Egoistic

 テープで開かぬように押さえたものの、まだ新しい傷口は湯で暖まるとじくじくと傷んで仕方ない。飛んできたナイフを利き手で払ってしまったのだから無理もない話だ。運悪くリカバリーガール不在の今日、ザックリ抉れた腕の傷を縫い、医者は言った。

「今夜は湯船に浸からないでくださいね」

暖まることが良くないらしい。

『Damn it!暖まるなって?無理だっつーの』

 利き手が満足に使えぬ状態で洗う長い髪はかなり厄介で、強力なスタイリング剤を使っていることもあり、ただ洗い流すだけでもかなりの時間を要した。

 シャワーに当たるたびに身体は暖まり、もう諦めて利き手も使ってやろうかと思いながらも冷水のシャワーを浴び始めた時、背後で風呂場の戸が開いた音がした。


 普段ならば止むはずのシャワーの音が今日はやけに長い。綺麗好きな彼だが、こんなにも長く浴びているということは、きっと何かあったのだ。

勘違いならばそれでいい、私は着ていた部屋着を脱ぎ捨てると、浴室のドアにそっと手をかけた

「一緒に入っていい?」

『Why not?モチロンいいぜ、大歓迎!』

 控えめに覗くと、シャワーを浴びる彼が振り返りながら答えてくれる。熱い湯を浴びているにしては浴室が冷えている。直ぐに動かなくては彼の事だから証拠隠滅に動くだろう。手がシャワーのコックに伸びた直後、私は彼に抱き着いた。

「…なんで真冬に水浴びしてたの」

 シャワーで暖まっているはずの彼の身体は、ひんやりと冷たい。


 背中から冷水よりも冷たいトーンで彼女の声が浴びせられる。温度調節が遅れたからか、抱き着いた身体が冷たいからか、どちらにしろ不審に思われていることは確かだ。

『長湯してたらのぼせちまってさ。冷水浴びてから上がろうとしてたってワケ。そんなわけで俺はもう上がるから、ゆっくり入んなHony*』

 こうしている間にも、彼女の指先が髪を、背中を、肩を、何かを探すようになぞっていく。普段ならそそられるその動きが、今のオレにはただ恐ろしく感じた。


 のぼせたというが、ずっとシャワーの音がしていたのだから、湯にはつかっていないはずだ。違和感を探すために彼の身体に触れてゆく。髪はトリートメントがされておらずいつもより指通りが悪い。ということは髪を洗うのに不都合な負傷があるのかもしれないと思い指で身体を探る。

背中、肩、打ち身だろうか、何も無い。

『Hey.煽ってんの?お誘い?』

 おどけた調子でいう彼の目にはうっすら怯えが見てとれる。何かあるはずだ。背中に手が回され、裸の背筋をなぞられる。きっとここだ。私は背中に回された手を掴むと、その腕に貼られた肌の色とそっくりなテーピングテープを剥がした。


 バレないようにこのままベッドに誘ってなし崩しにしてしまおうと思っていたのに、彼女は目敏く腕のテープを見つけて剥がし始めた。テープの下から現れた縫いたての傷口を見た彼女が、じっとこちらを見つめて口を開く。

「なんで言ってくれないのよ」

『アー…心配かけるし?明日リカバリーガールに治して貰えばバレないかなって…』

「…髪を洗うことくらい私だって手伝えるのに」

『…Sorry…』

「……わかればよろしい。背中流してあげる」


 彼が本当に助けが必要な時にこうやって時々隠し事をするのはきっと癖みたいなものなのだろう。いつもみたいに、甘えてくれれば良いのに、と思う。


 本当に言いたいことはきっとそれじゃないだろうに、困らせるからと飲み込むのは彼女の癖なんだろう。泣いても、怒っても構わないのに、と思う。

肝心な所で君は甘えてくれない。