chap.23

あたしの知ってる付け焼き刃とはまるで違う「付け焼き刃の教育」を受けながら2週間が過ぎようとしていた。
未来のエリート、振袖新造(と言う設定)とは言っても、主な仕事は声が出せず長く歩けない(設定の)烏羽玉太夫を付きっきりで御世話する事なのだが、そのせいで遊女の間でも「烏羽玉姉さま」なんて呼ばれる程大人気かつみんなの憧れになっていた「烏羽玉」に可愛がられている(と言う設定)だけで、あたしは日々嫌がらせを受けている。


chap.23
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「うっわ。」

割り当てられた部屋はまあ、今日も大惨事で、1枚残らず障子が破かれ罵詈雑言の書かれた紙が貼ってあった。
まあ日常茶飯事なんだけども、毎回毎回あちら側も頑張るなぁと感心すら覚える。

太夫ともなれば、寝る客は選べると言うシステムの為、毎夜、客とはあたし越しに言葉を交わすだけの烏羽玉姉さんこと兄者のせいで(まあ、寝たら寝たで困るんだけど。)、朝まであたしは部屋に帰れない。それを良い事に烏羽玉姉さま親衛隊なる謎の集団に毎日こんな事をされている訳で。
障子紙の貼り替えは地味に大変で、本来の目的である潜伏する攘夷浪士の情報収集に中々手が回らない。

「……もしや、これって相手の策略?」

もうバレてるとかなら洒落にならない所か、相手がコミュニケーション百戦錬磨の遊女である以上、感付かれたら一溜まりもないだろう。
困ったなー、なんて思いながら障子の貼り替えの為、罵詈雑言の紙を剥がしている時だった。

「あら、小烏だわ。」

「本当だわ。」

「何しているの?」

「あ…市雀姉さん、丹雀姉さん、深雀姉さん。御早よう御座います。」

絵に描いた苛めっ子みたいな三人組にわざとらしい声を掛けられる。ああ、今日もお出でなすった。相変わらず暇なんだな、この人たち。
ちなみに小烏は此処におけるあたしの源氏名だ。到着してすぐ兄者に付けられた名前である。

「あらなぁに?この障子。」

「嫌だわ、悪口よ。」

「誰がこんな事。」

「まあ、見てくださいな、市雀姉さん。“烏羽玉さまの蚤虫”ですって!」

「まあ、嫌だわ!」

「そんな本当の事!」

そう言って楽しそうに笑う三人組に愛想笑いを返す。誰がこんな事ってまあお前等だろって話だし、証拠だって疾うに掴んでるんだけど、知らない振りして笑ってなさい、と兄者に言われたので、今に見てろ醜女共なんて言うのは内に秘めておく。ケラケラ笑う姉さん達に反論もせずにいた訳だが、どうやらそれが御気に召さなかったようでリーダー格の市雀姉さんがぎろりと此方を睨んだ。

「貴女も貴女だわ。烏羽玉姉さまの禿だったか何だか知らないけれど、いきなり姉さまの妹女郎だなんて。調子に乗っているんじゃないの?」

「そうよ。」

「辛ければさっさと田舎に御帰んなさいな。」

続いて丹雀姉さん、深雀姉さんと続くわけで、本当に絵に描いたような苛め役だなと思いつつもこの人達が何でこんなに強気で苛めてくるのかふと疑問が浮かぶ。楼閣最大の権力を持つ看板太夫の可愛い妹女郎(と言う設定)のあたしを何でこんなに堂々と苛められんだろう?何かちょっと焦臭いぞ。
もしかしたら何か情報が手に入るかもしれないな…鎌掛けてみるか。

「折角の御助言ですが姉さん方、親代わりであり敬愛する烏羽玉姉さんに呼ばれた以上、勝手に帰る訳には参りませんので、どうか御容赦くださりませ。」

「なっ!!なんて生意気な!!」

「白鷺姉さんだって黙っちゃいないわ!!」

「言い付けてやる!!今に見てらっしゃい!」

控えめに頭を下げると案の定の反応を寄越した囂し雀三人組は怒りを露わに走り去っていった。様ァ見やがれと胸中で嘲笑ってちょっと気分がいい。
……しかし、白鷺姉さんって言ってたな…確か足が悪くて長く歩けない(設定の)烏羽玉の代わりに花魁道中する人だっけな…。客や指名は白鷺の方が多いとかなんとか…。
それなりに格がありそうだし、何となく因縁渦巻く気配もある。烏羽玉姉さま親衛隊以外の女郎達に色々噂が出回っていそうな感じだから調べる価値はありそう。

「調べてみようか。」

障子の貼り直しを手早く済ませてあたしは大部屋に向かった。

*****


「いらっしゃいまし、黒刃様。」

「今晩は、小烏。烏羽玉は元気ですか?」

「はい。姉さんも黒刃様の御登楼、毎度楽しみにしとりやんす。」

色々聞いて回ってあっと言う間に宵闇。客が入り始める中、あたしは入口まで客を迎えに来ている。今夜の客は烏羽玉最大手の警察庁長官秘書の鷹居黒刃。
内情を知っている人が見たら滑稽だろう。兄者が兄者を買うのだ。どんなナルシストだよって感じだが、これがまた上手い事仕組まれているんだから、流石というか。

週に何度かやってくる長官秘書は毎度朝までガッツリコースの熱狂的な烏羽玉の旦那と言う設定だ。夕方仕事終わりに登楼し、最上階で烏羽玉に変わり、翌日早朝、あたしに秘書衣装を着せて降楼を演じさせる。あたしは店を出たらすぐ非常階段で烏羽玉の元に戻る。
幕府官僚なんて質の高い客を定期的にとるんだから烏羽玉の太夫格は安泰と言うものだ。まあ、何時もは最上階の非常階段で出入りして庁舎と行き来してるんだが、仕事が長引いた時に使う常套手段でもある。午前休の時は降楼も自分でやってて、そん時はあたしが烏羽玉の替え玉になって見送る。
あたしが来る前はあの部屋の出入りは店主だけで、出入りだけしか協力してもらえなくて大変だったらしい。まあ良くできたシステムだが如何せんめんどくさい。今日で何度目かだがめんどくさいものはめんどくさい。

そんな訳で、最上階に秘書様を御案内して部屋に上げ、何時もの様に施錠する。

「あー、めんどくさ。」

「御苦労ですね、小烏。」

「その名で呼ばないでください兄者。」

面白がって源氏名を呼ぶ兄者を睨みつけだが、相変わらず腹の読めない顔で微笑まれて口を噤んだ。

「……所で紅羽、目的の方は何か掴めましたか?」

「んー?……えー………あ、あれか。まぁ、今日の所は噂に止まってますが、明日には裏取れそうなんでそれなりに。」

今まではそんな事聞いてこなかったのに、唐突に問われて一瞬考えた。例の件の情報収集の事か。それなら今日中々収穫があったので、ちょっと得意気に答えると、兄者は少し驚いた様にしてから悪い笑顔で頷いた。

「そうですか、それは良かった。ではそろそろ呼んでも良いですね。」

「誰を?」

「さぁ?」

「………。」

悪い笑顔をそのままにいそいそと烏羽玉になるべく化粧を始めた兄者に嫌な予感が止まらない。

*****

秘書様登楼の晩。

実質客がいない烏羽玉の元にいても仕方ないし、許可が出たので、潜入前山崎さんに仕込まれた地味術(隠密)で梁に忍び込み件の「白鷺」の部屋を偵察に行く事にした。
と言うのも昼間の情報収集で番頭のまとめ役が「白鷺姉さん、最近何人も偉いさんを入れるけど、何か雰囲気が妙なんだよねぇ」なんて事を顔を顰めて言っていたのがどうも気になるからであって。あの人、妙に説得力と言うか何かがあるからなぁ…まぁ、調べる価値はあるだろう。

そんな訳で梁の上を移動しているのだが、白鷺の部屋に近付くに連れて香の匂いがきつくなって真上で最高潮を迎えた。甘ったるいような匂いに頭がくらくらする。噎せ返しそうな気管支を諫めて天井板の隙間を覗けば、噂に違わぬ盛況ぶり……ん?見たことのある衣装着てるな……ってちょっと待て、一度に何人客入れてんだ、すげぇな!!!
人数は10人って所だけど、あの服は…益々怪しいな……なんて考えてたらあれよあれよと…。

え、何これ。何これ何これ!!?
もう酒池肉林の大騒ぎと言うか、それこそ閨房術を極めに極めたそう言う忍でなければけろっと見過ごせない様な状況になってますけど!!?

嘘だろ?嘘だろ!!?此処全年齢向けサイトですよね!!?
待って!待って待って待って!!

「それで、彼方の件は如何ざんしょ?」
「恙無い。どちらも万端さ。」
「あとは君の号令があれば、」
「君が望むのなら反旗だって怖くない。」
「ふふ……嬉しゅうござんす。」


「!!」

梁の上で1人で慌ていたのだが、そんな言葉を耳にしてそれ所じゃなくなった。

いやはや、女の噂話と言うのは恐ろしいものだ、どうやら本当に白鷺が件の黒幕らしい。侮り難し女の噂話。

梁の穴から様子を窺おうとしたが画面越しにも見た事がない現場をライブでなんてとても無理で、隙間に小型カメラのレンズを押し当て、録音装置のスイッチを入れ、聞き耳を立てて情報を盗むことにした。
しかし、こう、音とか声とか生々しくて、これでは山崎さんてか男所帯の真選組連中の手に負えないのは頷けるけども、あたしだってそんな免疫ないから正直かなりきつい訳で。

「……うー…」

それでも此処で逃げては副長補佐、鷹居紅羽の名が廃る!と言うことで、一部始終を聞く羽目になったのだった。



To be continued...

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