講座番号漏洩しろぉぉ!!」
スパァン!
「屯所のマヨネーズ、全部ケチャップに変われぇぇ!!」
スパァン!
「宇宙規模でタバコの木が絶滅しろぉぉ!!」
スパァン!
「近藤さんのストーカー癖が治りますようにぃぃぃ!!」
スパァン!
「土方さんの虹彩仕事しろぉぉぉぉ!!」
スパァン!
「土方さんは末期COPDぃぃぃぃぃ!!!」
「患ってねぇよ。」
「………。」
トドメの掛け声に取り敢えず最近テレビで和田ア●子がCMしてて覚えた病名を叫び竹刀を振り上げたら、道場に静か且つ低い声が響いて反射的に身体が固まった。
空耳と信じながら恐る恐る振り返ると、嗚呼無情。竹刀を担いだ瞳孔お化けが柱に凭れ掛かって瞳孔かっ開いてこっちを見ているじゃない。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!じゃねぇよ!俺は化け物かっ!」
「……まぁ、ある種近い物があるかと。」
「月末覚えてろよ。」
「減給だけは勘弁してください。」
嫌な顔して脅してきた瞳孔お化けに取り敢えず土下座する。
只でさえなけなしの給料(8割兄者に持ってかれる)なのに減給とかほんとに勘弁だ。給料減っても兄者は同額持ってくんだから、そんな事になったらあたし1ヶ月いくらで生活しなきゃなんないと思ってんの?税金とか設備費とか光熱費とか持ってかれたら黄金どころかプラチナな伝説作れるよ!?低所得者舐めんな!!
そんな訳で土下座してる訳だが、許してくれそうもない瞳孔お化けはひたひたと近付いてきてあたしの前で止まる。
嫌な予感と同時に、乾いた破裂音が耳を、裂かれたような痛みが背中を襲った。
「っぐ……あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
叩かれた!思いっ切り!痛い、なんてもんじゃない!!予想外、なんてもんじゃない!!
故に状況を理解するのは簡単で、あたしは土下座から一転、奇声を上げながら海老反りになってのた打ち回った。
何これ息できないし超痛い!!いや、熱い?駄目だ、感覚がなくなった!!痛点のHPは0振り切って、もうマイナスよ!
つーか、何でこんなに怒ってんのこの人!?
煙草をネタにした病気とか良く冗談で使うじゃんあたし!何でこんなに怒ってんの!?
やべ、涙出てきた。
しかし人体とは不思議なもんで、のた打ち回ってる間に少しずつ痛みが引いてくる訳で。
未だに息苦しいし起き上がれないが、瞳孔お化けの足元で仰向けになって睨みつけることくらいは出来た。
「……な、……何、するんですか…土方さん……っ!」
「上司の陰口叩けるたぁ、偉くなったもんだな、鷹居。」
「……や、やだなぁ、土方さん、冗談じゃないですか。」
「……へぇ」
にやりと口角を上げた土方さんに苦笑いを返す。
うっわ、怒ってる。
静かに怒ってるよ、この人。
黒目の9割が瞳孔になってる。
酷ぇな、おい。大丈夫かこの人の虹彩。
「…てか、土方さん、宴会は?主役抜けちゃって良いんスか?」
「大体潰れやがっかたらな。気付かれてねぇよ。」
土方さんの眼球の心配は兎も角、これ以上パワハラ受けるのは御免なんで、話を逸らそうと振れば、呆れながらもちょっとだけ楽しそうな口振りで応えた。
微々たる変化で、口調がちょっと軽やかなだけなんだけど、少なからず、退院祝いは嬉しかったらしい。
「えぇー、そう言う問題じゃないと思いますが。」
他人事ながら、あたしも何となーく気分が上がって、笑いながらそう返したが、さっきの涙がまだ目に溜まってたらしく、「泣くのか笑うのかどっちかにしろ。」と鼻で笑われた。
ムッとしたが、まあ、文句は言わないでおこう。
取り敢えず、間延びした返事をして、まだ少し痛い背中を庇いつつ、のろのろと起きあがり胴着の袖で目を擦る。
「で、鷹居。」
「ふぁい?」
不意に呼ばれて振り返ると、のた打ち回った時に放った竹刀を投げて寄越された。
勿論、手で受け取る事なんて出来ず、顔面キャッチしたあたしは潰れた悲鳴を上げる。
「っつー……パワハラはんたーい。」
「五月蝿ぇ。いいから立て。」
文句を垂れれば、舌打ちと共にそう命じられたので、鼻をさすりながら竹刀を持ち直して立ち上がる。
すると、竹刀を構えた土方さんはこう言った。
「構えろ。約束通り手合わせしてやる。」
「…………はい?」
状況を理解出来ないあたしは、土方さんの強烈な一撃を顔面に食らうまで、只管瞬きを繰り返していた。
To be continued……