Reboot



(SAT) PM 23:46

 ベッドサイドの時計に表示される時間に目を覆う。もしかしたら見間違いかもしれない。目の上に乗せた手をどけて、ちらりと一瞥。

(SAT) PM 23:47

 カウントダウンしてくれるわけもなく、無情にも時は過ぎていく。疲れ果てて帰宅したものの、頭が仕事モードから抜け出してくれずに眠れず、貴重な休日の残り時間はラスト24時間を切ろうとしている。明後日には可愛い生徒が待つ学校で「先生」である自分に戻るのだ、なるべく疲れた顔は見せたくない。睡眠時間が短いことは慣れてもいるのだが、頭を休日モードに切り替えるために必要な、潤いや彩りというものがいかんせん足りないのだ。
 
『…ダメ元で誘ってみるかなァ』

 もう寝ているかもしれないが、それならそれで隣で一緒に眠れるか試すのもいいだろう。玄関に置いたキーケースをつかむとミシミシと鳴る身体を伸ばし、携帯に表示された彼女の番号をタップした。

 ◆

『起きてる?これから海見にいかナイ?』

 お風呂上りに鳴った携帯が彼の声でそんなことを喋るので、私は迷わず「行こうか」と返事をした。
 
 彼が唐突なのはいつものことだ。何で海なのか等考えず、行きたいか行きたくないかだけで答えればいいのだと理解したのは結構最近のことで、仕事と自宅の往復を繰り返していた私はただ、少しでもカラフルな世界を見たかった。彼の到着を待って三十分。最寄りのドライブスルーでエスプレッソをドッピオで頼む彼の横、オールミルクの紅茶のソイラテを頼んだ私は、携帯を片手にナビをする。大きなサービスエリアごとに運転を交代して、二時間程でまだ真っ暗な海にたどり着いた私たちは、今はただエンジンを切って静まり返った車の中から、真っ暗な海を眺めていた。

『Hmm…ちょっと早くつきすぎたけど、あと4時間くらいで日ィ昇るから待機で』

「OKOK、じゃあアラームかけておくね」

 助手席を倒して大きく伸びをする彼を真似て、私も運転席を倒して彼の方を向いて寝転がる。携帯のアラームを日の出の時間に合わせていると、手の中から重みが消えた。

『Hey.寝ちゃう?オレ起きてるからアラームかけなくてヘーキよ』

「あれ、寝ないの?」

『うん、寝てる君でも見てよっかナ』

 疲れた顔をしているのにそんなことを言う彼の、携帯を返す手を取ってその無機物を置かせると、もう片方の手も引っ張り、右手で指先をぎゅっとまとめて握り締める。ほんの少しだけ冷えた指先が少しでも温まるように。

 ◇

「じゃあ私は貴方が寝るまで起きてる」

『ンン?寝ていいよ?』

 不思議な事を言う彼女に首をかしげつつ、掴まれた手がじんわりと温まってゆくのを感じる。目の前では彼女の携帯が、暫く触っていなかったために液晶の光度を下げ、あたりがまた暗闇に沈んだ。彼女の息遣いと自分の腕時計の針の音、そして打ち寄せては引く波の音だけが耳に優しく響いている。

 こんなに静かな夜は久しぶりだ。

『何かお喋りする?』

 離してはもらえないらしい両手をそのままにきくと、静かに、というジェスチャーをした彼女が密やかに笑った。小さな右手で指先を優しく握り締めたまま、小さな子供にするように肩を優しく叩きながら、ただこちらを穏やかに見守っている彼女を見つめ返しながら数分。何か喋ろうとすると唇を指でつつかれて止められ、ジェスチャーしようにも動かせない手が温まりきったその頃に意識は闇に溶けて消えた。


 ◆

 穏やかなR&Bの音を目覚ましに、世界が朝を迎える。窓の向こうに見える海がオレンジ色と藍色に染まり、まだ眠っている彼の睫毛が弱い陽光を受けてキラキラと光っていた。結局私は寝ないまま、眠る彼の隣で彼を見たまま過ごしてしまい寝不足もいいところだ。末端を温めれば眠れるという話を思い出して、手を握ったままでいたので体が痛いが、気持ちよさそうに眠る彼を見てそれでもまぁいいかと思う。
 
 あの空が半分オレンジに染まったら、彼を起こしてあげなくちゃ。