友好、一色航大




初対面の時からこんな状態までよくこれたものだな、と自分でも思う。冷徹で他人が自分に踏み込むことを許さなさそうに見えた人間と他愛も無い会話をするまでに至ったのだから。

「使役獣がほしい」
「銀狼がいるだろう」
「銀狼は家族だしもっと強そうなのがいい」

抑揚の無い淡々とした口調はいっそ心地よい。その目はこちらをとらえないが一応は非常にどうでもいい話に耳を傾けてはくれるらしい。

「そもそも使役獣と簡単に言うが、あれは幼い頃から共に特別な訓練を受けたからこそ命令を忠実にこなせるようになる。そう簡単にどうこうできることではない」
「なるほど」
「諦めろ」

ぐったりとテーブルに突っ伏しても航大は何も言わない。どうせ一日の終わりに掃除をするのは自分だからだ。

「じゃあ航大に頼もう」
「何をだ」
「客引き」

小さな動物で大道芸でもやれば人の目は引けるだろう。我ながら中々良いアイデアだ。だが航大に頼んでもどうせ返事は予想できる。顔を起こして航大を見ると相変わらずハードカバーの本に視線を落としていてこっちには一瞥もくれていない。

「断る」
「言われると思った」
「何故俺が使役獣を使って客引きなどせねばならん。却下だ却下。そういうのは加茂にでもやらせておけ」

なんでもかんでも譲彦にやらせればいいってものではない。だけど実際譲彦なら客引きも余裕だろう。大道芸とかやらなくともチラシを配るか店の前で試食を持って立っているだけで多分余裕だ。

「譲彦は駄目だよ」
「ほう。理由は」
「客じゃないやつがやってくる」

長時間コーヒー一杯で粘った挙句譲彦に声をかけてしつこく個人情報を聞き出そうとする輩は客ではない。それを注意したら客をないがしろに云々と言ってくるやつも客ではない。
ついでに性質の悪い週刊誌の記者も客ではない。

「あいつらは自分を神か何かだと勘違いしている……」
「だろうな」
「私も神になりたい……」
「気でも狂ったか」
「神になりたい……!」
「二度言うな」

きっと出会って間もない頃の航大ならしれっと無視していたであろう発言も今では丁寧に拾って一応返事をしてくれる。返事の内容の鋭さも航大ならでは、ということで気にしない。

「神になったら」
「まだ続けるのか」
「まず駅前に出来たライバル店舗を潰す」
「主が他人を蹴落とす類の話をするのは珍しいな?」
「常連さんが凄い褒めてて」
「ほぉ」
「誰よその女ってこういうことかと」
「どうしてそうなる」
「リンってだれよその女」
「何の話だ」

読書の邪魔だろうに航大は黙れとも言わない。彼の読んでいる本はハードカバーで表紙には筆記体の何語かよく分からないタイトルが刻まれている。おそらく内容は日本語ではない。内容も大方非常に難解なものだろう。少なくとも自分は文字も相まって読めない。
こんなくだらない会話の相手をしながら読書に集中出来ているのだろうか。まぁ文句を言われていないのだから問題は無いのだろう。筆記体のタイトルをもう一度確認するがやはり読めない。最初の文字は何なんだ。そもそも英語のつもりで解読しようとしたが英語ですらないように見える。


「とても疲れている」
「そうだろうな。疲れていなければ神になりたいなどとは抜かさん。惣七でもない限りな」
「接客業は闇だ」
「疲れているなら休め。無理をするな」
「航大の優しさが沁みる……好きになってしまう……」
「適当なことを言う元気があるのなら問題ないな」
「照れてる?」
「催眠術で意識を落としてやってもいいぞ」
「あっ違うな。ごめんな」

調子に乗りすぎたようだ。けれど本当に落とそうと笛を取りださないあたりは地雷は踏んでないしこの会話も許されている。
あの航大が、だ。なんだか楽しくなって笑ってしまう。

「ふふっ」
「何がおかしい」
「航大とこうしてくだらない話が出来るのが、いいなあって」
「そんなことか」
「そんなことって言うけど、航大は他人とあまり話す方じゃないし、こういうのも本当は好きじゃないだろう?それでも好きじゃないことにわざわざ付き合ってくれて、まぁ悪くない、みたいな態度をしてくれるって凄い貴重なことだ」

そんなこと、と切って捨てられるようなどうでもいいことに付き合ってくれているのが嬉しい。こうして些細な時間を一緒に息をするように当たり前の感覚で過ごせているのがとても喜ばしい。

「主が望むというならそれくらい、いくらでもしてやろう」
「本当?そのうち意識が飛びそうなんだけど」
「そうなったら寝かせておいてやる。なんならベッドまで運んでやろうか?」
「テーブルって結構寝心地いいよな。すごい。まるで吸い込まれるようだ」


こんなくだらない会話をいつまでも続けていたいと思うのは最大級のわがままだろう。
でも航大が許してくれる限りは。そうして何も考えずに思いついた言葉を吐き出すのだ。

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