きっと君は恋をしている

 いつからだろうか、プレゼント・マイクとメッセージのやり取りをするようになって、友達をまじえて食事をしたりするようになったのは。

 大体彼の声掛けではじまる不定期開催のごはん会は、彼の同期だというイレイザーヘッドや先輩であるミッドナイト、時には私の同期とともに人気の名店に繰り出し、3時間程度で解散となるのだが、最近は二人でご飯でも…という誘いが2度程続いている。

 あいにく、仕事で予定が空いていなかったこともあり、お断りする羽目になってしまっていた。

 やっぱり二人で食事ということはデートのお誘いなんだろうか、と初めは考えを巡らせたりもしたものだが、彼はメディア進出している有名人だし、きらびやかな世界にいる人なのだから、私のような普通のヒーローに粉をかける必要もないだろう。

 ミッドナイトさんとも二人で飲む事があると言っていたし、きっと、そんなに深い意味もないのだろう。

 とても素敵な人だから、誘われて心が浮き立つのは仕方ないとしても、勘違いしたらいけない。可愛い子なんて芸能界に履いて捨てる程いるのだから。



 そのプレゼント・マイクが、カフェテリアの窓際でぼうっとお茶を飲んでいる所を見かけたのは、ほんの偶然だった。

 買い物帰り、席が空いておらずテイクアウトしたコーヒーを片手にベンチに腰掛けながらまじまじとガラスの向こうにいる彼を見つめる。そういえばここは、彼のやっているラジオのスタジオが近いんだっけ。

 髪を下ろしているからか周りには気付かれていないが、あれは間違いなくプレゼント・マイクだ。オフだから、山田ひざしさんだと言ったほうが正しいかもしれない。

 携帯を片手に難しい顔をした彼が、何かを打っては消し、打っては消ししている。くしゃくしゃと髪をかき混ぜ、頭を抱えて真剣な顔をしている所を見ると仕事のメールだろうか。

 私は彼に向けてメッセージを打とうとしていた手を止め、携帯をポケットにしまい直した。仕事のメール中なら邪魔をしてしまうかもしれない。

 普段の賑やかさは成りを潜めて、真剣な顔をした彼が、手の中の携帯に目を落とし、カウンターに肘をついて、おおきな手でおでこを覆う。何か思いつめたような、悩むようなその顔は、普段とは違い少し苦しそうだ。

 しばらくそうして悩んだような表情をした彼を見守っていたが、目を上げた彼が吹っ切ったように手の中のお茶を飲み、迷いなく携帯を打ち始めたのを見て、私は飲み終わったコーヒーの紙カップを片手に立ち上がる。打ち終わったら挨拶だけでもしにいこう。カップを捨てると、コートのポケットにしまった携帯が鳴った。

簡易通知には「山田ひざし」の名前。

【Hi!今日オフなんだけど、そっちは仕事?良かったら二人で夕飯食いに行かない?】

 思わず振り返り、カフェテリアの彼を見つめる。まだ、手の中の携帯に目を落としているみたいだ。

【急なお誘いだからダメ元なんで、NOならNOで気軽に返事チョーダイ*】

 文章とは裏腹に、自嘲気味な顔で笑いながら頬杖をつく彼がそこに居た。ズルいことをしているとは思っているが、彼から目が離せなかった私は、視線はそのままに携帯に指を滑らせて返事を打つと、送信ボタンをタップする。

 彼の手の中の携帯がメッセージ着信を告げたのだろう。彼は一度強く目をつぶり、口に手を当てると祈るような顔で携帯に目をやった。

 メッセージを見た彼が、口から手を離すと小さくガッツポーズを取って、そのまま肘をついた腕にもたれるようにしてカウンターに崩れ落ちていった。ニヤケるのを止められない、嬉しくて仕方がない、とでもいうように、大きなグリーンの目を細めて笑顔を浮かべ、そんな顔を隠すようにアップにした髪をくしゃくしゃと解きながら。

 それを最後に、こちらからは表情が見えなくなってしまったが、私は挨拶するのをやめにしてそのままカフェに背を向けることにした。足が自然とスキップしそうになるのを堪えるのが大変だった。周りの視線が刺さるのは、私のだらしない笑顔のせいだろう。


 多分、きっと、これは自惚れなんかじゃない


 さあ帰ろう。買ったばかりの服を着て、意外と素朴で、可愛い彼に会うために。