後悔しそうな話
正しいことをしていたい、そう思うのは人間の常だろう。間違った行為よりも正しい行いの方がやっていて気分が良い。
一般的に正しいこと。人助けをすること。奉仕の精神。無償の愛情。
だから自分は正しいと思って、浄化の力を使って他人を助けた。
たとえその行いが近しい人を将来悲しませる結果になったとしても、それが正しい行為だと信じて疑わなかったからだ。
だけど、最近はどうだろうか。
妖魔の発生報告が減ったおかげか力の消費頻度も減り、記憶を無くすことも減ってきたとはいえ、それがゼロになったわけでもなく、消えた記憶が戻ってくるわけでもない。
記憶が消える瞬間は苦痛が伴うわけでも、明確に消えたと自覚症状が出るわけでもない。ただ力を行使した際に確実に大切なものが浸食され、静かに失われるのだ。波にさらわれる砂のように、どこの砂がどれだけ海の底へとつれていかれたのかは誰にだって分からない。分からないけれど確実に記憶は消えていく。
怖くない、と言えば嘘になる。本当はとても怖い。怖くて怖くてたまらない。いつ自分が自分でなくなるのか、じわじわと正気を失っていくような、真綿で首を絞められる感覚。きっといつか自分は何が分からなくなったのかすら分からなくなるのだろうと思うと頭の隅で『そこまでして他人を助ける意味はあるのか』と考えることが無いとは言い切れない。
「後悔したことってある?」
そんなことをずっと考えていたせいだろう。何故こんなことを言い出したのか自分でも分からない。
今更悔やんでも意味などないと言うのに。
「その言い方は今何かを後悔しているように聞こえるが」
「航大は後悔とかと無縁そうだから」
あえて航大の問いには返答しなかった。どう答えても嘘を見破られそうだったからだ。本当であればあまり落ち込んだりしている姿も見せたくは無いので努めて軽い調子で言うのも忘れない。
「それはどういう意味だ」
「言葉の通りだけれど。悪い意味じゃないよ」
「当たり前だ」
ふん、と航大は素っ気なく言葉を切る。こういうところは非常に彼らしいと思う。
「たまに、自分がした選択が正しかったのかなって考える時があって」
落ち込んだ様子を見せないよう、明るく言ったつもりだが無理があったらしい。航大はいつものしかめっ面を更にしかめた。
「間違ったと思っているのか」
「間違ってはいなかったと思う。でも、正しかったかって言われたら頷ける自信がない」
率直な気持ちだった。浄化の力を行使するのは間違いではなかった。そのことで救われた人がきっと沢山いるはずだ。目の前にいる航大だって祈願石を埋め込まれたが浄化の力で今事なきを得ている。
だがもしもこの先自分が記憶を失い倒れた時、皆はその行いが正しかったと言ってくれるのだろうか?
「俺は後悔などしない。第一やり直せるわけでもないだろう」
航大はそう言い切った。非常に強い口調と強い意志を持った目をしていた。
「頭領として後に悔いるような選択をするわけにいくまい。俺一人で済む問題ならまだしも衆に何かあってはことだ」
責任感が強い航大は悔いるような選択をするわけにはいかない。だからこそ判断材料として充分な知識と情報を得て、考え、先を見通し判断する。
「それでも、もしも選んだあとにもしかしたら間違いだったんじゃ、なんて思うことは?」
「無い」
「だよね」
「間違いでなくせばいいだけのことだ」
道理を無理で押し曲げるのか。なるほど、航大らしい。弁護士として良いのかその発言はと思わなくもないが、きっと航大なら間違ったかもしれない場所から真っ直ぐに正しい方向へと歩き出せるだろう。
「うん。そっか、そうだな」
航大の言うとおりだ。間違いでなくせばいい、それだけのことだ。
皆を悲しませる未来、それが訪れることが間違いだというのであれば、その未来がこなければ自分のした選択は何も間違ってはいない。
もしいつかその日が来るとしてもやり直せはしないのだから。