暖かい雨

 地味ながらなかなか厄介な個性のヴィランと交戦し、帰ってきたのは月も沈みそうな時間帯。私と彼は凍える身体のまま、そう広くはない浴室で、浴槽に溜まりゆくお湯を眺めていた。

「まだか」

「まだ、いま四分の一くらい」

 触れたものの温度を奪う個性持ちのそのヴィランは、そう致命的ではないものの、この季節に戦うにはあまり嬉しくない敵だった。近接戦闘が多い私と彼は、抹消し切れなかった分のみで済んでも無傷とはいかず、ただ冷え切った身体を温める為に、湯船に湯が溜まるのを今か今かと待ち構えていた。

「シャワー浴びながら待てばいいんじゃないか?」

「一人しか暖まれないじゃん」

 肩までつかって足が伸ばせる風呂がある物件を選んだのだが、そのせいもあり湯がたまるまではかなりかかりそうだ。二人で浸かるにしても半分はためたい。

「先にシャワー浴びてて。スーツ、ここで脱いで外に出してくれればいいから」

「お前はどうするんだ」

「脱ぐの時間かかるし、洗濯機回したら入りにいく」

「なら俺が洗濯して来るから、お前が入れ」

 下唇を突き出して不満げに言う彼のスキをついて、壁際に生えているシャワーコックをひとひねり。暖かい雨は瞬く間に彼の髪を濡らして、洗い場の床に当たってもうもうと湯気を立てた。

「………お前……」

「スーツ脱いだら頂戴ね」

 ニヤリと笑って浴室を後にしようとすると、びしゃりと濡れた何かが腕や身体にギリリと巻き付く。強い力で再び浴室に引き戻されて、私は息を飲んだ。

 びしゃびしゃに濡れたそれは彼の捕縛布で、気付いたら私はヒーロースーツ姿のまま、彼の腕の中でシャワーの飛沫に当たっていた。文句の一つも言ってやろうと振り返ると、先程のお礼とばかりにニヤリと笑った彼に引き寄せられる。

 そのまま手が腰に回り、後ろから腰が引き寄せられて逃げ場を失った私は、ただ彼から滴る湯に濡れるしかできなかった。このままでは脱衣所に上がることもできないと悟って、私は大きなため息をついた。

「…このまま一緒に入ろっか」

「それは名案だな」

 合理的でしょ、と笑うと、彼の指が私のジャケットについたジッパーを下ろして、濡れて重くなってきたそれを脱がせた。
 見上げると、揺れる彼の瞳と目があって、目を閉じる。こういう時はそうするものだと、他ならぬ彼が教えてくれたから。

 唇に触れる柔らかい感触。誘われるまま舌を絡める。空気を求めて離れる度に、彼の頬を伝った温かい雨が、唇を伝って私の喉を潤す。

お湯は、まだ溜まらない。