Calling
クリスマスの特番が終われば世間は慌ただしく年の瀬を迎える。そうなるとオレの仕事も年末進行だ。
師匠が走ると書いて師走とはよく言ったもので、教師の仕事もラジオDJも、果てには浮かれたヴィランまでがオフを塗りつぶして行く。
自分で選んだ道だから仕方ないとはいえ、ヒーローだってたまにはオフがないと心が枯れてしまう。この二週間、電話すらままならぬ彼女はどうしてるだろう。今日は確か納会で遅くなるっていってたっけ。
ベッドの上で彼女との会話記録を眺めると、微笑みかける彼女のアイコンと目が合う。無償に恋しくて彼女の名前を指でなぞった時、ふっと画面の表示が変わった。
【Calling....】
『あ』
名前の下にある通話ボタンに触れたらしく、慌てて切断する。草木も眠るような時間だ、いくら彼女と言えど電話はできない。
ホッとしたのも束の間、再び手の中の携帯が表情を変えて鳴動する。表示されているのは彼女の名前。多分起こしてしまったのだろう。
「ひざしさん、どうしたの」
『Sorry!間違えて通話ボタン押した。起こしちまったよなホントゴメン!』
眠そうな彼女の声はかすれていて、今まで眠っていたことを言外に教えてくれる。あくびを噛み殺すような吐息とともに、ふわふわとした夢見心地な声が耳を擽った。
「いいの、声が聞きたかったから嬉しい」
『電話も出来てなくてゴメンな』
謝らないでと彼女が電話の向こうで笑う。微かな衣ずれの音と甘やかな溜息が耳元で聞こえ、目を閉じるとまるで同じベッドに居るような錯覚を覚えた。
「疲れた声してる。大丈夫?」
『あー…チョットお疲れモードかな』
もうちょっとこのままお喋りしようか、と彼女が囁いて、ベッドがキシリと小さく鳴いた。
食いっぱぐれたランチの話、最近はいったADの話、見せたかった綺麗な景色の話。取り留めもなくお互いに言葉の雨を降らせ続けていると、萎れた心が潤っていくのを感じる。
充電して元気になるオレとは裏腹に、段々と彼女のレスポンスがゆっくりになってきたのを感じて、会話をキリの良いところで止めると、彼女が申し訳なさそうに呟いた。
「ひざしさん…ゴメン、寝そう…」
『All right.ありがとな、寝ようか』
Good nightと囁いてサービスでリップ音を一つ。彼女からも可愛くチュっとしてくれないかななんて思っていたら
「…って…切らないで…」
『ん?でも寝るデショ』
電話先の彼女が夢うつつな状態で、「一緒に寝てるみたいで安心するから」というようなことを舌足らずに呟き、そしていま耳元のスピーカーからは、穏やかな彼女の寝息だけが微かに聞こえるのみとなってしまった。
こんなの切れるはずがない
誰も居ないベッドで叫ばぬように悶えると、オレは四角くて冷たい彼女を抱えて眠る事にした。
きっと彼女は憶えていないだろう。