生まれた時は皆こども




もっと航大や惣七の幼少期の写真が見たい、そんなことを言ったのは確か先週のことだろうか。

「というわけでマスター。実家に戻るついでに僕のグリモアールを回収してきたよ」
「グリモアール」

客のいない桜狼亭で惣七の言葉を繰り返す。いったい何がというわけなのか。
惣七の言葉は時々難解で何を言っているかわからなくなる。翻訳を求めて譲彦に視線を送ると静かに首を横に振られた。せめて日本語で喋ってくれと愁や雷蔵が言っていた気がするが概ね同意する。

「僕の美しき幼少期を余すところなく記録した魔術書さ」

なるほど。つまりアルバムか。惣七の取りだしたアルバムは白い表紙のごく普通の、魔術書などというものとは程遠い見た目をしている。少しばかり変色しているのは年期が入っているからだろう。

「はいどうぞ。これを見たら航大を可愛いなんて言えなくなるよ」

惣七はどうやら幼少期の頃どちらが可愛いというのに自分が満場一致で選ばれなかった(誰も選んでいない)のを根に持っていたらしい。

「僕の方が絶対に天使だ。闇を駆ける漆黒の天使……!」
「わざわざ実家に帰ってアルバムを探してくれたんだね。ありがとう」

漢字にカタカナでルビを振り始めたのをそれとなくスルーし、ありがたくアルバムを見せてもらうことにする。
テーブル席に座ってアルバムを開くと気になったのか隣に譲彦が座ってくる。一度見せて貰った画像は幼少期のものだし成長過程が気になるのだろう。
表紙を開くとまず赤ん坊の写真が目にとまった。

「本当に余すところなくなんだねえ」

複雑そうな譲彦がぽつりと呟く。皆の写真はこれから沢山撮ろう。そう言うと譲彦は少し泣きそうになりながらもはにかんだ笑みを見せてくれた。
視線を戻してページを捲る。赤ん坊の写真が何ページか続いた後にやっと少年と呼べるくらいまで成長した惣七の写真が現れた。この前見せてもらった画像より幼い気がする。

「その頃から航大と競わされてね。勿論僕が勝っていたんだけれど」

戦隊系や特撮系とも違うポーズをした少年はカメラに目線を向けて得意げだ。こんな小さい頃からそうだったのか。筋金入りなんだなあと小さく呟いた譲彦に心の中で強く同意する。

「寝言は寝て言え。俺は貴様に負けた覚えなど無い」

地を這うような声が店内に響く。いつの間にか航大も来ていたらしい。普段の三倍以上は不機嫌そうな表情をしてこちらを見下ろしている。

「貴様性懲りも無くまた昔の写真を……」
「いいじゃないか。マスターが見たいって言ってるんだし。それともそんなに見られて恥ずかしいことでもあるの?」

あくまで惣七は航大を宥めるそぶりを見せつつ煽っている。店の中で喧嘩はやめてくれ。テーブルやら椅子やらが壊れる。どうにか止めようと言葉を考えていたが意外なことに航大は舌打ち一つで言い合いを止めてしまった。

「あれ?いいの一色さん。この前はあんなに怒ってたのに」

譲彦がそう問うと航大は普段より三倍増しの眼光で譲彦を睨む。「だ、だよねぇー」と譲彦が茶化すように言っても航大は怒鳴らない。普段の調子ならとっくの昔に爆発しているはずだが。

「おい、主の見たがっていたものだ。こんなものを見て何が楽しいかは理解できんが、主たっての願いとなれば仕方がない」


白いアルバムと対照的な黒いアルバムを航大は差し出した。




同時に見てどちらが可愛いかはっきりさせようとは惣七の言葉だったのだが、その目論見は開幕で頓挫した。

「ねえ一色さん。なんでこのアルバム最初の方のページが真っ白なの?」
「知らんな」
「明らかに子供時代の写真を処分してない?」

航大の持ち寄ったアルバムは不自然に何も貼られていないページがいくつも続いている。しかも最初の方のみだ。中学時代あたりからは規則正しく写真が貼られている。

「そんなに嫌だったのか」
「当たり前だ。誰が好き好んであんな姿を他人に見せたがる?そこの万年厨二病くらいしかいないだろう」

そうでもないような気がするが。桜狼亭にいる皆は写真さえあれば普通に見せてくれそうな。そうは思ったがあえて触れないでおこう。航大の機嫌を無駄に損ねる必要は無い。

「中学校の入学式かー。もうこの頃にはあんなに可愛かった面影はほとんどないね」

ナゴヤの中学校だろうか。そこの校門の前で不機嫌そうな顔をした航大によく似た少年が映っている。今の航大よりも背が低いことと顔立ちがまだ幼いこと以外はもうほとんど今の航大だ。むすっとした可愛らしい少年の面影はそこにない。

「月日の流れは残酷だねえ。顔はまだ可愛げがあったのにそれすらも失われてしまった」

惣七のアルバムを捲り、同時期の写真を探す。だが惣七の入学式の写真は無い。

「……あれ?」
「どうしたのマスター」
「惣七の入学式っていつ?」
「ああ。僕の方が二年早いから。もっと前のページだよ」

そう言って惣七は自分のアルバムをぺらぺらと軽くめくる。そうして目当てのページに辿りつくとほら、と微笑んだ。
いや、それよりも。
譲彦も同じことを思ったのだろう静かに惣七と航大を見比べる。

「ん?どうかしたかい?」
「え、いや、だって。惣七って航大より年上だったの……?」

そもそも惣七の年齢が分かり辛いところがあるから仕方がないのかもしれないが。いや、それでも二つ上?惣七が航大よりも?

「何が言いたい」
「一色さんの方が年上に見えるよなーって」
「ああ。そうだね。航大の方が老け顔だからね」


その一言が引き金となったのか、それとも今までよく我慢をしていた方だったのか。航大はついに手裏剣を惣七に向かって投擲した。寸分狂わず顔面へと向かって飛んだそれを勿論惣七は華麗に避け、結果椅子に手裏剣が三つ突き刺さることとなった。



その後「もっと幼い頃の航大を見たい」と本人に言ってみたところ、「お前の出方次第では数年後に見れるだろう」とよく分からない返しをされた。少なくともあと数年は剥がされた写真を拝むことは出来ないらしい。

perv top next