chap.20
道場に入ると、土方さんはこちらに竹刀を投げて寄越した。
危うく顔面に直撃しそうになりながらも受け止めて、投げた相手の顔を伺う。
「土方さん、採用試験って、あたしまだ採用してもらえてなかったんすか?内定だったんすか?」
「そうだっつったら、労働基準法違反だって言うんだろお前。だが、採用はしてっから安心しろ。今からやんのは任務の適性試験みてーなもんだ。」
chap.20
不服です。
「任務…!?行かせてもらえるんすか!!」
「本決まりは上と相談してからだがな。」
竹刀をもう一本引っ張り出している土方さんに思わず大声で確認した。
任務って任務って!!
漸くあたしもドンパチできるって事だよね!?
市中見回りとか書類さばきとか近所迷惑になる呼びかけ運動とかそういう税金泥棒丸出しの仕事じゃなくて出入り的なものに連れてってもらえるってことだよね!!
漸く胸張って公務員ですって言えるってことだよね!!!
そんな風に舞い上がるあたしとは裏腹に、土方さんの表情は相変わらず厳しかった。そして考えなしのあたしに対してこれまた厳しい言葉を浴びせる。
「つーことだ。手合わせすんぞ、鷹居。お前がどれだけ成長したか見せてみろ。俺の独断と偏見の基準に満たねぇようなら、この件は御庭番行きだ。」
「…は?え?」
「こねぇならこっちから行くぞ。」
「は?は?え、ちょ!!待っ……わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
理解し難い状況に狼狽えていると、低く呟いた土方さんに竹刀を打ち込まれた。
反射的に持っていた竹刀で受け止めたが、調っていない体勢には重く、びりっと右手に痺れが走る。
「ってぇ……」
「へぇ…やるな、鷹居。」
交わった竹刀の向こうで土方さんの口角が僅かつり上がった。
完全に馬鹿にされてる…!!
もしかしたら挑発かもしれないけど、あたしの脳味噌は直情型だ。かもしれないなんて憶測などを深く掘り下げられるわけがない。
「ち……っくしょうが!!」
早速血の昇ったあたしの頭は考える事より先に十字に交わった竹刀を薙ぎ払った。
しかし、やはり予想通りだったのか、土方さんは体勢を少しも崩さず、余裕すら持って竹刀を構えなおしている。それがまたあたしの神経を逆撫でした。
痺れの残る右手の竹刀に力を入れ直して思いっ切り振り上げる。
「はっ!!」
パシと乾いた音がした。しかし振り下ろしたそれは容易く受け止められて、再び鍔が迫り合った。瞬きも赦されない様な緊張が肌に走る。
踏み込んで体重を掛ける紅羽を竹刀越しに見遣った次の瞬間、土方は無遠慮に竹刀を薙いだ。
「っぐ…!?」
力一杯を弾かれて、踏み込んだ右足が僅かに浮く。刹那に出来た隙を見逃すまいと土方の竹刀が再び紅羽へ真っ直ぐ走る。避けきれない、そう思った。だが、直ぐに思考と身体が裏腹である事に紅羽は気が付く。
確かに足は浮いていた。しかし、身体は振れていない。体勢は大きく崩れていないのだ。そう気が付いたのはその後で、攻撃に慣れた身体は考えより先に浮いた足を床に叩きつけ、向かってくる竹刀の先端を弾き上げる。
「!」
「やっ…た…!」
瞬間土方の眉間に力が入った。想定外か想定内か、真意は分からない。しかし弾かれた衝撃で土方の重心は僅かにだが確かに揺れた。素早く後方へ足を踏み出すことで体勢こそ保っていたが、そこへ紅羽が追撃を繰り出す。
「せぇぇい!!」
「っ!………はっ!」
受け止めてられて力一杯弾き返される。手元に反動を受けはするものの、身体はぶれなかった。転ぶどころか体勢の立て直しすらできる程で、踏み止まれる。追撃を慌てて避ける必要もない。竹刀を防いで弾き返せば、反撃に転じる事は容易であった。そして踏み込んで、また振り下ろせる。
そうして暫く、両者は打っては防がれ、防いでは弾かれ、弾いては打つを繰り返した。
攻防は次第に苛烈を極める。
「…っ…!」
体力を削がれているせいか、紅羽は土方の攻撃の重さが徐々に増しているように感じていた。受けて弾く事は出来たし、反撃の体勢も調ってはいるが、切り返すだけの余裕がない。
このまま続けていても勝敗は火を見るより明らかだ。毛頭、勝てるとは思っていなかったが、一太刀だけでも浴びせてやろうと言う魂胆はあったのだから、現状を打破しなければ。そうは思うが、打開策を考える程の精神的余裕がない。歯痒さを覚える紅羽の竹刀にまた痛烈な一撃が下ろされ、一際高く竹刀が鳴く。
「…く……っ!」
身体全体にのし掛かる重さに思わず膝が折れそうになった。その一撃は、受けた瞬間に弾き返せないと分かる程、強く、重い。ぎっ、と奥歯を食い縛り、弾かれぬ様に抗うのが精々だった。
「…終いか、鷹居。」
「…まだ……ま……だぁ!!」
「!」
煽られて、火が点いたらしい。紅羽自身無意識で行動していた。
交点を流すように竹刀を傾け、力の拮抗を解くと、バランスを奪われた土方は僅かに前傾する。その刹那に生まれた隙を狙って、紅羽は竹刀を振り切った。
「らあぁ!!」
「…っ!!」
これはもう歴戦の嗅覚なのだろう。土方さんは反射的に身体を翻し、あたしの渾身の一振りは掠る程度で終わってしまった。振り切った先であたしは地団駄を踏む。
「あーっ!くっそ!!あとちょっとだったぁ!!!」
「………いや、上等だ。」
「はぁー?」
馬鹿にされた気分になって振り返ると、土方さんは竹刀を下ろして煙草に火を点けていた。
「………テスト、終わりっすか?」
「おう。」
「えー……。」
何とも手応えのない終わりに不満が垂れる。
いや、まあ、土方さんを倒すのが目的じゃないんだけどさ、やっぱりこの前より成長したってのを見せつけたいじゃん。あんな鈍器で毎日素振りして、手、血豆だらけになってたんだよ?朝稽古も山崎さんのミントンと対等くらいになってたよ?作者が忘れてて描写されてないけども。山崎さんのミントンがどの程度のレベルか全然分かんないけども。
そうやって不貞腐れて唇を尖らせるあたしとは反対に、土方さんはどこか満足そうだった。深呼吸でもするように煙草を吸い込んで、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「この件はお前を推して話を進める。まあ、正式な決定は近藤さんに相談してからだがな。」
「…!」
続いて紡がれた意外な言葉にあたしは思わず振り返った。そりゃあもう間抜けな面だっただろう。何度も瞬きをして土方さんを見遣ったが、別段いつもと変わりない不機嫌な表情をしていた。
「……は?……え?」
「詳細は決定したら伝える。調子に乗って鍛練怠るんじゃねぇぞ。」
「………ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょちょちょ!!」
用は済んだと言わんばかりに踵を返して去ろうとする土方さんの腕をひっ掴む。進行を妨げられた土方さんは舌打ちの後にあたしに振り返り眉間に皺を刻んで見下ろしてきたが、そんな事で怯む訳にはいかない。
「案件、あたしを推すって…マジすか…?」
「聞こえてなかったのか、てめぇ。それとも、同じ事を何回も言わせるつもりか。」
「え…何、で……?あたし、勝てなかったのに…」
理由を問うと、土方さんは面倒臭そうに溜め息を吐いて、あたしが掴んでいない方の手で頭を掻いた。
「俺の独断と偏見の基準を満たした、それじゃあ不服か?」
「不服です。」
真っ直ぐきっぱり答えると、土方さんはまた舌を打つ。どんだけ面倒臭いんだ、この人。だからと言って引き下がるほどあたしの往生際は良くないんだけど。逃げられないように土方さんの腕をがっちりホールドして理由を待つ。
「鷹居、てめぇ、今の打ち合いで気付かなかったか?」
「何に?」
「てめぇ自身の変化に。」
「?」
「……どこまで馬鹿なんだ、お前…。」
「何を!!」
深い溜め息と共に頭を抱えられ思わず食ってかかった。それでもそんなのお構いなしの土方さんはやれやれと言う風に言葉を続ける。
「重心が安定した。無駄のねぇ動きが出来たと思わなかったか?」
「……言われてみれば……そんな気がしないでもないでもない。」
「殴るぞ。」
「すんません。変わった気がしました。」
「そう言うことだ。元の身体能力が高ぇから、重心さえ安定すりゃあ特に問題もあるめぇ。そう言う基準でお前はそれを満たした。納得したか?」
面倒臭そうではあったが、そう答えた土方さんにあたしは頷いた。それでもまだ俄に残る信じられない気持ちが嬉しさと混ざって何とも言えない気分が押し寄せて、頷く以外に反応が出来ない。そんな訳だからがっちりホールドから力が抜けていて、土方さんは呆れた様に1つ溜め息を吐いてあたしの腕を振り解いた。
「再三言うが、調子ん乗って鍛錬怠る様な事してたら、承知しねーぞ。」
そう言い残して踵を返した土方さんの背中をあたしは見送る。
道場に1人取り残されて、じわじわと、任務に従事を許された実感が湧いてきた。勝負には勝てなかったが、土方さんに認められた事が妙に嬉しくて口元が緩む。何でかはあたし自身良く分からないが。
そんな訳で足取り軽く竹刀を倉庫に片付けて道場の清掃をしていた時、ふと土方さんが最初に言っていた事を思い出した。
『俺の独断と偏見の基準に満たねぇようなら、この件は御庭番行きだ。』
あたしが行けなくたって、真選組には腕の立つ隊士は沢山いる。今までは内部で仕事を回してきた筈だ。
「……何で御庭番が代わりになるんだ…?」
呟いた疑問に答えなど返ってくるわけもなく、道場は静寂で、考えることがなんだかアホらしく感じる。
どうせこの間の様な脅しだろう。勘繰るのをやめたあたしはそう自己完結して道場掃除を再開した。
To be continued…