Bomb in the play list

 エアコンを通して排気ガスの香りが漂い、さっきまで楽しげな話題を届けてくれていたラジオも今は電波が届かずにノイズを振りまくばかり。あと少しで目的地だというのに薄暗いトンネルの中にはテールランプの光が何処までも続いていて、まだ出口は遠いのだろうことがわかる。

「音楽のプレイリストって人間性が出るって言うわよね」

 ノイズを垂れ流すラジオをぷつんと消した彼女は、悪戯を思いついた子供のような顔でそう言って、サイドボードを漁る。

『アー、聞いたことあるな』

「突然ですが、ジャンケンで負けた方のプレイリストをランダム再生で一曲ずつ公開するゲームをします」

 ちらりと目線をやると、サイドボードから取り出した無線通信のトランスミッターを取り付けながら、彼女がニヤリと笑った。

『That's cool!オレじゃんけん強いぜ?』

 突発企画としては面白そうだ。要は勝てばいい。ニヤリと笑い返すと彼女に自分の携帯を渡す。

「最初はグー。じゃんけんぽん!」

 前との車間距離をつめながら、フロントガラスに目を向けたままオレの出した手はチョキ。反射するガラスにうつる彼女の手はパーを形作っていた。

「うわ、負けた」

『プレイリストALLにして携帯チョーダイ。ランダム再生するわ』

「ALL?!まさかの?!」

『ソ。それくらいリスキーな方が面白いだろ』

 ALLにすれば突発再生を警戒してプレイリストに入れていない曲が出てくる事もある。オレの携帯には聞かせたくないような恥ずかしい曲は入っていないから元から彼女の自爆行為だったりするのだが面白いので黙っておくことにする。

クイクイと指で携帯を貸してくれとジェスチャーすると、諦めたのか彼女が大人しく携帯を差し出した。

『渋滞にハマってラジオも聞けない可哀想なリスナーに最初にお届けするのはこのナンバー!』

 ランダム再生ボタンをタップすると、車のCMにも使われて有名になったロックバラードのイントロが流れ始め、彼女が胸を撫でおろす。

『安牌引いた感じ?』

「うん…。我ながら恐ろしいゲームを提案してしまったわ…」

 懐かしのアニメ主題歌が出てきて彼女が照れたり、ディープなアンビエントで意外そうな顔をされたり、古い映画の挿入歌を二人で歌ったりと、目まぐるしくBGMを変えながら車はじわりじわりと進んで行く。

 じゃんけんに弱い彼女のほうが再生される確率が高くなる。彼女のプレイリストは年代もジャンルもバラバラだが、彼女がどんな風に過ごしてきたのかがわかるようなラインナップで正直楽しい。

「そ、そろそろ出口も近いみたいだし、次で最期にしない?」

 もう少ししたらラジオの電波も入るだろう頃合いで、彼女がとうとう音を上げた。

『エー、面白ぇのに』

「ひざしさんは爆弾引いてないからそんな事が言えるのよ!」

 はいじゃんけん!と、最後まで公平に決めようとする姿勢が微笑ましい。

『最初はグー!』

「じゃんけん」

『ポン!』

 彼女はグー、オレはパー。

「なんでそんなに強いの?!」

『サー、そんじゃ最後のナンバー行ってみよう!』

 画面をタップするとサーというホワイトノイズが流れはじめる。彼女の携帯には音楽だけじゃなく、保存した録音データもあるらしい。最後の最後で飛び切りの爆弾を引いたらしく、彼女が首まで真っ赤になりながら携帯を取り上げようと手を伸ばす。

 こんな彼女が見られることはそうそうない。もう少しその顔を見ていたくて、オレは後部座席に携帯を放った。

「ちょっ、だ、ダメ…!」

【もしもし、オレだけど…もう寝ちまってるよな】

『あれ、これオレの声?』

【相澤と飲んでたんだけど会いたくなっちまってさ、声だけでも聞きたいナーって】

 飲んだ帰りに確かに電話したことはある気がする。声が、ひたすらに、甘い。仕事ならともかくガチトーンの自分の声を聞かされてはたまらないが、停止したくとも携帯はさっき後ろに放ってしまった。

【また電話する。オヤスミHony……愛してる】

 サーというホワイトノイズが途切れて車内が無音になる。後ろからクラクションを鳴らされるまで、オレ達はしばらく揃って顔を覆って悶えるしかできなかった。