どうしたらいい?(どうもしない)
「航大が好きなんだがどうすればいいと思う」
そう言ったら譲彦はカップからコーヒーを盛大にぶちまけ、愁は持っていた皿を落として割った。
「えっ」
「航大が好きなんだが」
「主待て。せめて譲彦の為に待ってやれ」
「ちなみにそれはどういう意味で?」
「恋愛的な意味かな」
そう言うと譲彦の表情が一瞬消えた気がするがすぐに元の柔和な笑みを浮かべ、そうなんだーと軽い返事をしてくれた。気のせいのようだ。
「一色さんのどこが好きなの?」
布巾でコーヒーを拭きながら譲彦がこちらに問う。
「自分で傷抉るようなことすんなよおまえ……」
砕けた皿の破片を拾いながら愁が溜息をつく。誰が何の傷を抉ったのか。よく分からないがそっとしておこう。
「愁さん勘違いしてるみたいだけど、オレ全然傷とか抉ってないよ」
「そうか?自殺行為に見えるけどよ」
「オレはご主人様に愛されたいしオレだけを愛して欲しいって思ってるけど、でも一番欲しいものはご主人様がくれたからいいんだ」
「お、おう……」
「ご主人様にとっての特別っていうのは一人だけじゃないけれど、オレが特別なのはこの先絶対変わらない。心配をかけたら叱ってくれるし、頑張ったら褒めてくれる。愛してくれるからいいんだ。ね?ご主人様?」
「うん?うん」
「そこに疑問符つけてやるなよ」
二人が何を言いたいかいまいちよく分からないが譲彦を特別に思っているのは事実なので頷いておく。譲彦も圭も愁も皆特別だ。もう家族のようなものだろう。
「それでご主人様、一色さんのどこが好きなの?」
「どこ、どこかぁ」
心底解せないといった様子で再び愁はため息をついた。
「顔」
譲彦が持っていた布巾を落とし、愁は皿の破片を握りつぶした。二人ともどうしたのか、怪我は無いかと言うと静かに首を横に振って平気だと言葉無く返事をされる。
「オレご主人様からそんな言葉聞きたくなかった……!」
「顔って、おまえな……」
二人に明らかにそれはちょっと、という反応をされ溜まらず言い訳をする。
「いや違うんだ。顔が好みだっただけで好きになったんじゃなくて、とっかかりみたいな。顔だけだったらちょっと他の人より見ている時間が気持ち長いくらいだろう」
「顔だったらオレだって負けてないと思うんだけど」
「譲彦も男前だけど、格好いいと思うより先に可愛いって感じてしまうんだよな。表情のせい?」
「そんなの不条理だー!」
譲彦の笑顔は笑顔で好きだとフォローすると「ご主人様のそういうところきらい」と言われた。項垂れるとすぐに「嘘だよ!嘘!」と言ってきたので譲彦は本当に良いやつだと思う。
「で、主はどうしたいんだ?航大と付き合いたいってのか?」
「え、いや、そうじゃない」
「そうじゃないんだ……」
そういうことではない。そもそも忍と主が恋愛関係となるのはあまり歓迎されたことではないのではと思う。航大にしてみれば『余所の風習など関係無い』で終わってしまうのだろうけど。
しかしそんなことも本当の理由からしてみれば些細なことだろう。
「なんていうかそういう雰囲気の航大はあんまり得意じゃない」
「ひでえ言われ様だな」
「一色さんちょっと可哀想だね」
「いやでもそういう態度の航大の扱いは正直困る」
「酷い」
「想像したくねえけど、あれだろ?主と契約したばっかのアイツみたいなのは無理ってことだろ?」
「そうなんだよ。そういう航大だったら別に好きになってないんだよ」
「一色さんだいぶ可哀想に思えてきた」
出会ったばかりの航大は態度が尊大なうえに躾けてやろうなどと問題発言がそれなりにあった。当時はワァと思ってスルーしていたが、今ではそんな発言はほとんどない。
昔の彼はどこに行ってしまったのか。むしろそんな彼が偽物だったのか。
「なに、ご主人様ギャップでやられたの?」
「いやだってあんなに面倒見がいい人だとは誰も思わなかったと思う」
「わかるけどよ」
「一色さんがすごく可哀想に思えてきた」
「だけど恋愛関係になったらあの航大が戻ってくると思うとそれはお断り願いたい」
「なるほど」
「身も蓋もねえな」
所有物扱いされたいわけではないし、逆にしたいわけでもない。航大のことはとても好きだと思うが今の関係性が一番だと思っている。
だからこそ。
「最近航大との距離が近いんだ。どうすればいいと思う」
「どうもしねえだろ」
「航大のことはとても好きだし恋愛的な意味でも好ましいと思ってるんだけど恋愛関係になりたくはない」
「一色さんがとても可哀想に思えてきた」
「バッサリいったな」
ふぅ、と愁が何度目か分からない溜息をつく。
「じゃあそういう態度をとればいいだろ。明らかに脈が無いって分かればそのうち諦め……ればいいな」
「凄く好きだから普通に優しい態度になりそうになるんだけど恋愛関係になられると困るから冷たい態度になる」
「え、っと?」
「結果普段通りに」
「なるほど」
「一色さんが可哀想に思えてきた」
譲彦が何度目か分からない発言をする。何が可哀想なのか。確かに好きだが恋愛関係にはなりたくない、と思われている点は非常に申し訳ないと思っているけれども。
「何の話をしている」
噂をすればなんとやらだ。仕事の終わったらしい航大が桜狼亭へと帰還した。
「え、えーと」
「航大お疲れ様」
「貴様に哀れまれる覚えは無い」
譲彦の言葉が聞こえていたのだろう。航大の機嫌は非常に悪い。
「この前一色さんが女の子に囲まれてたって話かな……」
「そんなことか」
「航大は弁護士だし、女の子に囲まれない方がおかしいと思う」
「有象無象の輩に興味は無い」
「そっか。ちょっともったいないな」
「どこがだ。迷惑なだけだ。喧しい女は好かん」
航大は平然と自分の隣に座る。それが当然のことであるらしく少しも気にした様子は無い。
「嫉妬しているのか」
「嫉妬?なんで?」
「……」
「やっぱり一色さん可哀想だと思うんだけど」
「いたたまれねえ」
「貴様ら、死にたいのか」
「店内で暴れるのは止めてほしい」