後悔してほしい話



最初に主の不調を訴えたのは加茂だった。加茂がそういったことを言い出すのは別段おかしいことではない。おそらくは主を一歩外に出すことさえも本音を言えば心配で堪らないのだろう。過保護を通り越した依存は見ていて気持ちの良いものではないが、訴えには同意出来た。妖魔との戦いが続いているうえに主は元々一般人で体力も劣る。癒術を使えるのも浄化の力を扱えるのも主のみ。潰れられては困る。いっそ浄化の力など使わせる暇など与えず消滅させてしまえばいいのだろうが。
だが、きっと主はそんなことをすれば怒るのだろう。


「マスターの様子がおかしい」

次にそう訴えたのは新妻だった。普段だらしなく何を考えているのかすら理解しかねる奴ではあるが、普段の気の抜けた声色ではなく至極真面目な様子でそう言った。

「忍は主を持たずに力の行使を続けると力に飲まれて鬼になるよね?」
「当たり前のことを言うな。それがどうした」
「マスターの力の代償って、体力だけかな」

特異な力というものには大体制限や代償がつきものだが主にそういったことを申告された覚えは無い。一見すれば自身の体力を消費するだけにしか見えないが、そんな都合のいい話はあるのか、という話だろう。
なれば一番最初に尋問する相手は決まっている。

「銀狼」

新妻が話始めた後不自然に身体を丸め、狸寝入りを決め込もうとしたのを見逃すはずもない。藤城に抱きかかえられ話の中心に引っ張り出された銀狼は非常に居心地が悪く見える。何かを隠しているのは明らかだ。

「ねえ銀狼。銀狼は桜狼衆の当主のことやご主人様のことに詳しいよね?そうなるとご主人様の使う力についても知っていたって変じゃない。言いたいこと、わかるよね?」

有無を言わさぬ様子で加茂は銀狼に問う。銀狼がまだ犬か狼かも判別のつかない生物だっただけマシだろう。これが人間だったら間違いなく一度は殴られ、その首筋には手裏剣や暗器の類が付きつけられていたに違いない。

「それは言えないぞ」
「言えない」

こんな形で問い詰められるとは夢にも思っていなかったのだろう。この一言だけで銀狼はボロを出した。

「否定はしないんだね?ご主人様に代償があるって話」

はっとしたように銀狼は藤城の腕の中で暴れるがその程度で離すような男ではない。何よりも今は主の安否がかかっている。

「どんな代償があるんだ。それともまた術で口止めされているのか?」
「違う……」

もう誤魔化すこともこの場から逃げることもできないと悟った銀狼は項垂れながら問にゆっくりと答えていく。

「オイラが口止めされたのはカガリにじゃない。……ご主人にだ」

今まで短くない時間を主と過ごした。その期間主は何度力を使ったのか。おそらくこの場にいる全員が同じことを考えたのだろう。
藤城が静かに銀狼を手放した。解放された銀狼は逃げるでもなく藤城の足元で座り込んで首を下げている。
罪悪感があったのだろう。こちらを責める言葉はその口から吐かれない。

「代償ってさ、記憶だったりするの?」
「誉は気付いていたのか?」
「いや気付いてたわけじゃないよ。引っかかってただけ。……そうじゃなければいいな、って思ってたけど」

問に否定はしない。つまりそれが答えということだ。
主は他人を救うために自分の記憶を代償としていた。今まで何度、何人、何匹の妖魔を浄化したのか正確に記憶している者はこの中にいないだろう。記憶するのが馬鹿らしくなるほど力を使った。
それが自分の記憶を失う行為だと、口止めをしている時点で自覚しているのだ。

「もうご主人様に力を使わせられないよ。だって、ただでさえご主人様はただでさえ過去の記憶が無いって言うのに、こんなのって無い」

それはこの場にいる全員の望みだろう。多かれ少なかれこの場にいる忍は主を好いている。どういった意味かなど言うだけ無粋だ。そんな好いた相手が傷つき記憶を失っていくなどというのは認められるものではない。認めるわけがない。
そう思うのは決して間違いではない。けれど自分は結局忍であり、与えられた忍務を遂行するのみだ。だからこそ、こんな言葉が吐けるのだろう。

「本人の意思の問題だろう」
「一色さんはご主人様がこのまま記憶を失っても良いって言うのかよ?!」
「それが主の選択なれば忍として従うだけのことだ。自分がどうなったとしても他人を助けることを選んだのは主だろう」
「オレも反対だな。このままマスターに力を使わせ続けるのはよくないと思う」
「今は妖魔の出現が落ち着いてるけどよ、この先また妖魔の発生が続いたり煌との再戦、なんてことになったら主は絶対に力を使うだろ。誰かが困ってたら手を差し伸べるのが主なんだからよ。それを止める、ってのは無理じゃねえか」
きっと誰が主を止めたところで主は他人を助ける。それは分かりきったことだ。


なら、やるべきことは。




主の後悔をしたことはあるかという問いに肝が冷えた。
まるでその聞き方は自分が後悔をしているようではないか。
後悔をしているなら止めてしまえばいい。何が理由で主が悩んでいるのかなんて言われなくとも分かる。
記憶を失った経験などあるわけが無いためにそれがどんな感覚なのかは理解できない。だが恐怖があることは想像するに容易い。
何かを後悔しているのか、そう主に問う。もし後悔していると答えたのなら誰を害しても、何に反しても、誰を見捨てたとしても力を二度と使わせないつもりだった。だが、そうは答えない。答えるわけがない。
はっきりと「他人を助けたことを後悔している」などという人間であれば今の今まで主として従ってなどいない。

「航大は後悔とかと無縁そうだから」

悔いているのだろうか。自分に問いかけてみる。
主と契約をしたことは後悔などしていない。
では力を使わせたことはどうだ?記憶を失わせたことに後悔は?だがその時点で自分はその事実を知らない。無知は罪ではあるが無知であったことを悔やんでも選択肢が無かった時点で選んだことを悔やむ、というのは違うだろう。どの道主は浄化の力を使っていた。そう断言できる。
もし出会って間もない頃に戻れたら、俺は主に力を使わせるか?
それこそ考えるまでも無く無駄だ。過去に戻れることは無いのだから。
そっか、そうだな。会話の中で主は納得したように頷く。自分はきっと主に悔いて欲しいのだろうと自覚はあった。だけどそれでもう嫌だと投げだすような女を主にした覚えは無い。だから目の前の主はこの先も俺だけを頼るなんて真似はしないだろう。

「考えは纏まったか」
「うん。おかげ様で。ありがとう航大」
「おまえの頭のつくりなどたかが知れている。考えすぎないことだ」
「ひどいなあ」
「おまえの考えきれないこと、覚えきれないことは代わりに覚えてやってもいい。だから落ち込むな」

ぴた、と主の動きが止まる。知られていたとは思わなかったのだろう。

「航大、あの」
「おまえが忘れた分くらい覚えていてやる。せいぜいやりたいようにやればいい。おまえは主なのだから、胸を張っていろ」

俺を忘れることに後悔しろ。その程度のことすら言えない自分に自嘲的な笑みが漏れた。

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