小説のようには
※主人公が一般人モブと結婚する
※悲恋
「とても似合っている。凄いな航大」
こちらが褒める前に主である女はそう言った。特別な格好をしているわけではない。ただのよくある礼装だ。値だけで言えば安物では無いが今この場で褒められるべきは自分ではない。
「お前の言うことか」
主を褒めようと思った言葉は主自身の言葉によって消され、結果口から出たのは呆れ混じりの言葉だ。今日この日に相応しいモノだとは到底自分でも思えない。
思えば、最初は契約などする気は無かった。桜狼衆の当主だからと言って契約するに足る人間だとは思えなかったうえ、元々は一般人で過去の記憶も無いと言う。そもそも桜狼衆という慣れ合いの多い集団が気にくわない。他者には無い能力を持っていてはいても持った本人があれでは宝の持ち腐れというものだと切って捨てていた。はずだった。
それがどうだろうか。今では目の前の主を第一に考える自分がいる。それは決して否定できるものではない。主に対する忠誠心だけがおそらくそうさせているのではないというのも理解できている。
愚かしいことだ。そんな感情が無ければ目の前の主へもっとましな言葉を伝えられたのだろう。
「似合っている」
月並みなその言葉が限界だった。他の連中が飽きるほどに言っただろう言葉を受けても主は嬉しそうに微笑む。そういう女だった。少なくとも自分は切って捨てる言葉を無駄に評価し、笑うのだ。
「航大にそう言って貰えると嬉しいな。お世辞じゃないんだなって自信が持てる」
「俺が保証してやる。とても、似合っている」
別の言葉を言おうとしてもやはりそれしか出てこない。今まで経験したことのない現象だった。発言に詰まり、困ることなど今まで経験した覚えがない。原因は全てこの愚かしい感情のせいなのだろう。
歯の浮くような台詞を主が観念するまで吐いてやりたい。頬を染めて潤んだ瞳で制止の言葉をかける主の口を塞いでやりたい。
そう、したかった。
純白のウェディングドレスは主が今日婚姻を上げることを意味している。対する自分はタキシードではない。主の選んだ男は自分ではない。
「航大のそういう格好、初めて見た。スーツ姿も見たこと無かったし、新鮮だな」
「スーツはいつも仕事で着ている。俺の仕事をなんだと思っているんだ」
「弁護士」
きっと、と想像をする。きっとこの誰にでも優しい主は選んだ男の前では違う表情を見せるのだろう。ドレスの下の肌を男に暴かれるのだろう。
考えたことを酷く後悔した。どう悔やんだところで何かできるわけではない。悔いはあっただろうかと自分に問う。もっと強引に踏み込めば主は自分を選んだのか?そんなことは無いだろう。事実、主が選んだのは他の忍ではなく、忍に一度思い切り殴られれば木端のように飛んでいきそうな一般人だ。主は争いと無縁な人間を無意識に惹かれたのだろう。
式の前に花嫁が知り合いの男と長時間二人きり、というのは体裁が悪い。そろそろ戻らなくては。
そう告げようとした時に主がこちらをじっと見つめて、口を開く。一瞬時間が止まったようだった。
「わたしをつれてにげて」
全てが夢のようだ。恋い慕う女、望まぬ結婚式、そして一緒に逃げてと言う懇願。どこかで似た内容の小説を読んだ覚えがあった。
なんて自分に都合が良すぎる夢だろうか。主の望みを叶えるという名目もある。後からどうにでも出来る自信だってあった。
白昼夢のように聞こえた言葉は、愚かしい感情を逆なでするには充分すぎる。手を伸ばし、主を抱きかかえ、そのままどこかに。
だが、これは夢ではない。現実だ。
現実の主は誰にでも優しく、非常に鈍感で、そして残酷だと、自分はよく知っている。
「なんて、そんな映画あったなあって。そのシーンしか見なかったから内容が分からないんだけど」
知らぬうちに他人に愚かな感情を植え付け、その優しさで水をやり増長させ、無神経な一言で逆撫でる。
「なんで逃げるんだろう。政略結婚とか?」
「知らん。俺に聞くな」
そろそろ戻るの意を込めて主に背を向ける。顔を見られては全てが台無しだ。愚かなことに主はこの感情に欠片も気付いてはいない。気付いていて、あんな言葉を吐けるような人間ではない。
「ああ、そうだ。離婚する際は言え。力になってやろう」
「しない!」
嫌味を最後に部屋を後にする。誰かが部屋の前で待機しているかと思ったが幸いなことに誰もいない。
胸を掻き毟り叫び出したくなるような激情は胸の中で未だに燻っている。愚かしいと口では幾らでも切って捨ててしまえる感情は思った以上に根深く、すぐに消えそうにはない。