ヤマネのリン



近道をしようと裏道を通る。そんな経験は誰にだってあると思う。だから自分は決して責められる立場には無いのだ。自分自身にそう言い聞かせて何度目か分からない曲がり角を右に曲がる。
いったいここはどこなんだろう。裏道を通るつもりがわけのわからない場所へと見事に出てしまった。控え目に言って迷子だ。控え目に言わないと愚か者だろう。

「ど、どうしよう」

ここが慣れ親しんだトウキョウだったらまだしもここは土地勘の無いナゴヤだ。何度か翅文衆との交流も兼ねて訪れたことはあるがまだ片手で足りる回数であって、裏道がどこに通じているのかなどと完全に把握できているわけではない。

「これはまずい。まずここはどこだ」

完全に今まで訪れたことの無い場所に出た挙句、ここに来る過程の道のりはどちらに曲がるかなんて大体の方向を定めてあとは気分だった。おそらくそっちの方向に歩けば大体辿りつくだろうという浅はかな考えをした結果である。気分で決めたことなんて覚えてはいない。しかも一緒に誰かがいるわけではない。
例えば忍の誰かと一緒ならいざという時は使役獣を使うなりして現在位置が簡単に分かるだろう。けれど自分にはそんな頼りになる相棒はいない。銀狼は相棒や使役獣というよりも家族だろう。尚且つこの場にはいない。

「どうしよう……」

とりあえず現在地さえ分かればあとは周辺地図をネットで検索してどうにかなるのではないか。付近を見回して番地やら地名やらを探してみるがそれらしきものは見当たらない。
これは本格的に迷子だ。こうなったら恥を忍んで通りすがりの人に道を尋ねる他無い。
そんな風に腹をくくっていたところ、足元にちょろちょろと動く何かがいることに気付く。

「……?」

ハムスターのようなハムスターとはちょっと違うような、小さな鼠だ。野生ではないことを首にスカーフのように巻かれた布が示している。
その小さな鼠はちょろちょろと足元を走り回った後、自分の靴の上にちょんと乗っかった。
どこかで見た覚えがあるけれど、どこだったか。

「あの、そうされると動けないからどいてくれないか?」

しゃがみ込んで指先で靴の上に乗ったままの鼠をつつくとくすぐったそうに身をよじる。人に慣れているのだろう。怯えたり逃げたりする様子は無い。堂々としている。

「可愛いけど、流石にこのままでいるわけにもいかないなあ」

優しく鼠を包むようにして持ちあげ、静かに端の方におろす。鼠だから下手をすれば手を齧られるのではと考えたけれど杞憂だったようでその子は大人しく静かだった。
鼠が再び靴の上に乗ってこないことを確認してから立ち上がり、歩き出そうとすると今度は鼠が自分の行こうとした道へと走っていった。

「いったいなんだったんだろうあの子」

ともかくこの迷子状態をなんとかしなくては。なんとなく先ほどより足取りは軽い。鼠のおかげだろうか。




「まただ」

分かれ道の前で先ほどの鼠がくるくると走り回っている。まるでこちらに気付くよう小さいなりに必死にアピールしているようだ。こちらがその姿を確認し止まると、道を教えてくれているかのように先に走り出す。

「ううん。いいんだろうか」

可愛いとはいえよくわからない不思議な鼠の案内に素直に従ってよいものか。少し考えるが道を聞けるような相手も現れない。それに悪い気配やそういったものは感じない。

「いざという時は誰かに連絡をしよう」

連絡をするとしたらナゴヤだし航大か。それか時間に余裕がありそうな空だろうか。考え込んでいると足元に鼠がいた。

「あ、ごめんね」

こちらが来るのが遅くて心配したのだろう。歩き出したことを確認すると再び走り出す。小さいから走り回るのはだいぶ疲れそうだ。道案内をしてくれているのなら後で何か餌でもあげよう。餌になるものを持っていた覚えがないけれど。








そうして鼠の道案内のまま歩き続けると見慣れた場所へと辿りついた。そう、本来の目的地だ。
脱迷子した上に誰にも恥を知られていない。完璧だ。

「ありがとう鼠さん。おかげで助かったよ」

しゃがみ込んで今まで案内してくれた鼠を撫でると返事のような鳴き声をくれた。

「しかし賢い鼠だな。ううん、本当にどこかで見たはずなんだけど」

自分が記憶を辿っていると鼠はピク、と身体を反応させ走り出した。

「ああ、いっちゃった」

何処で見たんだろう。というか、ただの鼠にしては賢すぎる気がする。それにまるでこちらが困っているのを知ってわざわざ道案内をしてくれたように見える。目的地だってあの鼠に教えた覚えは無い。

「……」


答えは極めて簡潔で、すぐそこに落ちていたのだ。誰にも恥を知られていない?いいや、そんなことはない。何故なら……。


「主、いい歳をして迷子になるとはどういうことだ。第一理解もしていない裏道を使って変な輩に絡まれたら一体どうするつもりだった」


先ほどの鼠を使役していた主人、航大が呆れた様子でそこに立っていた。可愛らしい鼠は彼の掌に収まっている。

「リン、ご苦労。さて主、何か言いたいことはあるか」

言いたいことなんてそんなものは。

「その子、リンちゃんって言うんだね。可愛い名前だ」

めちゃくちゃ怒られた。

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