chap.22
「はー…すーげぇー……」
聳え立つ楼閣らの絢爛豪華と言ったらもうそれは歌舞伎町の比ではなくて、否、比べては申し訳ないほどにも見える。
朱色の格子の向こうでは下級の女郎が道行く男に声を掛けては微笑んで。武士に浪人、成金、商人、天人も地球人も行き交う人に偏りはない。
上品と下品が入り混じった町中は何だか不思議な雰囲気だった。
chap.22
1枚で重ね着風Tシャツ
「お、此処だ。」
街一番の楼閣に続く大通りの並びの一軒、漆色の建物を見上げた。格としては中級かな、割と上品な空気がある気がしないでもない。
まあ、詳しい事は分からないんだけども。
ともあれ、時刻も丁度約束の5分前くらいな訳で、あたしは正面脇の細い路地から勝手口へと向かった。
「えっと……御免下さぁい…」
入って割とすぐの所に勝手口、っつーか従業員口があって、遠慮がちに扉を引く。
目立たぬようにと敢えて営業時間中の来訪なのだが、開いた先には誰も居なかった。
表の方で人の気配はするのだが、些か繁忙の時間だったかな…誰も出てきてくれない。かと言って一度開けた戸を閉めて外で待つのもおかしな話で。
入るにも出るにもままならない現状に困り果てていれば、すり、すり、と着物の擦れる音が耳を掠めた。
誰か来てくれたのかと音源へと目を向けると、濡羽色の生地に白銀黄金で牡丹と蝶を描いた豪奢な着物を身に纏う、すらりと背の伸びた人がゆっくりと此方へ近付いてきているじゃないか。
「うわ…本物だ……!」
写真で見たあの人だ。うばたま?だっけ?
思わず感嘆が漏れ出るほどの出で立ちに釘付けられていれば、その人はゆっくりとあたしの目の前まで歩いてきた。
見上げれば………土間からだから大分見上げなければ、頭頂が天井に付きそうな顔は見えな…………いやいや、でかくね?
遊女だろ?女だろ?
あたしも他人のことは言えないけども、それでもでかくないですか?
なんて、思うところが色々あって暫く無言で見上げていると、その人は何処か見覚えのある薄い笑みを浮かべた。
その表情にはっと気を取り戻して、目の前の長身に問い掛ける。
「あっ、あの、烏羽玉さんですか…!?」
長身は微笑み、そのままにゆっくり頷いてあたしに手を差し伸べてくれた。
歓迎してくれているのだろうか。なにはともあれ本人に間違いないらしい。
差し出された手は握手だと思い、自身のそれを添えたのだが、意外や意外。ひょいっと土間から持ち上げられて、隣に立たされてしまった。
「!!?」
驚いてつい烏羽玉さんを見上げるも、相変わらず微笑んでいるだけで何も言わない。
少し違和感を覚えて、握った手を放そうとした。
「え?!あっ!」
しかし、信じられない力で握られていて放せない所か烏羽玉さんはそのままあたしの手を引いて楼閣の中へと足を早める。
えっなにっ?!!
何なの!!?良く分からない!!!!
混乱している内にあれよあれよと進んでいき、着いた先は楼閣の最上階。エレベーターを降りれば目の前には金箔の豪勢な襖。どうやらワンフロア丸々部屋らしい。なんて贅沢な。
襖の取っ手の上には暗証番号を入力する装置があって、烏羽玉さんが慣れた手付きで解錠すると、金箔の襖が勢い良く左右に滑った。
「わっ」
すぱん、とあまりにも良い音を出すもんだからついビビって声が上がる。いはやは文明ってすごいな、襖が自動だってよ。
相変わらず手を離してくれない烏羽玉さんに引っ張られて入室すればそこは、まるで城の謁見場のように上座と下座に分かれた暗く広い部屋。上座には御簾が下がっていてその奥に黒漆塗りの格子がある。
対して下座は何てことないただの畳。
その異様な雰囲気につい引け腰になってしまったが、もう遅かった。あたしは完全に部屋に引き入れられていて、直後、背中で襖が勢い良く閉まるとがちゃりと無情にも施錠の音。
「!!?」
暗い部屋でこの薄笑いの美女と2人、自然と背筋が粟立つ。
拙い、逃げなくては、そう思った瞬間だった。
「……ふぅ、ここなら大丈夫ですね、あー、疲れた…。」
烏羽玉さんが口を開いた。
笑顔を消して大きく息を吐くと首に手を添えてごきごき鳴らしている。なんか草臥れた中間管理職みたいだな……つーかそれ以前に何この違和感。
仕草は勿論だが疲労を零すその声が明らかに女のそれではない。しかもこれはあれだ、耳に久しいが覚えのある声だ。
「…………えっと?」
「あ、そうだ。電気を点けてください紅羽。暗くて適いません。そこ、その上座の傍の柱にスイッチがありますから。」
「あ、はい。」
さも当たり前のようにあたしを顎で使う声に、混乱しつつもつい条件反射的に電気を点けに走る。が、柱の手前で我に返った。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「どうしました?早く電気点けてください。」
振り向いて声を荒げたが、何食わぬ顔でしれっと電気を要求するその人。
これはもう間違いあるまい。だいたい名乗ってもいないのに何であたしの名前知ってんだよ!!「烏羽玉さん」とは面識がないから名前は知っててもあたしが紅羽だって分かる訳ないじゃん!!!
取り敢えず電気を点けて、「烏羽玉さん」を演じたその人に掴み掛かった。
「……何やってるんスか…あ」
「穏やかではありませんね。取り敢えず、座りなさい!」
「!!」
あたしが言い終わる前に、その人は、すっ、と眼を細めたかと思うと流れるような手付きでもってあたしの足を払う。
当然バランスを崩してどちゃりと無様に畳に打ち付けられた。
「…いってぇ…何すんスか兄者ァ!!」
「はい正解。さっさと座りなさい、事情を説明します。」
涼しい顔を睨み上げても、しれっと答える「烏羽玉さん」。その本人の言葉の通り、「烏羽玉さん」は間違いなくあたしの愚兄であった。
*****
話に因ると、真選組は元より、警視庁内にも適任たる「太夫役」が居なかったため、兄者が引き受けたとか何とか。
何枚も重ねる着物であるが故、ちょっと背格好が厳つくても誤魔化せるし(袖と衿の内側を見せて貰ったら1枚で重ね着風Tシャツみたいな作りだった)、鬘なんて便利な物もあるから喋りさえ、立ち上がりさえしなければバレやしないそうだ。しかも「結構良いんですよ、手当てが。」との事。相変わらず我が兄は我が兄で何か悲しくなった。
まあ、実際本物の女性警官にやらせて何かあったら大変だから無難だとは思うけども、この複雑な気持ちは拭えないわけで。
「そういう訳ですか…。」
「そういう訳です。あと烏羽玉は地方楼閣で傾国を謳われてヘッドハンティングされ此処に来たって言う設定です。その後直ぐに太夫は流石に不自然なんで、松平様とか山崎君とか銀時とか適当な知り合いに客役をしてもらって上り詰めた感じです。」
「へぇー……兄者暇ッスね。」
「昼間は庁舎で仕事してますよ、失礼ですね…。それで貴女は地方楼閣で私が可愛がっていた禿で太夫になったから呼び寄せたって設定です。」
「へぇー……あれ?あたし番頭新造って聞いてきたんだけど。」
禿って確か太夫クラスの妹分で、後に振袖新造、太夫になるエリートコースで………ん?
それって詰まり…要するに…
「当初は、そのつもりでしたが現場判断をしました。まあ、察したみたいですが、貴女にもその内客は取ってもらいますよ。その方が都合が良いので。」
「なぬぅっ!!?」
躊躇いもなく放たれた兄者の言葉は予想していたが受け入れ難い。しかし、有無を言わせない眼差しにそれ以上は何も言えなかった。てか、その現場の判断の基準は何だよ!!大丈夫なのかその基準は!!!器量も気前も気立て並以下のあたしにそんなんできると思ってんのか!!?正気なのか?!!
そんな風に色々文句はあれど、相手が相手なもんで、逆らえない訳で、付け焼き刃ですがきっちり教育してあげましょう、と「烏羽玉さん」は意気込んでいるんだから頭が痛い。
取り敢えず、糠喜びならぬ糠安心させた土方さんに次会ったら一発殴ってやろうと心に誓った。
To be continued...