chap.24
「御帰りなさい。おや、顔色が悪いですね。」
「……気持ち悪かった…」
白鷺の部屋に偵察に行った後、部屋に戻ったあたしはぐったりとしていた。
あんなもの、好き好んで見るもんじゃない…てか何なの…一回で何人相手にしてるの…女郎こわい……。
これはもうトラウマだ。立派なトラウマだ。仕事とは言えなんてトラウマを植え付けてくれたんだ本当に!!
もうこれは土方さんに直談判してでもそれなりの対応をしてもらわなければ!!ちゃんと成果も上げたんだから!!
……あれ?……でもこれってどうやって報告するんだろう…?
chap.24
忍者なん!?忍者だったん!!?
「今晩になりました。」
そう易々と不在にする訳にはいかないこの状況でどうやって調査報告をしようかと考えながら数日後。昨晩、何時もの様に常連客として登楼して今日は終日烏羽玉をしている兄者に昼過ぎに呼ばれて訪れると、唐突にそう言われた。
「……何が?」
いきなり結果だけ告げられたって、此方人等、今の今まで報告内容を頭で纏めていたんだから、何のこっちゃ分からない。詳しい説明を求めて顔を顰めたが、兄者は何故か御機嫌で溜め息すら吐かずに答えてくれた。
「貴女が今、一番会いたい方がいらっしゃるのですよ。」
「会いたい方ぁ?」
不気味な兄者に更に顔が歪む。
何これ。
何でこの人こんな御機嫌なの?
気持ち悪いなぁ。
ちなみに、あたしが今一番会いたいのはかまっ娘倶楽部のママなんだけど。ママにこの前のトラウマの愚痴を聞いてほしいんだけど。あの人が登楼する訳ないじゃん。一体誰だ、あたしの会いたい人って。
しかし、意を察していないあたしをしても兄者は御機嫌で、余計に気味が悪い。
「さ、日が暮れる前に準備しましょうか。」
「は?え?あたし?」
ばっちり烏羽玉が完成している兄者が準備とは、と疑問を浮かべていたが、兄者はいそいそとあたしの手を引いて鏡台の前に座らせた。
準備ってあたしがすんの?
あたしの準備なの?
何で?
結局訳が分からないまま、されるが儘に準備をされて、客入りの時間を迎えることになるのだった。
烏羽玉のそれに似た着物を着せられ、がっつり化粧もされていたらあっと言う間に客入りの時間になって、何時もの様に案内役の妹女郎が待機する部屋に居るのだが、これがまぁ、居辛い。
「……ねぇ、小烏今日水揚げ…?」
「え、あ…確かにあの着物は…。」
「烏羽玉姉さんと同じ反物だわ。」
「化粧も何時もと違う…」
「早くなあい?」
「まだひと月経たないわよ。」
「巧いのかしら?」
「さぁ…」
「でも、着物のせいかしら、烏羽玉姉さんに似てるわね…」
「そういえば、」
「実は本当の姉妹って噂あったわよね…」
「そうね…本当なのかも。」
「白鷺姉さん怒りそう。」
「ねー。白鷺姉さん、烏羽玉姉さん大好きだものね。」
「例のアレ、ターミナルから庁舎に変えるくらいですもの。」
「もう何が目的だったのか…」
ちらちら此方を窺う視線とひそひそ声の話の居心地の悪さったら!!
水揚げって何!?あたしは定置網に引っ掛かった烏賊じゃないぞ!!とか、姉妹じゃないけど本当の妹ですすみません!!とか色々言い返したいが、まあ言える筈もなく、黙って声が掛かるのを待つ。しかもちょっと耳寄りな話もあって、聞き捨てられないのが痛い所。情報とメンタル引き替えって感じだ。
「小烏ー、烏羽玉御指名ー!」
「はぁーい!」
じりじりと削られるメンタルがそろそろアウトって時に掛かった呼び声。助かったと言わんばかりにいそいそとあたしは待機部屋を出て登楼口に行ったのだが、
「う、烏羽玉姉さん…!?」
既に其処には烏羽玉本人が控えているじゃないか。
当店最高級の太夫が登楼口に控えるなんて異様な光景に場は響めいて、彼方此方からまた「水揚げ?」「小烏水揚げ?」なんて声が聞こえる。だから水揚げって何なんだよ!!
しかし、烏羽玉はそんな周囲など気にも留めず、あたしに下がるよう、最上階で待つよう促した。一体全体今日は何だっていうんだろう。誰が来るんだろう。
脳裏で「貴女が、今一番会いたい方」と兄者の不気味な笑顔が浮かんで身の毛が弥立った。
水揚げ、水揚げ囁かれながら向かった部屋、下座の真ん中に何故か布団が敷いてある。不思議に思ったが特に気にはせず、何時もの様に上座の袂で待機すること数分。
がちゃり、と解錠の音の後に襖が滑ると、烏羽玉が客を連れて部屋へと入ってきた。すぐさま三つ指を突いて、その帰還を労う。
「御帰りなさいまし、烏羽玉姉さん。」
「……。」
相変わらず返事はないが、着物が擦れて頷いたのが分かった。
頭を上げると同時に入り口が閉まり、薄暗くなった部屋では烏羽玉の連れてきた客の顔が僅かにしか見えない。
客は烏羽玉に促され、例の布団に腰を掛けたが、え?兄者まじか?まじなのか?遂にそっちのあれまで修得したというのか!?あたし見たくないんだけど!!
可笑しな思考が頭を駆け巡り動揺しまくっていたが、烏羽玉は対座せずにあたしに近付いてきた。
あ、はいはい、解ってます退座ですね退座します!見たくないし!!と察し、立ち上がったあたしを何故か烏羽玉は手招いている。
え?何?何なの?やだこわい。
誰にも言わないから当て身で気絶させようとかそう言うことしないでほしいんですけども…!!とか何とか思いつつ、恐る恐るその傍へ行ったが最後。
「!?」
ぐんっと腕を引っ張られ、足を払われて、転ばされたその先には布団。いかん!このまま倒れたとか余りにも失礼すぎる!!と思っても兄者の達人級の足払いに対応できる訳もなく、無様に布団にダイビングする事に
「っ!」
ならなかった。
対面に座していた客に引き寄せられる形で抱き込まれていた。
……………………は?
………………………え?
…………………………何?
状況が分からなくて、助けを求める様に兄者を振り返ったが既に其処に人はいなかった。
早ぁっ!!いなくなるの早ぁっ!!
何なん!?忍者なん!?忍者だったん!!?何処行ったん!!?
こんな状況どう対応すればいいかなんて習ってない知らない分からないんですけど!!いなくなるってかこんな状況作るとかどう言うことなの!!?
どうしようどうしよう、取り敢えず離れないとまずいかな、まずいよな。どうすれば角が立たないで離れられるかなどうしようどうすれば…!!
「……おい、」
「ひっ!?」
混乱してて差程回らない頭を悩ませていると、ぐっと背中を引き寄せられて首の根あたりに客の顔が寄せられた。発せられた低い声は必然的に耳元を掠めて背筋が粟立つ。何これ怖い…!
………散々言われてた水揚げってもしかしてこう言う事なのか…!?そう言う意味なのか!?
「っと……あ、の……」
心臓は警鐘のようにけたたましく、頭は混乱を極めて、もうどうしたらいいのか分からない。
何とか落ち着きたい。そうしないといけない気がして、兎に角、離れなければと本能が言う。離れよう、力ずくでも。この儘では我が身が危ない。その後はその時考える…!!
転んだ時に客の胸元に添える形になっていた手を拳に変えて、叩きつけようとした時だった。
「何が分かった、鷹居。」
「!」
耳元で囁かれたのは呼ばれ慣れた名前。その声色に握った拳から力が抜ける。
これは、と考えるより早く脊髄反射の様に口から言葉が出ていた。
「……土方さん…?」
「あ?何だ?何で疑問系だ?」
上司の顔忘れるとは偉くなったもんだな、と威圧してくるそれに間違いはない。
「…は……、あ゙ぁ〜……吃驚損で良かった…。」
分かった途端に力が抜けた。丁度抱き込まれてるから、そのまま土方さんに体重を預けて仰け反る。
内容は分からずとも疲労は察してもらえたらしく、そのまま支えて貰えた。流石、上にも下にも問題児を抱えるフォローの達人、疲労には敏感なんだな。
しかし、調子に乗ってそのままでうだうだしてたら、暫くして「いい加減にしろ」と手を離され、結局あたしは布団の上に仰向けだがダイビングする事になったのだった。
To be continued...