わからない
出会ったばかりの頃は冷たい目をした人だと思った。
忍で無い自分には正直なところ忍の優劣などというのは分からないが、おそらく彼は自分のことを誰よりも優れた忍であると自負しているのだろう、と。きっと彼にとっては他人はあまり重要な存在ではないのだろうと思った。
実際彼はとても強かったし、戦った時は三人がかりでどうにか倒せたというところであった。石を埋め込まれ強制的に肉体的強化を受けていたというのもあっただろうけれど。
契約をした時はやはり偉そうだと思った。
既に契約をしていた忍達はぶっきらぼうな態度をとられても完全な上から目線の相手なんていなかったからだ。だが別に不快ではなかった。そういう人なのだろうと思ったしなんだかんだでこちらに何か危害を加えたりするわけではない。
そして気付いたのだ。彼は他人を上から見下し使役するタイプの人間ではなく、他人より勝っているがゆえに他人より上の立場にいて他人よりも率先して行動するタイプの人間なのだと。誰かを使うことはあれどそれ以上に自分が多忙な立場にいる。
契約をしてしばらく経った頃、わからなくなった。
他人に厳しい人だと思ったが面倒見は悪くない。主である自分もしっかりしなくてはと思っても彼はそこまでのことを求めてこなかった。自分好みに躾けると言っていたような気がするのだが特に何かをするわけでも要求するわけでもない。頼りない、とは言われた気がするけれど。それでも彼は自分を見捨てたり見限ったりは決してしなかった。
なんだかんだ口喧嘩や軽いでは済まないような殺し合いも惣七としていたような気もするが皆と仲良くしているようだし。俺一人で充分だという態度でも連携は取っている。協調性はあるのだ。
出会った頃よりも人間性が丸くなり過ぎではないだろうか。
ずっと彼のことがわからなかった。自分のことは聞かなければ答えない。寡黙で近寄りがたい、それでも優しくて、こちらのことを気にしてくれている。
なんでもこなして当然のような顔をしている。優秀で、でもちょっと抜けたところも最近見せてくれるようになった。
嫌なことは断固拒否してやってくれない。もうちょっと押したらいけそうな気がしなくもなかったが押したことはなかった。
全部やってもらえばよかったと、今ほど後悔したことは無い。もっと彼のことを知りたかった。なんでも聞いておけばよかった。だって、彼は聞けば大体のことを答えてくれたからだ。
「相手は集団だ。催眠術で広範囲に足止めの可能な俺が残るに越したことは無い」
こんなのはあんまりだろう。治癒と浄化に力を使いすぎて息を切らした自分ではなにも言うことは出来ない。他の三人も同じことを考えたらしく怪訝な顔をしながら敵の攻撃をいなし、排除している。
相手の量はこちらを遙かに上回り、そして倒しても倒してもキリがない。皆も最初のうちはどうにか出来ていたが、戦闘が長引けば長引くほど傷つき疲労し不利になった。包囲を突破しようにも敵の波が押し寄せる。しかも皆には戦闘がろくに出来ない自分という荷物がある。不利も不利だろう。
「おい、それって……」
「これ以上ここで戦っていても埒があくまい。退路は作る。新妻達と合流し主を安全な場所へと避難させろ」
「ここに誉がいてくれたら固有術で解決だもんね。ここにいないことが悔やまれるよ」
「そんな軽く言わないで欲しい。こんな場所に一人で残るなんて無理だ」
無理という言葉を聞いた航大は笑みを漏らした。こんな状況で笑うなんて酷い。怒鳴ろうとすると息がつまって咽込んだ。身体はとっくの昔に限界だと訴えている。
「お前に永遠の忠誠を。この命は契約を結んだ時から既におまえのものだ」
油断をすればへたりこんでしまいそうな自分の頭を航大は軽く撫でた。手つきは酷く優しい。
なんで。やはり声を出そうとしても上手く出ない。
「藤城、はやく主を連れていけ。あとはなんとかする」
「……ああ、わかった。行くぞ」
愁は『おまえはどうすんだよ』とは言わなかった。やめろ、とも。
「どうして」
そんなことを今更。そこまでは言葉にならない。肉体に蓄積された疲労は意識すら持っていってしまいそうだ。
航大が自分に忠節やそういったものを感じて、ずっと尽くしてくれたのなんて分かっていた。優しくしてくれていたのも。一度だって、その気持ちを疑ったことは無い。なのになんで、そんな、まるで今生の別れのように言うのだ。
愁はこっちの身体を抱え、航大が開けた退路から真っ直ぐ走り出した。そのあと何度か術の発動音が聞こえたが、おそらく譲彦と惣七が離脱の際に放ったものだろう。
「譲彦、追手は?」
「来てない。というかさ……」
自分はなんて無力なんだ。耐え切れない疲労と絶望が意識をゆっくりと浸食していく。譲彦の言葉が最後まで聞こえない。
秘術で妖魔を同士討ちさせ、その間に近寄ってきた妖魔から消していく。どれだけ持つかは分からないが時間が稼げれば稼げるほどいい。相手を一匹でも多く葬ればその分主を狙う妖魔が減る。
「本当に傲慢だよねえ航大って」
背後から接近してきた妖魔が射抜かれ倒れ伏す。声と矢から正体など本体を目視しなくとも分かる。
盛大に舌打ちをすれば彼の腐れ縁の幼馴染が彼の得意とする薬を周囲にばらまきながら登場した。敵ごと術で吹き飛ばそうとすればそれは易々と避けられる。無論避けられる程度には加減をしていたが。
「何故残った。貴様がいても弓では足止めには向くまい」
「そりゃあなんでって、僕は別に君が死んでくれても一向に構わないというかその方が清々するんだけど、そうなるとマスターが悲しむだろう?そこまで航大に良い格好をさせるのは気にくわないってだけさ」