未来の話


「その女さあ、『あなたと一緒にまたここに来たいな』なーんて言いやがってさあ」
「ああわかるわかる。それすっげえ期待するよな!」

昼間の喫茶店には似つかわしくないリーマン風の男二人ががやがやと会話をしている。本来この時間帯は女性客が大半なのだが休憩時間なのかはたまた外回りのどさくさにまぎれてサボっているのかは不明だがかれこれ三十分は前からそんな話をずっとしている。盗み聞きは行儀のよい行動ではないがどうやら片方の男が女性に振られたらしい。

「次の話っていうのは本当にずるい。次も一緒に来てくれるっつーことは次の機会まで良い関係でいてくれるってことだもんな」
「それー!それなんだよ!!じゃあもうこんなの勝ち確定にしか見えないし告白するだろ?」
「おう」
「振られたんだなこれがさァ!笑えよォ!」

流石に声が大きい。お客様申し訳ありませんが、と声をかけると振られたらしい男の人はしゅんと小さくなっていた。正直飲み屋でやってほしいところではある。

「次が無いって分かってるんだったらそういうこと言うなよなあ。ずるいんだよ女って」

確かに次が無いと分かっているのに『次も』なんていうのは卑怯な気がする。女性社会の社交辞令は難解だよな、と心の中で同意しておく。




「何をしている」

既に営業時間を終えた桜狼亭で作業をしていると航大が話かけてきた。

「お花見の時の写真、沢山撮ったから整理してるんだ」

テーブルにところ狭しと並べられたのは今年皆で行った花見の写真だ。煌との戦闘を終えてから初めての皆で過ごした季節の催しだったこともあってか皆いつもよりのんびりとして穏やかな時間を過ごせたように思う。

「カメラ三つ分だったかな。それくらい持ち寄ったこともあって現像したら凄い量で」
「それを一人で眺めてしまりの無い表情をしていたわけか」
「いや、愁の作ったお弁当は凄く美味しかったなと」
「おまえはいつも色気より食い気だな」

くっと航大が小さく笑う。じと、とその顔を見つめると「否定できるのか」と返される。出来るわけがない。

「そういえば皆お酒飲んでたよね」

写真の一枚を指差す。桜の木の下で愁と航大と惣七が日本酒を優雅に飲んでいる場面だ。

「そうだな。惣七のやつはワインの方がいいと抜かしていたが」
「雷蔵も飲もうとして怒られていたな」
「あいつはあれで未成年だ」
「飲んでても違和感ないんだけどね」

未成年の飲酒喫煙は禁止されている。誉も一口飲もうとしていたが航大達に叱られていた。

「航大はお酒好き?」
「普段は飲まんな」
「そっか。まぁお酒って飲みすぎると毒にもなるしね」

確かに酒を飲み過ぎて前後不覚になる、なんていうのは航大の許すところではないだろう。常に油断してはいけない、みたいな態度をとっているわけだし。

「主は酒はいける口か?」
「ほどほどなら、ってところ。自慢できるほど強いわけじゃない」
「そうか。それなら今度どこかうまい酒が飲めるところにでも連れて行ってやろう」
「あとお寿司の美味しいところ」

忘れていないぞ、と言外に含めると、航大はまた笑みを漏らした。

「そうだったな。分かった。今度予定を開けておこう」
「やった」

やっぱり食い気だな、と言いたげな航大をスルーして写真整理に戻る。

「圭もよく笑うようになったな。やっぱり同年代がいると良い意味で気が抜けるのかな」
「頭領たるものそう簡単に気を抜いていいものではないと思うが、まぁいいだろう」
「珍しい。いつも通り怒るかと思った」
「この時は特別だ。飴と鞭は使いようだろう」

なるほど。航大もこの時は割と浮かれていたような気がするし(本人に言うと機嫌を損ねるので決して言わないが)そういうことなのだろう。出会った頃に比べて航大はとても寛容というか、甘くなった気がする。

「航大が鞭っていうと前はおっかないなって思ったけど今はそうでもないな」
「ほう?」
「日向や空が航大を慕う気持ちがよくわかったからな。それに最近はだいぶ対応がマイルドになった気がする」
「そうか。飴を与え過ぎたということだな?」

その言葉も照れ隠しだということは一緒にいたからわかる。

「航大も楽しそうだし」

一枚の写真を航大に差し出すと奪い取られる。アルコールが入った愁がやった宴会芸に吹き出す航大が写った写真だ。ちなみに連続シャッターだったらしくあと三枚四枚くらい残っている。

「楽しかったね?」

そう航大に同意を求めると、航大は観念したようで「悪くはなかった」と答えた。出会って間もない頃の航大のことを考えれば充分な返答だろう。


来年も皆で、そう口にしようとした時、ふと昼間の男性客のことを思い出した。

『次が無いって分かってるんだったらそういうこと言うなよなあ。ずるいんだよ女って』

自分の記憶が失われていくことは、自分しか知らないことだ。この先、次の桜が咲くまでどれだけ力を使うかは分からない。もしかしたら来年なんて無いのかもしれない。
そんな状態で来年のことを口にするのは、ずるいことなのではないのだろうか。

「来年もまたこうして騒ぐのも悪くは無いな」

いつ自分が叶わない約束をするのかは分からない。この言葉がとてもずるいことだとしても、それでも叶うのなら皆とずっと一緒に過ごしていきたいという気持ちに嘘偽りは無い。

「うん。来年も皆で花見ができるといいな」

この言葉が嘘になってしまったら航大や皆は私を許してくれるのだろうか。
出来ればその瞬間が一日でも遅くなればいい。そう願わずにはいられなかった。

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