君と手を繋いで

 人に言うと笑われるけれど、最近オレには夢がある。ちっぽけでなんてこと無い、普通の夢だ。

 大雪に見舞われた道路で、交通整理に追われながら声を張り上げる午後23時。ラジオのゲスト収録を終えた帰り道、スリップ事故の現場に居合わせてしまったが為に交通安全週間のお巡りさんよろしく、路上パフォーマンスをしながら車を誘導し、やっと現場に到着したヒーロー達に情報共有をして指示を出す。

 滑って転んだ怪我人の救護をしているヒーローの中に、見慣れた彼女の後ろ姿を見つけ、今夜は夜勤だったなと頭の中のスケジュール帳を捲る。姿が見られただけでも良しとして、オレは久々に見る彼女に背を向けた。この姿ではいつものように接することなど出来ないのだから。

「マイクさん、お疲れ様でした」

『Thanks!そっちもお疲れ様さん!』

 彼女が声をかけてきたのは誘導を終えて人もまばらになった午前0時。他人行儀なその口調は幾分か新鮮だ。

「もう上がって大丈夫だそうですよ、遅くまでありがとうございました」

 気を付けてお帰りくださいねと頭を下げる彼女に別れを告げて、再び振り始めた雪に傘を差す。

『Anytime!チョー寒いしそっちも気を付けて』

 背後にヒラヒラ手を振り歩く。まばらとは言え人が居る駅までの道のりを、肩を並べて歩くことは結構リスキーだからこれで良い。なんたってヒーローは目立つのだ。こう見えて有名人でもある我が身。彼女を好奇の目で見られたくはなく、出来る事ならメディアや謂れのないゴシップからは守り通したかった。

 彼女も歩くだろう駅までの道のりを、雪を蹴って足場を確保しながらあるく。すれ違った大学生達が「あれプレマじゃね?」なんて囁くのが聞こえて、気をつけて帰れよと手を振った。

 再び後ろではしゃぐ声が聞こえて振り返ると、彼女がさっきの大学生達を見つめて手を降っていた。視線の先には仲良く手を繋いだ二人が、じゃれ合って笑い合い、彼女に向かって手を振り返していた。

 電車を待つ人で賑わいを見せる駅を通り抜け、大通りを目指すと、自分のものではない足音が後を追う。いつの間にか隣に追いついた彼女に合わせて、少しだけ足を緩める。

『タクシーにすんの?』

「…はい」

 タクシー乗り場など見当たらない大通りを、二人肩を並べて交差点に向かって歩く。彼女の指が一瞬だけ手に触れて離れる。

 花びら雪から牡丹雪へと姿を変えたこの六花は、きっとさらに積もるだろう、通りを走っているはずの車は夜の闇と雪のカーテンに隠されてヘッドライトばかりが眩しく、その姿は見えない。すれ違う人影も、大半は足元を見ていてこちらには目もくれない。

 離れていく指先を追って、冷えた彼女の小指を自分の小指で絡め取ると、ためらいがちに彼女が小指を絡め返す。

 酷く不格好な、指を絡めているだけの、繋いでいるとは言えない手。

「いいの?」

『いーの』

 小さな声で問う言葉をそのまま返すと、彼女は絡めた指先を見て幸せそうに目を細め、それを隠すようにマフラーに顔を埋めた。

 人に言うと笑われるけれど、最近オレには夢がある。ちっぽけでなんてこと無い、普通の夢だ。

 彼女と街を歩く。ただそれだけ。

 雪に埋もれた街ではなく、晴れた日の大通りを普通の恋人同士のようにして。