交雑

 相澤 消太の部屋には、余計な物は置かれていない。





 飲み会の帰り道、終電では家まで辿り着けないから泊めてくれと彼女からのメッセージが入り、相澤は手の中の携帯に指を滑らせた。

【泊めるのはいいが】
【何も無いぞ】

 彼女を泊めるのは初めてではないが、飲み会帰りにふらっと寄った女性が休めるような場所ではないということくらいはわかっていた。せめて朝食くらいは食べさせてやれるだろうかと冷蔵庫を覗いたところで、再び手の中の携帯が震えてメッセージの着信を告げる。

【コンビニで揃える】
【部屋着だけ貸して】

 やけに男らしい彼女のメッセージに苦笑しながら、一言、了解。とだけ返信する。相澤は携帯をポケットに突っ込み、先日購入したばかりのスウェットの収納場所に思いを巡らせた。




 下ろしたてらしい部屋着を借りて、シャワーを浴びる。浴室の棚には剃刀と、体も髪も洗えるソープのボトルが一つだけ置かれていて、プッシュして泡立てると相澤から時々香る匂いがした。

「お風呂ありがとね」

「ん。ちゃんと髪乾かせ、風邪ひくぞ」

 彼女は、はぁい、とゆるく返事をしながら、ドライヤーも無いので髪をタオルで叩き、仕事をする相澤の後ろでストレッチをする。

 何となく目に入った棚の端には送られて来るのだろう、最近デビューした彼の教え子の写真集や自伝、仲の良い同期のCDが並べられていて、シンプルな部屋の一角でそこだけが雑然としていた。

 もう少ししたら寝るから先に寝ろという彼はエアコンの温度を上げながらも、次のテスト問題だというWordデータとずっとにらめっこをしている。きっと「もう少し」では終わらないだろう。

「ヒーロー名ゆたんぽ。布団を暖めに出動します」

 彼女が後頭部にこつんと頭突きをすると、やり返すようにグリグリと頭を押しつけられ、伸びてきた手が頬をつまむ。

「まだ酔ってるのか」

「ちょっとだけね」

 頬の手をつねって外した彼女は、おやすみ、と相澤の耳にキスをして寝室へと消えた。



 ゆたんぽを自称するヒーローは、きっちりベッドの半分だけを開けて寝息を立てていた。

 相澤が彼女の隣に身体を滑り込ませると、冷え切った足に彼女の熱い足が絡みついて体温を分け与えられる。

「冷たい」

「ん、お前は暖かいな」

 腕の中に潜り込むようにして抱きつく彼女に腕を回すと、ゆたんぽだからね。と半分寝たままの彼女が呟く。

 じんわりと感じる温もりに、自然とまぶたが落ちてゆくのを感じる。いつもより固く指通りの悪い彼女の髪に顔を埋めると、自分と同じソープの匂いがした。

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 仕事帰り、ビールを買って押しかけた相澤の部屋で髪を下ろすためにシャワーを借りる。くたびれた部屋着を置いて開けたバスルームには、剃刀一つとボトルが三つ。

 髪が傷むのは承知の上だったが、今日は心配なさそうだ。持ち主には悪いが少し借りてしまおう、と、シャンプーのボトルをプッシュする。

あいつは、何本ビールを飲ませたら吐いてくれるだろうか。






 相澤 消太の部屋には、余計な物は置かれていない。



 それらは必ず意味のある何かであり、彼の心の端に住まう何者かの痕跡なのだから。