chap.25
「何時までぶっ倒れてんだ鷹居。起きろ。」
「や、もうちょい待ってください、まだ心臓が。」
「……ちっ。仕方ねぇな。」
都合は悪くねぇか、と小さく呟いた土方さんは徐にあたしに覆い被さってきた。
「えぇぇぇぇぇええ!!?何してるんスかぁぁぁぁぁぁあああ!!?」
「馬鹿、騒ぐな!現状でテメェと怪しまれねぇで遣り取りするにはこれしかねぇんだよ!」
「まぁ…って納得できん!!起きる!起きます!!この部屋密室ですから!!」
折角落ち着いてきたってのに!!
何なんだ畜生!誰の入れ知恵だ!!?
chap.25
命が幾つあっても足りゃしませんが!?
身体をずらして上体を起こしつつ、土方さんを押し返しながら、前にも似たような状態になった事を思い出した。
あの時は別に普通に会話して殴り飛ばして山崎さん追っ掛けたっけな。それなのに今はどうしても平常心で居られないのが不思議でならない。
何だこれ、病気か。やばいやつか。
兎に角何とか退いてもらって、普通に対座する事に成功したが、オン・ザ・布団。先日、白鷺の部屋で見た光景のせいだろう、やっぱり何か落ち着かない。
いやいや、何を考えてる鷹居紅羽!高々土方さんじゃないか!土方さんはマヨネーズとヤニにしか興味がないから大丈夫!
「で、何が分かった。」
「へっ!?……あ、はい。えっと、」
どうもまだ思考は混乱しているらしい。声を掛けられて肩が跳ねた。いかんいかん、落ち着けあたし。そう胸中で呟いて、頭を軽く振り思考を振り払う。仕事の方に頭を切り換え、報告書代わりの走り書きを袂から引き出して土方さんに渡した。
「万が一、見付かるとまずいのでちゃんとした報告書は書いてないんですが、一段目左から場所、時間、月、日、二段目は首謀者です。」
「本町、ってのは庁舎か。」
「はい。もし誰かが見ても御使い先の住所に見えれば怪しくないかなって思いまして。」
「成る程な、鷹居の癖に考えたじゃねぇか。」
褒められたのか馬鹿にされたのか定かではないが無駄に前向きに考えてつい口許が緩みそうになる。それを必死で耐えて居る訳で今のあたしの顔はとても面白い事になっているだろう。きっと尻尾があったらめちゃめちゃ振ってる。良かった、尻尾なくて!
ともあれ何か微妙な顔のあたしに一瞥をくれた土方さんは再び走り書きに目を落とした。
「………再来週の昼間か。」
「でも準備はできてるみたいです。」
「周到だな。こいつも出るのか?」
「いえ、それがどうもテロは実行犯連中だけでやるみたいッス。」
「実行犯?」
「今回の頭はそこに書きました遊女なんですが、実行はその客で、彼女は実際手を出さないらしくて。」
「……一網打尽は無理だな。で、実行犯は?」
「政府関係者、国防省の制服でした。」
「……内部反乱に仕立てる気か。」
小賢しい事しやがって、と土方さんは舌を打った。
首謀者が自治区である吉原で高みの見物では、余程の証拠がなければ、此方から手は出せない。そう、余程の証拠があればいいのだ。…余程の証拠が。
「……まあ、首謀者は取り敢えず実行犯を捕らえてから何とかすりゃ良いとするか。」
「あの…土方さん…」
「あ?」
「……一応、内通の一部始終なら、映像と音声で撮ってあります。」
「……マジか。」
「マジです。」
「それを早く言え!」
「あてっ?!」
ぱん、と頭を叩かれた。
久しく物理的な暴力を浴びていないせいか地味に痛い。いや、単に土方さんが加減していないってのもあるし、さっさと言わなかったあたしも悪いのだが。
だって提出するのに抵抗がある内容納めてるんだもの。濡れ場だもの。あ、やべ、思い出してきた…。いいや、もう渡しちゃえ。何時までも持ってると夢に見そう。
衿口から襦袢の内ポケットに手を伸ばして記憶媒体を取りだそうとしたが、何故か何時もみたいにすんなり手が入らない。
「………何してんだお前。」
「へ!?」
ごそごそやってたら、訝しげに睨まれて自分の状況に気が付いた。胸元に手を突っ込んでもそもそって何これ超怪しい!!
「えっ、あっ、いや、違うんです!?襦袢の内ポケットに証拠の記憶媒体入れてるんスけど、取れな…く…てぇぇぇ…!!」
帯位置より少しだけ上にある小さな内ポケット、触れるのに手が入らないのは、何時もより帯の締まりがきつく、そこへ近付くに連れて空間がなくなるからだ。今日は兄者に着付けられたせいで何時もよりキッチリカッチリしているせいか…!!何であの人着付けこんなに上手いの!?何なの!!?何になるの?!意味が分からない!!
「す、すみません…!!」
「!」
スイッと取り出せれば格好良かったのに、おのれ兄者!!と恨みながら前に屈み、衿元を引っ張って胸元を開く。
察したらしい土方さんは同時にだが自然に目線を逸らした。あたし相手に気なんか遣わなくていいのに。流石フォローの達人は違うな。
なんて感心しつつ、漸く手が届いた記憶媒体を引っ張り出して胸元を押さえながらそれを土方さんの前に置く。
「映像と音声です!」
「……何処に入れてんだよ、お前は。」
「いや、だって、絶対安全だし…」
取り繕う様にキリッと差し出したのに、溜め息を吐かれて台無しにされた。あたしだって無様だとは思ったけどさ!何も言わないで受け取ってくれよ!!
だがしかし土方さんは心労困憊とでも言わんばかりに頭を抱えながら記憶媒体を受け取った。畜生!
「…まあ、何にせよ手柄だって事は褒めとくか。」
「…有り難う御座います。あ、でも気を付けてください、それ多人数プレイのAVみたいな内容ですから。」
「はぁ!!?」
「だ、だって、やりながら話し合いしてたんだもの…!!」
一応伝えておこうと忠告したら驚かれて、それが余りにも大きいリアクションでつい萎縮しながら訳を話したのだが、いかん、本当に思い出しちまった……。
「通りで山崎等じゃ掴めねぇ訳だ……」
「うぅ…遊女こわい……。」
「……何か、悪ぃ事させちまったな。」
「いえ、御構いなく…これしき……。」
ばつが悪そうな土方さんに強がって首を振るも、フォローの達人の目は欺けない様子。
ふっと溜め息を吐いてから此方伸ばしてきた手でくしゃりと頭を撫でられた。
「文句は戻ったらいくらでも聞く。報酬も会計方に掛け合ってやるし、暫く休暇もくれてやるから勘弁しろ。」
「……分かりました。」
直談判しようと思ってたのに先回りをされて頷くしか出来ない。流石フォローの達人だよ、畜生め。
「で、テロの目的は分かったか?」
「……えっと、最初は財政難から吉原の存在に認可の為の税金掛けるとかって話に反発したのが切っ掛けみたいですが、」
「吉原認可税か……あ?待て、何でそれで庁舎のテロになるんだ?」
「……それが、」
記憶媒体を仕舞って話を戻した土方さんの疑問は尤もだ。認可税は財務省の管轄、庁舎をもつ警察庁ではお門違いも甚だしい。勿論、理由あっての事なのだが、その内容があまりにも……と言うことであたしは言い澱んでいる。
「何だ?」
「えっとですね、今回の潜入、先んじて兄者が入ってるじゃないですか、烏羽玉として。」
「ああ。」
「首謀者の白鷺が、その、烏羽玉に心酔したみたいで、」
「………は?」
「常連の上客である鷹居黒刃がいずれ烏羽玉を買い取るとかって噂が広まってですね、それで、」
「……おい、まさか、」
「………はい、まさかッス。仕込みで警察庁の連中を客役に使ったのも相俟って、白鷺の警察庁役員に対する嫉妬が凄くて、財務省を対象にした増税反対の大規模内部反乱テロが鷹居黒刃はじめ警察庁役員を対象にした私怨的な内部反乱テロになったみたいッス…。」
「………つくづく、黒刃の野郎は…」
「すみません…」
「……まあ、対象が庁舎なら俺らの出入りも怪しまれねぇから対策はしやすいが、」
「……ほんと御迷惑お掛けしてすんません!!!」
気まで遣われて、申し訳ないやら恥ずかしいやら兎に角頭を下げるしかなかった。我が愚兄は本当に禄な事をしないんだからもう…!!
「取り敢えず、調査御苦労だったな。来週末には引き上げさせてやる予定だ。」
下げたあたしの頭にそんな声が振ってきて顔を上げる。
そう言えば引き上げとか考えてなかったな。潜入は兄者が先にいたからすんなりいったけど、出るときはどうするんだろう。
「引き上げるってどうするんすか?」
「買い上げんだよ、小烏を。一番自然だろ。」
「ああ、成る程ー。」
「先んじて烏羽玉にも引き上げる手筈になってる。明後日だったか。」
「あ、明後日ぇ!?」
「何だ、聞いてねぇのか?それこそ黒刃が身請けする事になってる。」
話に因るとシナリオはこうらしい。
前々から鷹居黒刃は烏羽玉の身請けを店主に掛け合っていて、烏羽玉もそれを望んでいた。彼女の希望により公にはしたくないとの事で、身請けは密やかに、人知れず行われる事になり、明日、大きなスーツケースに烏羽玉と同じ重さの金塊を携えて黒刃が登楼する。そして金塊と烏羽玉を入れ替え明後日の朝、烏羽玉は黒刃と共に楼閣を出て行くと言う手筈とのこと。
「………何スかそれ。」
「黒刃の自作自演だ。」
「……さっむ。」
思わず自分の肩を抱き込んだ。
仙台高尾の読みすぎでは無かろうか。体重と同じだけの金塊て。この御時世に何考えてるんだあの人、さむすぎる。
でも待てよ。
烏羽玉が身請けされるってことは明後日から兄者が居なくなるってこと?
それってつまり…?
「………来週末まで、あたし、ひとりぼっち…?!!」
「そうなるな。」
さも当たり前のように土方さんは頷いた。いや、うん、そりゃいなくなればひとりぼっちなんだけどさ!なんだけどさ…!!
「何だ、問題あるのか?」
「ありますあります大有りです!!烏羽玉という後ろ盾を失ったらあたしは一体何をされるか…!!恐ろしい!!女の世界怖い!!」
「…何だってんだ?」
「土方さんは知らないでしょうが、烏羽玉が居たって陰湿な嫌がらせを受ける程目の敵にされてるのに烏羽玉が身請けされたらその加護がなくなって、しかも絶対白鷺姉さん怒るし、その矛先は全部あたしに向くんですよ!?生きて娑婆に出られる気がしない!!」
「落ち着け鷹居。」
「無理無理無理無理、絶対無理!!あたしは此処で死ぬんだ!明後日までの命だ!死ぬ前にせめてシャトーブリアンとか言う高級肉のステーキ食べたかった!さようなら土方さん、買い置きのマヨネーズはあたしの部屋の入り口から左回りに数えて2番目の畳の下の床下収納にあります。コレステロールの取り過ぎには気を付けてください!」
「テメ…!!ねぇと思ったら俺のマヨネーズ、ンなとこに隠してやがったのか…!?じゃねーよ!落ち着けってんだろコノヤロー!!!」
「あでっ?!」
がすっ、と頭を殴られてあたしは不細工な悲鳴を上げた。痛い!!これ絶対手じゃない!殴られた頭頂を押さえて思わず布団に倒れ込み、のたうち回りながら土方さんを睨み上げると、なんと凶器は刀の鍔だった。
「痛いじゃないですかァ!!」
「うるせぇ、黙れ。」
ちっ、と不機嫌に舌を打って、倒れたあたしに跨がった土方さんにすっごいおっかない顔で睨まれる。
え?何ですか?
めっちゃ怖いんですが?
マヨネーズそんなに探してたんですか?
それこそ蛇に睨まれた蛙みたいにその据わった目から逃れられずに見詰め返していると、むんずと衿を掴まれて、上体を起こされる。
「いっ!?」
鼻が搗ち合いそうな距離まで縮められて、瞳孔全開のその目に映る自分が見えた。思わずどきっとしたのは恐怖だけだったろうか。
「テメェ、この2週間強マヨネーズがなくて俺がどんだけ苦労したか分かってんのか?あ?」
やっぱマヨネーズ怒ってる。勝手にマヨネーズ隠した事怒ってる。めっちゃ怒ってる。マヨネーズがなくてどんな苦労をするのか全然分からないけど。分かりたくもないけど。
寧ろマヨネーズ如きで此処まで怒れるとか土方さん最早人智を越えてる。
とか何とか思いながら、瞳孔かっ開いた目に映る自分と打開策の談議をしようと見遣れば、え、何これ恥ずかしい…!!
「おい、何とか言えコラ。」
「ひ、土方さん…っ、え、衿…が…っ!!」
「あ?」
さっき自分で胸元開いた時にちゃんと直さなかったから、衿は緩んでいた訳で、それを引っ張られて上体を起こされている訳で、あたしの全体重は土方さんが掴む衿の一点に掛かっている訳で、少しずつずるずると胸元が開けていく訳で…!!
顔を歪めて衿元に目を遣ろうとする土方さんを短い悲鳴を上げて阻止しようとしたが、もう遅い。大騒ぎする程ではないが、鎖骨のちょっと下くらいまで広がった衿口を目撃されてしまった。
晒し巻いた状態で胴着開いて素振りとか普通にしてたし見られてたけど、あの、その、晒しがない状態に感じる心許なさったら何つーか………猛っっっっ烈に恥ずかしい…!!
「ひ、土方さん、えっと…」
「……」
放せと暴れたらそれだけ開けるのは分かっているので、相変わらずおっかない顔であたしを見下ろす土方さんに目で訴えてみたが、次の瞬間その口角が僅かに吊り上がった。
「!?」
と思ったが早いか、更にぐいっと引き寄せられて、土方さんの頭が首筋に埋まったかと思うと鎖骨の下辺りにチクリと何かが刺さった様な痛みが走る。
針かなんかで刺された?
ハッ!!これはもしや…!!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!刺された!!刺されたぁぁぁぁぁ!!毒針かっ!?毒針だなぁぁぁぁぁぁぁああああ?!!」
その後、直ぐに離れた土方さんから飛び退いて更に距離を取り、刺された場所を押さえつつ抗議の声を張り上げた。
だがしかし、土方さんは涼しい顔して舌舐めずりをしている。何だ、それ。えろいな。
「…仕返しだ。」
「マヨネーズの仕返しに毒針じゃ命が幾つあっても足りゃしませんが!?」
「バーカ。」
「何ををををを!!!」
鼻で笑われ、食ってかかったが、土方さんはあたしが飛び退いた事で入れるようになった布団にさっさと入って狸寝入りを決め込み無反応。
ぶつけ所を失ったら、逆上とはさても虚しい。
仕方ないから、上座の御簾を上げ、黒い格子の一角を開き、本来烏羽玉がいる場所に踏み入る。早々に姿を眩ました兄者は此処にも居なかったが、豪華な布団に紙切れ1枚が投げてあった。拾い上げれば、書いてあったのは兄者の達筆で一言【楽しんで♡】。
虚しい逆上のぶつけ所が見付かったので、それをビリビリに破いてから奥の烏羽玉の部屋へ、鏡台へと向かった。
くっそ、解毒しなきゃ…毒針抜かなきゃ……
To be continued...