Merry Bad Christmas?
クリスマス・イブを目前にフラれた腹いせにヴィラン化した女性を宥めすかして騒動を収め、黒い涙を流す彼女を警察に引き渡したのは電車もなくなった深夜のこと。やっとの事で解放された頃には空が白み始めていた。
イブにはお互い忙しい身だ。本当ならば一日ずらした前日の今宵、彼のうちでディナーを楽しみ、今頃はベッドで抱き合って眠っているはずだったことを思うとため息しか出てこない。
簡単な経緯は連絡を入れたし、彼もヒーローだから情報はわかってくれている。ただいまと声をかけても、冷え切ったリビングからは返事がない、きっと今夜のクリスマス特番ラジオに向けて眠っているのだろう。
スーツを脱ぎ捨て、普段よりも熱く設定したシャワーを顔から浴びる。メイク落としでぬめる湯を洗い流して、普段より雑に泡立てた髪を洗い流すと、私はシャワーのコックを締めた。湯船で温まりたい気持ちより、今はただ泥のように眠りたかった。
タオルドライしただけの髪をそのままに、寝室の扉をそっと開くと、穏やかな寝息とシーツの波間に流れる金の川。あと数時間したら仕事に向かう彼を起こさぬように、そっと布団の端をめくり、温まりきっていない身体を彼の隣に潜り込ませた。
『ンー…おかえりDarling』
「…ただいま。ごめんねHony」
もぞもぞと抱きしめられ、寝起きの掠れた声が耳元を擽る。起こしてしまったことと、早く帰って来られなかったこと、色々な「ごめん」を込めてハグを1つ。
『謝ンないの。それより怪我は?』
「してないよ。」
腰に回された手はいつもより少し温く、彼の眠りが深かった事を教えてくれる。抱きしめられているので顔は見えないが、少し見上げると彼の形の良い顎が目に入った。いつもは整えられている彼の顎に、普段は見れぬ無精髭が生えていて、物珍しくて手を伸ばして指先で顎をなぞる。
くすぐったかったのか、少し離れてこちらを見下ろす彼は、鮮やかな緑の瞳を細めて眠たげな顔のまま笑った。
『イタズラしてないでイイコは寝んねしな』
All right?と囁かれ、子供を甘やかすように髪を撫でられると、安心感からか瞼が自然と重くなってゆく。暖を求めて擦り寄ると、彼がおでこにキスをして、まだしっとりと濡れている髪を丁寧に指で漉いてくれる。
クリスマスはこれから。
今日の埋め合わせは彼のラジオが終わった後にたっぷりさせてもらおう。