治療だから
!治療行為と称してのお触り(実際治療はしている)があります
傷口に触れると淡い光が放たれ、小さい声が漏れる。そして光が消える頃には傷は跡形もなく消え去っている。傷痕すら見当たらない。もう見慣れてはしまったが、普通ではありえないことだなんてぼんやりと考える。現代医学を相当馬鹿にしている。いやまぁ現代なんとかについては忍や秘術とかそういった時点で全て意味がないような気もするけれど。
成人した男を下着一枚に剥いて、こちらは服を少しも乱さずに一方的に触れている。行いを言語化すると極めて不道徳だ。だが今行っているのは治療行為であり、そういったいかがわしさや退廃的な意味を持たない。持ってはいけない。目の前の男性の傷は全て自分の命令を受けて戦った結果負ったものだ。
目に見える治療自体に時間はかからないが、桜狼亭での治療は服の下に受けた傷も全て治療する意味がある為に多少の時間をとる。壁に叩きつけられた際などに内蔵や骨に、つまり目には見えない怪我をしている場合がある。そういったものを治療するのだ。下着一枚の状態にするのは申し訳ないけれど傷を次の戦闘に持ち越すよりはよほどいい。
ほとんどが小さな傷だけど、中には浅く無い傷もある。そんな傷に触れると航大は小さく声を漏らす。それが痛みからくるものなのか、快感からくるものかはわからない。
治療術式のメカニズムは正直なところよく分からないが、傷に触れた時、つまり治療の時非情に気持ちが良いらしい。こちらとしては特に何も感じず、あえていうのであれば多少の疲労感があるだけなので理解は出来ないのだが。
「他に傷は?」
見た限りの傷に全て触れ終わった後、確認の為に問う。自分の身体のことは航大自身が知るところだろう。
「問題無い」
そう航大は頷くとふぅと一度息を吐いた。痛みとは別の意味でおそらく体力を使うのだろう。
下着一枚の身体には真新しい傷は見当たらない。術式は終わりの意を汲み取った航大は静かに畳まれた服に手を伸ばす。伸ばして、途中で何かに気がついたのか止まった。
「どうした?」
「主こそどうした。俺に見とれたか」
航大に指摘されて初めて気付く。そういえば治療が終わったのにずっと航大のことを見ていた。
男性の肉体を見ることについては治療をするようになってから相当慣れてしまったし、今更よこしまな感情を抱くことは無い。感情を抱く性別が逆な気もするが無いものは無い。
けれど航大を見つめていたことは事実だ。何故だろうか、と自分自身に問いかける。そういえば、自分は治癒術式以外で異性の無防備な肉体に触れたことはないな、と気付く。
純粋な興味だろう。けれど素直に白状して許されることではない。不埒で道徳に反している。それでも不埒な感情は一握りだってない。
自分の興味と好奇心を満たすため、浅ましい嘘をつくことにした。
「見えない傷があるかもしれないから続けよう。航大は無理をするから」
一瞬何を言われたのか理解できなかったのか航大は呆けた表情をした。それから、笑った。
「治療であれば仕方ないな」
浅ましい嘘を見透かした言葉だった。
術式をする際は少し触れる程度で留めている行為を興味のまま、掌全てでゆっくりと触れた。女の身体とは違ってやや骨ばっている気がする。胴体を守って傷を負っていた腕には怪我をした形跡すら残っていない。先ほどあった戦闘がまるで嘘のようだ。つ、とそのまま撫でるように下へと移動させると航大は息を漏らした。くすぐったかったのか、あるいは航大自身も自覚していなかった傷があったのかは分からない。
「痛かった?」
「違う」
「そうか」
安心しつつ、次に胴体部へと手を移動させる。引き締まった肉体にも普段触れるのは一瞬だけだ。こんな部位に触れるのは、おそらく医者かあるいは海やプールなどそういった場所、それかそういう行為の時以外そうそうあるものではない。
弛んだ贅肉などどこにも見当たらないが、触れてみると存外柔らかい。おそらく力を抜いているのだろうが、肌は柔らかく、そしてよく見ると細かな傷痕が残っている。契約をする前についた傷、おそらく昔の修行の際についた傷ではないかと推測する。
新しい玩具を見つけた子供のように彼の肉体に夢中になっていると、ふと航大がこちらを見つめていることに気付く。それはそうだろう。一応『治療をしている』という名目なのだから。治療の際に目を逸らす忍とこっちの作業をじっと見つめている忍がいるが航大は後者だ。
「痛くない?」
「問題無い」
「そう」
引き締まった腹筋から左胸へと手を進める。心臓の鼓動が掌に通じる。当たり前ではあるが航大は自分と同じ人間で、生命体であり生きている。
少し心臓の鼓動が速い。緊張しているのか、元々テンポが速いのか。先ほど目があった航大には緊張した様子は見受けられなかった。おそらくこちらも後者だろう。
明らかに治療ではない。それでも航大は黙ってこちらのされるがままになっている。怒るわけでも、何かを問うわけでもない。こちらから問われれば返事をするがそれだけだ。
なら、それに甘えよう。人体急所でもある首に触れると流石に航大は一瞬身体を震わせる。大丈夫かと問えば問題無いと即答された。親指でなぞるように喉仏に触れる。女にも器官として備わっているらしいがこんな風に大きく隆起することはない。
攻撃を受ければ危険な首はそれこそ普段触れることは無い。こんな場所に怪我をすればひとたまりもないからだ。そのことは航大も良く分かっているだろうが何も咎めはしない。
最後に手は顔に辿りつく。頬は皆よくかすり傷を作るので触れる機会は多い。惣七などは顔に傷が出来ることを酷く嫌がるのだけれど。頬を包み込むように掌で触れる。まるで恋人にする行いだ。
「気は済んだか?」
航大がついに自分から口を開いた。こちらが少し上から見下ろすような状態になったのが癪に障ったのだろうか。
「まだ」
まだ興味は尽きていない。ふと、航大の口元に一つ傷が残っていたことに気付く。おそらく何らかの攻撃を受けた際、口の端を切ってしまったが乱暴にぬぐってそのままにしていたのだろう。
そういえば、手以外で触れるとどうなるのだろう。知ってみたい。
純粋な興味と好奇心で彼の傷に口づける。淡い光が放たれ、傷が見る見ると癒えてゆく。
「……ッ!」
「痛かった?」
指で傷口のあった場所をなぞると、ついに手を掴まれる。流石に度が過ぎたらしい。
「どういうつもりだ」
「治療だから」
治療であれば仕方ないよね?その言葉に航大はどう返すのだろうか。
もっと触れてみたい。まだ興味は尽きてはいなかった。