Who killed cock robin

 ヒーローと言えば高所に居るのが定番だ。…高い場所のほうが見晴らしが良いというだけの理由なのだが。

「なんだお前、どこから来た」

 警察協力時のヒーローは現場待機が多い。最近組む事が多いイレイザーヘッドと肩を並べ、見晴らしがいいからと非常階段を陣取っていたのだが、トイレから帰ってくると一人でいるはずの彼の声がビル風に乗って聞こえてきた。

 まさか接敵したのか?とドアの影から手鏡を使って様子を見るも、それらしき人影はなく、少し猫背な彼が私の荷物に向かって歩いて行く姿しか映らない。

「コラ、出てきなさい。俺が怒られる」

 しゃがみ込んで伸ばした手に、一瞬ひらめくふわふわの何か。敵では無さそうだが、あれは一体なんだろう。鏡が反射しないように慎重に手を伸ばして伺い見ると、私の荷物から何やら黒くてふわふわした物がはみ出している。ゆらりと揺らめくあれは、恐らく尻尾だろう。

 どうやら、黒い猫が私が待機場所に置いていったバッグを漁っているらしい。


「何か面白いもんでも入ってるのか?」

 ボディバッグからはみ出た猫に向かって話しかけながら、何とか出てきて貰おうとしているのか、捕縛布をヒラつかせて相澤がしゃがみ込み、威嚇をされて手を引っ込める。確か彼は猫好きだったはずだが、猫には好かれていないらしい。

「おい、ソレはダメだ」

 珍しく焦ったような声に鏡の角度を変えると、アルミホイルに包まれた私のレーション…サンドイッチだが…を、猫が引きずり出そうとしているところだった。素早い動きで猫から取り上げようとするも、猫も負けじとアルミホイルに齧り付いて唸り声を上げて綱引き状態になっている。

「悪く思うなよ、俺のじゃないんだ。何か知らんがお前には塩分過多だろ、諦めてくれ」

 切々と訴えかける声のおかげか、彼が空いている左手を伸ばしたからか、黒猫は後ずさりホイルから口を離して距離を取る。まだ、サンドイッチのことは諦めていないらしい。二つある包みのうち一つはバッグの中にある。

「…チキンか?いい匂いするな。コレにつられてきたのか」

 お前鼻いいな、と猫に話しかけながら破れたホイルを包み直し、無事なもう一つを取られないようにする為にか私のバッグを手に持つと、彼の足元で黒猫がおねだりをするように一声鳴いた。

「にゃーんじゃない。美味そうだよな。でもダメだよ」

 優しい声でたしなめながら撫でようと手を伸ばすも、黒猫はするりとその手を掻い潜り、非常階段の踊り場へと身を翻す。サンドイッチを上げたら撫でさせてくれたりはしないのだろうか、と段々気の毒になってくるが、猫とお話している所にノコノコ現れては彼もきっと気まずいだろうと、覗き見状態になってしまっていた手鏡を畳む。

「ここは危ないから、どっか行きなさい」

 確か先生をやっているのだと聞いたことがある。あんなに優しい声も出せるのか。どんな顔をしているのか見たい欲求に駆られる自分をなんとか制しながら、私はその場でゆっくり60秒を数えることにした。



「すまん。猫にお前のお弁当が一つやられた」

「ああ、置いてった私が良くなかったし気にしないで。荷物番ありがとね」

 律儀にもバッグを持ったまま待っていてくれた彼からバッグを受け取り身につける。お弁当という言い方が何だか可愛らしく、浮かぶ笑顔を噛み殺しながら、警察無線のインカムを耳につけて彼の横に腰を下ろす。まだ出動要請はかからないらしい。

 バッグからサンドイッチを取り出し、ビル風に煽られる髪を結ぶ。私は猫が齧り付いて少し潰れたサンドイッチを頬張ると、彼に無事なほうのサンドイッチを差し出した。

「一個あげる」

 まじまじとサンドイッチの包みを眺め、何とも言えない顔をした彼は、ああ、とも、うん、とも言えない声を発して私の隣に腰を下ろし、サンドイッチに齧り付いて、美味いな、と呟いた。

「髪結んだら?」

 何かおかしな事をしただろうか、なんとも歯切れが悪い彼に首を捻りながら髪どめのゴムを貸し、二口目を頬張る。ジューシーな鶏肉と半熟卵のタルタルが我ながら絶品だ。

「………お前見てただろ」

 一際低い彼の声は、ビル風のせいで聞こえなかった事にして三口目を頬張る。

 そういえば、どっちのサンドイッチが無事なのか、私は彼に確認しただろうか。