chap.19
「土方さん見てこれ。見てこの手。」
「汚ねぇもん見せんじゃねぇよ。飯が不味くなるだろ。」
「マヨネーズ掛けただけの白米なんて間違っても美味くはないでしょ。」
「んだとコラ。土方スペシャルに謝れコノヤロー!」
大木素振りを命じられて数日。
朝稽古の後の食事であたしは本日1発目のパワハラを頭にくらった。
chap.19
1カートンと半分
「いってー!!絶対謝んねぇ!!」
「しばき倒すぞ鷹居!!」
「どんだけマヨ丼誇ってんだよ!!じゃなくて見てくださいよこの手!血豆だらけですよ!もう包帯しないと何も持てないんですよ!」
マヨネーズ盛りご飯を執拗に擁護する土方さんに両掌を突き付けた。
しかし奴はこの痛々しい掌をちらりと見やってマヨネーズを駆け込む。
「それぐらい何だってんだ。」
「何を?!」
「あんなもん振ってりゃ、誰だってそうなんだよ。」
「そんな物を婦女子に振らせてるんスか?」
「お前、自分が一般的な婦女子に分類されると思ってんのか。」
「……自信ない。」
「だろうな。下らねぇ事言ってねぇでさっさと食え。仕事立て込んでんだぞ。」
「へーい。」
なんとも上手く纏められた感が否めないが、それ以上文句言うと物理的な報復が待っていそうなので、あたしは大人しく手の包帯を巻き直した。
フリーターやってた頃はこんなに素直じゃなかったよ、あたし。
気に入らなかったら反抗し続けていたもの。
店長にだって容赦しなかったもの。
平気で殴ったもの。
そう考えるとあたし、成長した。
丸くなった。
賢くなった。
いやほんとに。
しみじみと思いを馳せながら、包帯を巻き終えてめちゃめちゃ動かしにくい手で朝御飯をかっ込んだ。
そんな感じで朝食を終わらせたが、執務か残ってると仄めかされたあたしは、そのまま土方さんの部屋を訪れる。
別に呼ばれたわけではないのだが、あれだ、空気を読んだんだ。
案の定、あたしが何時も使わされてる机には既に検印セットと電卓が用意してあるではないか。
端から手伝わせる気だったな。
電卓があるって事は、この間の出入りの損害賠償の計算もあるんだろう、めんどくさっ。
そんな訳で、あたしの机にはこれでもかと書類の山が連なっていた。しかし、土方さんの机にはその倍は優に越えるだろう書類が連なっている。
昨日掃除に来たときは無かったことから察するに、土方さん、今日は寝てないな。
「午後の市中見回り迄には片付けるぞ。」
「へーい。」
朝食を食べただけなのに既に疲労困憊を滲ませ欠伸を噛み殺す土方さんに続いて部屋に上がり込む。
何時もなら文句の一つ二つ垂れ流すところだが、今日は空気を読んで、黙々と慣れた作業に就いた。
*****
執務はこれと言った滞りもなく進み、昼飯を挟みつつ、元あった山の7割方が片付いた頃の事。
物凄い速さで書類を捌く土方さんの手が、ふと止まった。
「…調査報告書でも見つかりましたか?」
「ああ。」
問いに返ってきたのは短く淡泊な肯定。そして土方さんは書類に集中し始めた。
ほぼ毎日、堆く積まれる書類は、9割方沖田さんはじめ真選組が壊した施設やら何やらの始末書や請求書だったり、市民様の細かい苦情不満だったりでまともな物が纏まって来た事は殆どない。無論、あたしが知る限りなのだが。
だけど、ごく稀に山崎さん達の調査報告書が混ざっている事がある。
基本的にそう言うのは土方さんに直接渡す事が多いんだけど、不在の時は机上提出を許されているんだとか。
しかし、机上はだいたい始末書で溢れかえっているので、必然的に混ざり込んでしまうらしい。
そうじゃなければこんな向こうが見えなくなる程高く詰まれたしょうもない書類を誰が一々御丁寧に確認するって言うんだ。
あ、でも土方さんA型だからやりそう。
「鷹居、」
そんな事を考えつつ、あたしはあたしに与えられた検印押しの仕事を進めていたのだが、不意に声が掛けられ動きを止める。
「何ですか?」
「最近気になってるニュースって何だ。」
「なにそれ面接?」
「質問に答えろ。」
顔を上げて返事をしたが、当の土方さんは依然書類に目を遣ったままで此方には視線を寄越さず威圧を掛けてくる。
面倒だな、とか思いながらも最近のニュースを思い出しているんだからあたしも大概良い子ってもんだ。
「そっスね……女性浪士増加問題とか?最近何か増税だの値上げだのって世知辛いらしくて、手っ取り早く政府にデモ起こせるとか何とかで増えてるんスよね。」
「…。で?」
「…で?って…。うーん…あ、女性の集団だと相手取るのに慣れてなくて対策が云々だってニュースではやってました。」
意図の掴めない誘導に頭を捻らせながら答えると、土方さんは顔を上げる。
睨むような厳しい視線を寄越してこう言った。
「女相手で何故対策に困るか、理由は何だ。」
「え〜……、えっと、女性相手だと暴力できない?」
「馬鹿かお前は。そんな単純じゃねぇよ。」
「うー………ん………………分かりません。」
罵倒されながらも思案を巡らせたがサッパリだったんで、素直に答える。
すると、心底面倒臭そうな顔で土方さんはため息を吐いた。
何だ畜生、失礼だぞ。
「相手が男なら男同士だ、多少なりとも考えが読める。だが、女は違う。正直、何を考えて何をしでかすか殆ど見当がつかねぇ。そう言うこった。」
「へぇー。」
「本当にお前分かってんのか?」
間延びした返事に土方さんはもう一度ため息を吐いた。
本当に失礼だな。信用してほしいよ。ちゃんと聞いてたし!理解してるし!多分!
でも何でそんな話が出たんだろうか?
いきなりどうしたって言うんだろうか?
憤慨しつつも小さい疑問符が浮かべたら、それが見えたのか土方さんはまた呆れた様に溜息を吐く。
「…分かってねぇみてぇだから言うがな…、最近話題の女浪士共の調査を山崎にさせてたんだがどうもうまくいってねぇんだ。理由はさっき言った通りだ。あれはそれなりに出来た監察だが所詮男、程度が知れてる。」
「山崎さんの悪口ですか?いけないんだー。」
「最後まで聞け馬鹿。で、こいつはその報告書な訳だが、とある女組織の本拠地だけは掴めたらしい。」
「へぇー。」
「潜入させたいのは山々だが、山崎の変装じゃ女の目は欺けそうにない。」
ちらりと一瞬、土方さんは此方に目線を寄越した。
暫く人の顔を見てから、深い溜息を吐き、小難しい顔を浮かべながら、ぶつぶつと何か呟いている。
よく分からないが、なんか物凄く失礼だ。
何だよ畜生、感じ悪いな。
ふーんだ、もう臍曲げてやる!
相変わらず何事か考えているらしい険しい顔の土方さんを睨み付けたが、気付いてもらえず、何とも遣り場のなくなったこのイライラを、あたしは残りの検印押しの仕事にひたすらぶつけることにしかできなかった。
そんな遣り場のないイライラがあった事をすっかり忘れたくらい経った頃。
執務中は厠にすら殆ど行かない土方さんが珍しく立ち上がった。
時計を見遣ったが、まだ見回りの時間まで大分ある。
煙草だってこの前4カートンだか買ってたからなくなったって事はない筈。昨日掃除した時まだ1カートンと半分はあったから明日の昼までは保つ筈。
不思議な事もあるもんだと、その視線を何となく土方さんへ向けたら、がっつり目が合った。
「どうかしたんスか、土方さん。」
「ああ。鷹居、面貸せ。」
「え?何?連れション?嫌ですよ!」
「んな訳あるか!!稽古だ、稽古!」
「ケイコ?TRFの?」
「それKEIKO!地味に古いなオイ!!つーか、それじゃねーよ!稽古!太刀筋見てやるってんだよ!」
「ああ、そっちッスか。字にしなきゃ解りませんよ。紛らわしいなぁ。」
「俺は逆に、この場でTRFのKEIKOが出てくるお前の思考回路の方が紛らわしいと思うけどな。」
そんな心底呆れた表情の土方さんの目に促され、あたしはだらだら立ち上がる。
「で、何でいきなり稽古なんてつけてくれるんスか?」
道場に向かう背中にこれまただらだら付いていきながら訊ねてみると、土方さんは僅かに振り返ってこう言った。
「実力テスト。若しくは採用試験ってやつだ。」
To be continued…