愛とは非合理的なものと知る

 先々週はヒーロー活動のお礼にと貰った蜜柑。その前は冷凍のカニ。彼女の愛は随分と安上がりだ。

 ヒーロースーツには不釣り合いな、幾分か可愛らしい紙袋を下げて通いなれた道を行く。

 生徒の話では冬季限定のチョコレートだとかで、幸い駅前に出ていたワゴンで売っていたそれは、男一人で買いに行くには憚られる賑わったショップよりは随分買いやすく、並ばずさっと購入できた。

 そういう洒落たショップに難なく入れる友人は居るには居るのだが、頼むと恐らく色々と詮索されるだろうことが予想できたので、ヒーロースーツ姿で多少目立ってしまった感は拭えないが一人で買えた事を良しとする。

 渡されている合鍵を使い、セキュリティを解除してドアを開けると、既にこの部屋の住人は帰ってきているらしく、パタパタとリビングからスリッパの軽い足音がして、パーカーにホットパンツ姿の彼女が姿を表した。

「おかえり!来るなら教えてくれたら良かったのに」

「寄っただけだ。食いたいって言ってたろ」

 手に持った紙袋をガサリと鳴らし、目の前に突き出してやる。こういう時の彼女は、お気に入りのおもちゃを渡された子供のように瞳をきらきらと輝かせ、少し低い所から真っ直ぐにこちらを見上げてこう言うのだ。

「いいの?!やった!消太愛してる*」

「はいはい」

「ハイは1回でしょ」

「ハイ」

 真っ直ぐにぶつけられる好意が眩しい。ふざけて言われる言葉でも嬉しく思ってしまう自分を誤魔化すように、頭をぐしゃぐしゃ撫でてやると、上がりなよと手を引かれ、そうしてなし崩しに泊まっていくまでがいつものパターン。

 ある日いつものように、手土産片手にドアを開けると、出迎えてくれた彼女は仕事帰りだったのか随分と引き締まった表情で、ヒーロースーツ姿のままで手土産を受け取っていつものように瞳を輝かせた。

「後で一緒に食べよ!上がって上がって」

「ん。………………今日は言わないんだな」

 手を引く彼女の後を追って、ふわふわと揺れる髪を眺めながら、つい口をついて出たのはそんな言葉で、しまったと思った時には彼女が不思議そうにこちらを見上げていた。

「ん?何を?」

 彼女が指先を掴んだまま振り返り、続く言葉を待っている。真っ直ぐに射抜くような目に捕まって、こうなると逃しては貰えないことを思い出し、早いところ切り上げようと掴まれた指をスルリと解いて、ポケットに突っ込んだ。彼女が名残惜しげに袖を掴んで先を促すように顔を覗き込むので、仕方無しに重い口を開く。

「…いや、いつも土産持って帰ってくるとふざけて言うだろ」

 何かを思い出すように視線が泳ぎ、思い至ってしまったのか目を見開くと袖口から手が離れ、ふわふわと掴みどころなく空中を彷徨わせて彼女が頬を染めた。

「い、いつもお土産あったのってそれでなの?」

「………悪いか」

 こうなってはもうきっと言っては貰えないだろう。一緒に食うんだろと手土産を取り上げて、代わりに手を引きリビングの扉を開けて、無かった事にしてしまえばきっとこの話題は終わり。

 ついと手を引く感触に足を止めて振り返ると、まだ少しだけ頬を染めた彼女と目があった。

「土産が無くても、一言だけ…返してくれたら…いくらでも言うんだけど…」

 ぽつりと呟いた彼女の声は思いの外部屋に響いて、少しだけ寂しそうに見上げる目に言葉が出なくなる。そういえば、俺は彼女に、彼女がしてくれるように言葉を返した事があっただろうか。

 居た堪れなくなって、ぐしゃぐしゃと髪を撫でる。彼女のようには出来ないけれど、一言だけを呟くように告げると、彼女が頭の上に乗った手を掴んだ。

「…はいはい?」

「ハイは1回なんだろ」

 見上げる瞳はどんな土産を渡した時よりも、輝いていて、目元を染める彼女は、そのたった一言に幸せそうにはにかんでハイと呟いた。

 蜜柑もカニもチョコレートも、本当は無くても良かったらしい。こんな俺の一言だけでいいなんて、彼女の愛は随分と安上がりだ。