ポーカーフェイス

 三が日も終わり、世の中の流れが普段通りに戻っていく中、やっとヒーロー達には束の間の休息が与えられる。

 ほぼ売れ残り品しか残されていないウィンターセールを覗きながら時間を潰したが、目的地にかなり早くついてしまった。まだ彼は来ていない。

 手近なコーヒーショップに入り、期間限定のラテを飲みながら、待ち合わせ場所が見える席に腰掛ける。彼はいつも大体時間ぴったりに来るのだからのんびり待たせて貰おう、姿が見えたらコーヒーを買ってすぐに降りればいい。そう思っていたのだ、その時までは。

 彼が現れたのは、意外にも待ち合わせ時間よりかなり早い時間。スヌードに顔を半分埋めて肩を丸めて歩く姿が見えて、早いなと思いつつも席を立ったその時、待ち合わせ場所についた彼がスヌードに擦れて緩んでしまったのだろう髪を解いた。

 そういえばこんな風に彼を眺めるのは初めてかもしれない。絡んだ髪を不快そうに手櫛で解きほぐす彼を見ながら、ちょっと悪戯心が生まれて再び腰を下ろす。ラテはまだ残っている。少しだけ彼を眺めてから下りよう。

 薄い口に髪ゴムを咥えた彼が、節くれ立った手で器用に癖のある髪をまとめ直し、ショーウインドウに映る自身の姿に目をやって後頭部をガシガシとかく。「まぁこれでいいか」とでも聞こえてくるようだ。

 木枯らしが吹いて、彼が不快そうに目を細める。ドライアイに乾燥した風は堪えるのだろう。今日は寒いからどこか室内で二人でまったりしよう。そう心に決めてラテを飲み干しコートを羽織った。

チャットアプリで彼とのトーク履歴を開き、彼にメッセージを送る。

【あと3分くらいで着きます】

 彼が携帯を取り出し、画面をタップする。
スヌードに隠れてあまり見えないが、わずかに微笑んでいるようなその顔は、多分私が現れたらいつものポーカーフェイスに隠されてしまうのだろう。

【了解。はよ来てくれ、寒い】

 携帯をポケットにしまいこんで、彼が駅の方角に視線を彷徨わせて私を探している。

 ブーツの踵を鳴らしてコーヒーショップの階段を早足で下りると、ゴミ箱に飲み終えたラテのカップを放り込む。コーヒーを買っていくのはやめにして、猫カフェにでも誘ってみよう。

 コーヒーショップから出たら待ち合わせ場所はすぐ目の前だ。未だに駅を眺めている彼に足音を忍ばせて近寄った私は、こちらに向ける大きな背に思い切り抱き着いた。

 今彼は、どんな顔をしているんだろう。