chap.18
「いってぇぇぇぇっ!!あんた今日あたしに何回竹刀打ち込む気ですかっ!?」
「テメェが阿呆面してっからだろうが。さっさと始めっぞ。」
「えぇっ?!ちょ、まっ…わぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!」
chap.18
只の鈍器
「うわ…っと……と…、…っ!!」
突然踏み込んできた土方さんの攻撃を反射的に渡された竹刀で受け止めたが、バランスを失って、まんまと尻餅を付く。
尾骨から背骨通って脳天までじわりと痺れが伝わり思わず肩を竦めた。
「何やってんだ間抜け。」
「何やってんだってこっちの台詞だから!!何なんスかいきなり!!」
「喚くな。退院したら手合わせしてやるっつっただろうが。」
「……やっぱあれ本気だったんスか…?」
「武士に二言はねぇ。」
「うえぇ…。」
竹刀で床を叩かれ、立つよう催促されたあたしは渋々立ち上がる。
うー…目が本気だよこの人…。
かと言って逃げたら逃げたでなんかもっと酷い仕打ちが待っていること請け合いなんで、大人しく竹刀を構えた。
……だ、大丈夫!
一度はあの東条さんと渡り合った身じゃないか!
自信を持て紅羽!
何とか成る!
成せば成る!
成る様に成る!
多分!
「…覚悟は出来てるな?いくぞ。」
ぎりっ、と竹刀を握る手が鳴いて、開いた瞳孔が鈍く光った。
何とか成る…成せば成る……成る様に……やっぱ無理っ!!
無理無理無理無理!!
だってあれ人殺す目だもの!!
スナイパーの目だもの!!
確実に仕留める人の目だもの!!
苦笑いをしながら全力で首を横に振ると、土方さんは舌を打ってまたあたしの顔面に竹刀を叩き付けた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「ごちゃごちゃ抜かすな。出来ねぇならクビだぞ、鷹居。」
「………クビ?」
耳に久しく、予想だにしない単語に痛みを忘れて首を傾げる。
クビってあのクビ?
解雇?リストラ?御役御免?
You are fire?
頭上にハテナを浮かべるあたしに呆れたのか、土方さんは溜め息を吐いてこう言った。
「何時までも戦力外抱えてられる程の余裕なんざ真選組にはねぇ。元々、1週間で出来あがんねぇならクビにしろって上から言われてたんだがな。」
「は?何それ?え?クビ?初耳ッスよ?」
「言ってねぇからな。」
「言っとけよ!何より言わなきゃなんねぇことじゃん!!」
「つべこべ言うな。始めるったら始めんだよ。」
「つべこべ言いますよ!だってここんとこ、あたし土方さんの介助生活してて殆ど練習できてないんスよ!?」
「だから1週間の期間を2週間ちょっとにしてやったんじゃねぇか。」
「ここんとこってその2週間の事ですよ!?分かってます?!時間足りねぇよ!圧倒的に練習時間足りねぇよ!!」
「五月蝿ぇな。良いから構えろ。クビにすっぞ。」
「何これ理不尽!!!」
説明が面倒になったらしい土方さんは言うだけ言うとあたしの反論を一蹴し再び竹刀を構えた。
何だこの理不尽な上司は!
いや、上司は何時でも理不尽だけども!
だからと言って竹刀放り投げて「ああ、わかった。こんな職場辞めてやるぜ。」なんて格好良い事は死んでも言えない(収入良くてちゃんばら出来る職場は他にない)んで、逃げることは出来ず、あたしは渋々、恐る恐る竹刀を構えた。
「形は問わない。俺に一太刀入れたら合格だ。いいな。」
「はーい。」
「…よし。打ってこい。」
暫くの沈黙の後、土方さんの低い声が空気を切り裂く。
一本所か当てるのだって自信ないけど、クビが掛かってるんだから仕方無い。
あたしは呼吸を整えて、地面を蹴った。
距離を詰めて、構えた竹刀を直前で振り上げる。
「はっ!!」
しかし攻撃は難なく受け止められ、破裂音に似た音が響く。
「遅い。」
「っ!!」
鍔迫り合いも束の間、土方さんの手にグッと力が入ったのを目の端で捉えるや否や、凄まじい力で押し返された。
反動で崩されかけたバランスは踏みとどまって何とか持ち直したが、攻撃体勢の立て直すまでは待ってもらえる筈もなく、鋭い突きが迫る。
「うわっ!!」
「ちっ、」
反射的に身体を反らして受け流し、隙の出来た脇腹を狙って竹刀を滑らせる。
片手持ちで、まだ不安定だが力一杯凪いだ。
「!!」
しかし気配を感じられたのか、目標は突き出した竹刀を引っ込め後ろに飛び退く。
終着点を失った攻撃は盛大に空振り、身体を振られた。
「っとと…」
「貰った!!」
「!」
隙は見逃される訳がなく、体勢を立て直すあたしに追撃が振り下ろされる。
空を裂く気配を感じたが、避けるだけの、受け止めるだけの時間がない。
あたしは崩れかけのバランスの立て直し放棄して、倒れ込んで横に転がった。
「甘ぇ。」
「へ?…!!うわっ?!!」
一太刀を躱したものの、横になったのは失策だったらしい。
攻撃態勢の取れないあたしは格好の的で、容赦ない追撃に襲われた。
何とかせねばと右に左に身体を捩り、ギリギリで躱しながら竹刀を手繰り寄せ、振り下ろされた一撃に構える。
スパンッ、と軽快な音が響いた。
音に反して重たい一撃にギシッっと音を立てた竹刀を蹴り上げて押し返し、その反動で起き上がる。
想定内だったのか、体勢を崩さない土方さんに若干悔しさを覚えながら、再び竹刀を構えた。
「………鷹居、」
「へ?あ、はい?」
「重いか?それ。」
そう言って土方さんが指さしたのはあたしの竹刀。
質問の意図がよく分からずに首を傾げた。
「…まぁ、重くはないっす。」
「……そうか。よし、続けろ。」
「?」
正直に答えるも結局何のことだか教えてもらえず、頭に疑問符を浮かべながら竹刀を構え直す。
その後の土方さんは防戦一方で此方に打ってはこなかった。
不思議に思いながらも、こっちは失業が係ってるんで、これ好機と考えて竹刀を打ち込む。
無我夢中に、だけど相手の僅かな隙は見逃さないよう注意しながら。
まあ、全部防がれて一本も取れていないのだが。
不規則な攻撃しかできないって言うのは疲れるもんで、1時間と少しで息があがってきた。
滴る汗を胴着の肩で拭いながら息を調えて竹刀を握り直す。
「……降ろせ。」
「……え?」
タイミングを窺っていると、徐に竹刀を下ろした土方さんがそう言った。
状況が理解できず、ってーか多分理解したくなく、あたしは目を瞬く。
え、これクビ?解雇?
いやいやいや、確かに怪我人相手に1時間以上打ち込んで1本も取れなかったけどさ、相手は土方さんじゃん!安静が必要な時期に素早い動きであたしの背後に回った土方さんじゃん!
もう少し粘らせてください失業したくねぇ!!
体温上昇からきた汗が嫌な汗に変わって、心中で言い訳を考える。まだ、解雇されるわけにはいかない!恨みも恩も返せてないから!!
かと言って、回転スピードが常人並か下手したらそれ以下の頭ではそう簡単にナイスな言い訳が浮かぶ筈がない訳で、無情な土方さんの評価が始まった。
「速さ、重さ、洞察力、集中力は大したもんだ。2週間近くでよく体得したと思うがな………鷹居、お前は軸がぶれてんだ。」
「…軸?人間としての軸なら土方さん言われる筋合いはないですが。」
「誰が人間としての軸の話をした。つーか俺に言われたくねぇって何だ。ぶれてるって言いてぇのか。」
「まあ、結論に言えば。」
「叩き斬るぞコノヤロー!!!人間性じゃねぇよ。体幹の話だ。」
「たいかん?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、土方さんは呆れた様に溜め息を吐いて、続ける。
「胴体の事だ。胴体の軸つまりは重心。竹刀の空振りなんかでバランスが崩れるような重心じゃ、真剣使うなんざ話にならねぇ。」
「うへーい……で、あたしは何時から失業者になるんスか?」
手厳しい駄目出しに肩を竦めながら、あたしは意を決して問い掛けた。
一本取れなかったらクビ。
そう最初に約束させられた。
結局一本所が土方さん本体に掠りもしなかったんだから失業は免れまい。
畜生、こんな事になるならあの時逃げ出しておけば……それはそれで切腹かな。
兎も角、クビならクビでさっさと言ってほしい訳で、あたしは土方さんの言葉を待つ。
しかし、少し間を置いてから放たれた内容にあたしは愕然とした。
「本気でクビすると思ってんのか?」
「…………は?」
「大体、俺の一存で人事が動かせるわけねぇだろ。ありゃあ脅しだ。」
「……………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!」
しれっと言ってのけた土方さんの答えにあたしの絶叫が響く。
何?何なん?脅しって何?
え?これあれ?騙された的な?
はめられた的な?
混乱するあたしを余所に、あたしの絶叫に耳を塞いでいた土方さんは、不機嫌そうに眉間の皺を深くした。
「五月蝿ぇ。そうでもしないとテメェの実力測れねぇだろ。」
「うぅ…そっスけど……うあ〜……騙されたぁー…はめられたぁー……。」
「まあ、クビにはしねぇんだから安心しろ。で、だ。鷹居。」
「うぇい?」
「明日の朝稽古から竹刀で参加しろ。」
「!?」
その言葉に丸まった背筋が弾かれた様に伸び上がる。
入隊から今まで素振りの自主練以外は小刀の形で行うか不参加だったんで、正直これはかなりの進歩だ。あくまで私感だけだけども。
「対人の方が訓練になる。新隊士か山崎辺りと手合わせしろ。それから、」
「稽古!朝稽古!!久し振りの対人練習!!よっしゃあ!!!」
「……おい、鷹居。」
「帯刀は!?」
「……まだに決まってんだろ、馬鹿。」
話半分に勢い余って身を乗り出すと、すっごく嫌な顔で答えられた。
何時までも丸腰風(小刀は懐装備)で見回りじゃやっぱり格好悪いから、今のノリならOK貰えるかなって思ったのに……。
「何もそんなおっかない顔しなくても……あ、地顔か。」
「殺すぞ、テメェ。」
あたしのちょっとしたお茶目に盛大な舌打ちをした土方さんは、これまた盛大な溜息を吐いて用具倉庫に入っていった。
全く、冗談の通じない。
まあ、それは兎も角、クビにならなかったこととか朝稽古参加の許可とか対人練習が出来ることとかで有頂天のあたしは、竹刀を振り回して昂ぶる激情を発散させた。
気分は丁度修学旅行を明日に控えた中二の男子みたいな感じで零れるにやにやは止まらない。
そんなだらしない顔のあたしだったが、用具倉庫から物騒な物を担いできた土方さんに表情も心情も固まった。
「ひ、土方さん……それ……?」
「朝稽古は竹刀で参加、但し自主トレで素振りする時はこれを使え。」
ドンッと鈍い音が道場に響く。
そうして土方さん床に突き立てたのは、プロレスラーの太腿程ありそうな丸太で握りが削り出された只の鈍器だった。
え?なにこれ?
え?これで素振り?
疑問符を浮かべるあたしに、土方さんは淡々と、さも当たり前のように言う。
「言っただろ、鷹居。お前は軸がぶれてる。その矯正だ。こいつに振り回されねぇようになったら、帯刀許してやる。」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
有頂天が一気に地獄に落とされたような絶望にあたしは、すぐ目の前にあったゴールテープを持ったお姉さんに遥か彼方に高速で走り去られたマラソンランナーの気分を味わったのだった。
To be continued...