chap.21
「中々様になってきたじゃねぇか、鷹居。」
「あ、土方さん。お疲れーっす。」
道場で1人、素振りの練習をしていると、煙草を蒸かす土方さんに声を掛けられ、袖で汗を拭う。
「片付けは後で良いから着替えて至急局長室に向かえ。」
「え、クビっすか?」
「阿呆。任務の話だ。急げ。」
それだけ言ってさっさと踵を返して去って行った土方さん。
残ったあたしは残された言葉に首を捻る。
「任務…?……あ。あれか。…やっべ!!」
何の事だかうっかり忘れていた内容を思い出し、慌てて道場を飛び出すのにはしばらく時間が掛ってしまった。
chap.21
歌舞伎役者?
「すんませーん!遅くなりましたー!」
大急ぎで着替えを済ませて大慌てで局長室に向かったのだが、戸を開けた先の土方さんは大変ご機嫌斜めでいらっしゃるじゃないか。奥に座ってる近藤さんはいつものように笑顔で迎えてくれているというのに。
「至急つっただろ、コノヤロー。しょっ引かれてぇのか。」
「クビにされないなら甘んじて。」
「上等だコラ。」
「こらこら、二人とも。」
あたしと土方さんの売り言葉に買い言葉なんてもう挨拶みたいなもんだけど、苦笑しながら仲裁する近藤さんに土方さんは刀から手を放した。
本当にしょっ引くつもりだったのか…そんなとこまで律義じゃなくても良いのに全く。
そんな土方さんに警戒しながら局長室に入り、踵を合わせて敬礼をした。
「鷹居紅羽、只今参りました。御用件は。」
いつもだったらこんな事はしないんだけど、任務の話となれば話は別。あたしだってその区別くらいはできる。近藤さんも分かっているのか茶化すことなく右手を軽くあげて姿勢の解除を促した。
「トシから話は聞いてると思うけど、紅羽ちゃんに任せたい任務があるんだ。嫌がりそうなんだけども…。」
決まりが悪そうな口調の近藤さん。
真選組に再就職が決まって初めての現場の任務なのだから、嫌なはずはないと思うんだけど…何故だろう、一気に嫌な予感が…。
「嫌がりそうって…どんな任務なんすか…?」
恐る恐る聞いてみると、近藤さんは歯切れ悪く唸った後、躊躇いがちに口を開いた。
「……吉原に潜入捜査、をしてもらいたいんだ……その…変装して。」
「なんだ、そんな事か。」
近藤さんの様子からどんな任務かと思えば、吉原に潜入捜査なんて、どうやら嫌な予感は外れたらしい。
土方さんが前に言っていた話と合算すれば、大方、吉原の遊女連中と女性テロ集団が繋がりがあるから客の振りして遊女から話を聞き出そうって寸法だろう。真選組の面子の顔は大半割れているだろうから新入りのあたしが適任、そう言う判断ってところかな。
あたしの反応に近藤さんはホッと緊張感を解いて、安心したように笑みを零した。
「いやー良かった、良かった。絶対嫌がると思ってたよ。」
「変装くらいで臍曲げる程ガキじゃないッスよ。」
「そうかそうか!大人になったね、紅羽ちゃん!」
「まあ、色々ありましたからねー。」
大らかに笑う近藤さんに冗談めかしてそう返す。そうだったね、と思い出してるのかいないのか、相変わらず笑いながら答えた近藤さんの隣で土方さんは何故か顔を顰めていた。
「土方さん、顔が何時もの3倍くらい怖いんですが、どうかしましたか?」
「……お前、ちゃんと分かってるか?」
「…?何がッスか?」
茶化して問うも、返答は思いも寄らなくて、あたしは首を傾げる。同じ様に近藤さんも疑問符を浮かべていた。
分かってるかって、何がだろう?何か間違ってる時にこうやって聞かれるが、見当が付かない。
素直に返したあたしの回答に土方さんは更に顔を渋く歪めて溜め息を吐いた。
「常連客として潜入させるなら鷹居を選んだりはしねぇ。第一、客層での潜入は既に山崎にやらせてある。だが尻尾が掴めなかった。」
全てを答えてくれない土方さんに、再び嫌な予感が過ぎる。
いや、まさか。
そんな事は有り得ない。
有り得ない、有り得ない。
有ってはならない。
需要がない。
理解しようにも、考えることを受け付けない。考えてしまえば、5秒も掛からず答えが出るからだ。答えが受け入れ難いが為に口に出来ない。
暫く黙りを決め込んだあたしを見兼ねてか、土方さんは再び深い溜め息を吐いて問い掛けてきた。
「鷹居が駄目なら御庭番って話はしたな?」
「は、い……」
「つまり真選組では鷹居にしか出来ない、適合者がお前だけっつー事だ。流石に分かっただろ。」
「分かりたくない、です。」
「…ほら、だから言ったじゃねぇか、近藤さん。ちゃんと言わねぇとこいつには伝わらねぇぞって。」
誘導尋問にも似た言葉に首を横に振ったあたしを見て、土方さんは近藤さんを咎める。近藤さんは困った様に眉根を寄せて再びあたしと目を合わせた。
「紅羽ちゃん、今回は、」
「やだやだやだやだやだやだやだやだ…!!!その先は聞きたくない!!」
嫌な予感どころではない、これは駄目な展開だ、間違いない!
両手で耳をふさい首を振るあたしの後頭部に、土方さんの平手が飛んできた。
「ぎゃあ!!」
「思い上がるな、鷹居。てめぇに一端の遊女は無理だ。」
「…?じゃあ…?」
盛大な攻撃にバランスを崩してつんのめったあたしは土方さんの声に頭を擦りながら顔を上げる。
「番頭新造だ。」
「バントウシンゾウ?誰すか?歌舞伎役者?」
「んな訳あるか。」
「痛って!!蹴る事ないじゃないっすか!!」
聞きなれない言葉に疑問で返すと持ちあげた頭を蹴落とされた。
くっそ!足技って痛いんだぞ!!蹴ってる本人はそんなつもりなくても結構攻撃力高いんだぞ!!!頭じゃなくて首筋に来るんだぞ!!痛みがなかなか取れないんだぞ!!
そんな大ダメージを食らった首筋を擦りつつ、二度は受けまいとあたしは立ちあがって土方さんを睨んだ。
「器量が悪くて売りに出せない女郎だ。客は取らないが、花魁付きだから情報収集には丁度良い。」
「へぇ…何気に失礼ですね。」
「お前は自分にこれ以外をできる能力があると思ってんのか?」
「いえ。番頭新造とやらが良いです。それで引き受けます。」
頭の程度の心配を孕んだ土方さんの言い回しが若干癪に障ったけども、自慢じゃないがあたしは器量も気立ても悪いのは自覚している。それに吉原潜入で男女のいざこざに巻き込まれなさそうな役割を選んでくれたって事も理解できた。間違ってもあたしじゃお客は取れないだろうけど、世の中に物好きがいたら面倒だろうしね。
頷いたあたしに近藤さんは再びホッと肩の力を抜いた。
「助かった。監察方でも他の連中じゃ楼閣自体に潜入するのは難しいからな。」
「お力になれるように頑張りますよ。」
正直遊郭なんてのは嫌だけども、あたしにしかできないってならしょうがない。器量の悪い女は別に演じなくてもなれるし。任されたなら全うしたい。そんなあたしの決意はいざ知らず、じゃあ早速支度と日程についてだけど、なんて業務的な内容に入った近藤さんの話を聞きながら、ふと疑問が浮かんだ。
「…で、実態が掴めたら引き上げてくれば良いから。」
「分かりました。ところで近藤さん。」
「どうした?」
「番頭新造って花魁に…姉貴分に付くんですよね?」
「そうだね。」
「潜入時にだけ取り持ってくれる姉貴分なんかいるんすか?」
「……」
ぴたりと近藤さんが押し黙る。視線をずらせば隣の土方さんもバツが悪そうに顔を歪めているじゃないか。
……何だろう、ひどく嫌な予感がする。
暫く沈黙が続いたが、諦めた様に土方さんが大きく溜息を吐いた。
「もともと今回の話は潜入先の当主からお抱えの遊女の動向がおかしいっつー通報があって調べるに至った話だ。あちらさんからの協力は仰げる。」
「…それで?」
「…………太夫クラスを…仕立た。」
「仕立てたぁ!!?」
「だ、大丈夫だ紅羽ちゃん!君も良く知っている人だから!」
警察がそんなことしていいのかと疑いたくなる様な返答も不安だが、それ以上に近藤さんの台詞に余計に不安を煽がれる。
あたしの良く知っている人って!それってまさか!!
「………これだ。」
書類の間から写真が1枚差し出された。
流し目の綺麗な色白の迫力美人が妖しい笑みを浮かべて写っている。
美人だ。太夫クラスに仕立てるには申し分ないくらい美人だ。
美人なんだ。
だけど何故だろう…。
「…………この、人……」
「名は烏羽玉。当日の段取りはもう伝えてある。」
「うばたま……」
物凄く、とてつもなく、嫌な予感が拭えないまま、あたしは妖艶な美人が写る写真を見詰める事しか出来なかった。
To be continued...