願わくば

「負傷?どこ、見せて」

『掌。そんな深くないからダイジョーブ』

 以前負傷した際に、怪我を隠して風呂に入り、オレが熱を出してからというもの、帰ってすぐに怪我があったら報告することが、我が家のルールになった。

 グローブを脱いだ手のひらを痛々しげになぞる彼女が、テーピングテープを取りにパタパタと走り去ると、オレは机の上に放置されていた蓮根の金平を一つつまんで口に放り込んだ。程よい甘辛さはオレ好みの味付けで、歯ざわりの良い切り方は彼女好みだ。生まれ育った家とは違う家庭の味がそこにはあって、帰ってきたのだと思うと肩の力がすとんと抜ける。

「お風呂入れてあるけど、どうする?」

『手伝ってDarling*』

 戻ってきた彼女にウィンクと共に少し屈んでおねだりすると、少し背伸びをして、細い指を髪に差し込んだ彼女が、撫でるようにオレの髪の毛をくしゃくしゃと崩した。

「いいわよHoney」

 最初はこうやって髪を崩す彼女に面食らったものだが、皆のプレゼント・マイクから自分だけの山田ひざしに戻したいのだと言う彼女の小さな独占欲が嬉しくて、いつからか自分から髪を崩して貰うようになった。

 彼女に脱衣所まで手を引かれ、大きな子供のようについて歩く。今日あったことをお互いに報告しながら服を脱いで、傷口をテープで止めて貰うと、洗い場にしゃがみ込んだ。自分よりも背の低い彼女に洗ってもらう為だ。

 あぐらをかいて座り込み、タオルを巻いてシャワー片手に目の前に立つ彼女を見上げると、彼女が何かを連想したらしく一人笑った。

「何か大型犬洗ってるみたいな気持になるわ」

『ワン!って鳴いたほうがイイ?』

「口に泡が入るよ」

 クスクス笑う彼女は髪に櫛を通しながら、丁寧にスタイリング剤を落としてくれる。優しく撫でるように頭をなぞる指先が気持ち良く、オレは目を細めた。

「下向いて。目にシャンプー入っちゃう」

『はーい』

言われるがままに頭を下ろし、流れる湯と桜貝のような彼女の足の爪を見つめる。垂れてきたシャンプーまじりの水に慌てて目を瞑ると、流れるシャワーの水音と彼女の適当な鼻歌に耳をすませた。

「傷痕残っちゃったね…」

 手際良くトリートメントまでされた髪はタオルで纏められていて、背中を流し終わった彼女は、白く残る腕の傷痕を指先でなぞりながら痛々しそうに眉をひそめた。

『ヒーローやってりゃ仕方ねえって。傷のある男はイヤ?』

「まさか。カッコイイよ」

 前は自分で洗うでしょ。とスポンジを渡され、彼女は泡のついた自分の身体を流す為にタオルを取ってシャワーを浴びはじめた。適度に鍛えられた身体は細くともしなやかで、女性らしい曲線が美しく、何となく眺めながら身体を洗う。

 シャワーを浴び終えて、オレの髪のトリートメントを流し、タオルを巻き直す彼女の背や脇腹にも、無数の白い傷跡が走っている。ヒーローをやっていれば仕方のないことだが、さっき痛々しそうに傷をなぞった彼女の気持が少しわかったような気がした。

「わ、なになに」

 彼女のタオルを解いて傷跡に指先で触れて唇を落とすと、彼女がくすぐったそうに身をよじる。どうか彼女が怪我をしませんようにと祈り。怪我はしても、この腕の中に生きて帰ってさえくれればいいと願いながら抱きしめて、オレは誤魔化すように笑って彼女の形の良い胸に顔を埋める。

『んー、なんでもナイ』

 縋るように抱きしめる手を優しく解いて、くしゃくしゃと髪を撫でた彼女は、オレの手を取って、新しく出来た掌の傷にそっと唇を寄せた。