ずっと何かを探してる

遊園地が早すぎるクリスマスイベントを開催し始めた頃、私はアルバイトから一足飛びで店長代理に出世をした。原因は店長のぎっくり腰とそれが発端となった慰安旅行だ。
秋から冬へと季節が移る頃、店の少しばかり古いコーヒーメーカーが不調を訴えた。そこで店長は伝手を頼って中古のコーヒーメーカーを譲ってもらうことにしたのだが、無理にひとりで運ぼうとした結果見事に腰をやってしまった。手伝うとは言ったのだが「女の子に力仕事をさせるわけにはいかないよ」などと断られたということもある。
そうして店長が店に出れない間、他にアルバイトもしておらず時間に余裕があった私が店を任されることになった、というまでは自然な流れだと思う。仕事は真面目にこなしていたし、急なシフト変更に文句を言った覚えも無い。良い評価をされていても別におかしくないだろう。
問題は店長の腰の調子が良くなり始めてからだ。つい先週のことだが、突然「療養も兼ねてキョウトの友人のところに行ってくるよ」と言われ、仕入れ先の人に事前に話も通されているという事件が発生した。先にこちらに言っておいて欲しい。
キョウトは美しい場所で、観光する場所も沢山あるのだと店長は出発前に嬉しそうに言っていたのは記憶に新しい。とくに移ろう季節がとても美しいそうだよ、と友人から届いたらしい葉書を見せてもらったが、事実その葉書に描かれた紅葉は美しかった。不思議なのはその話を聞いた時、何故か一緒にクレープを食べた名前も知らない少年が思い出されたことだろう。



店を任されるのは大変か、と言われればそうでもない。
元々細々とやっている小さな喫茶店で、立地が恵まれているわけでもなく、コーヒーはおいしいけれどどこかの雑誌やテレビで大きく宣伝されたわけではない。
結局応対するお客はひとりでもどうにか捌けるくらいしか来ないし、それも一日のうち二度あるかないかくらいだ。元々店長が店を任せて近所の友人と談笑に出かけてしまう、というのも珍しくは無かったし、ひとりで店番は慣れている。

不意にドアが開き、冷たい風が店内に吹き込んだ。来店したのは髪と肌の色素が薄く、それを打ち消すような真っ赤なジャケットを身に付けた男性だった。男性は一も二も無くこちらの目の前に立つと、周りをきょろきょろと見渡した。

「あ、あー……」

こちらを見つめながら男性は何かを言おうとして、言葉に詰まる。そうして気まずそうに頭を掻いた。

「どうかされましたか?」

そう尋ねると男性は何度か「あー」とか「おう」とか繰り返したあと、こちらに問うた。

「おまえ一人しかいねえのか?」
「店長に用事ですか?店長は今旅行に行ってしまって」
「他に店員は?」
「いませんが」

そう告げると男性は一度舌打ちをした後、近くの席に乱暴に腰かけた。

「ええと、注文が決まり次第……」
「不用心だなァ。女ひとりでこんな店に出て、万が一強盗にでも入られたらどうすんだよ」
「いや一応防犯アイテムはその辺にありますし、いざという時は通報できるようにもなってるので」

色素の薄い男性は非常に柄が悪かった。テーブルに肘をついてこちらをじっと見つめてきても正直ガンを飛ばしているのではないかと最初は勘違いをしたし、執拗に他の店員はいないのかと聞いた時も強盗か何かなのかと考えもした。だがこの人はもうそんなことはしない、と何故か確信があった。よく感じる変な確信だ。
言葉を遮られたがおそらくどうすれば店員が来るくらいはこの人だって分かるだろうとカウンターの裏へと戻る。男性は席についてからメニューを開こうとせず、こちらをずっと見ていた。

「おい」

男性はベルを押さず、乱暴な呼び方でこちらを呼んだ。

「ご注文は」
「おまえのおすすめは」
「は?」
「お勧めくらいあんだろ」
「えーっと……」

メニュー立てからメニューを取ることもしない男性に代わってメニューを手に取る。一応写真のついたそれをテーブルに開いてから「食べれないものとかありますか?」と聞けば「ねえな」とだけ返事があった。

「ナポリタンかハヤシライスなんですが」
「てめえが食いたいのは」
「私ですか?私はー……そうだな、もうさっきサンドイッチ食べちゃったからデザートだけでいいかな」
「じゃあそれでいい」

デザートの種類すら聞かず、男性はそう答えた。勿論男性はメニューを見た形跡はないし見るつもりもないようだ。一体何のために店に来たのか分からない。いっそこれで連絡先でも聞いてきたり必要以上にべたべたと触ってくるのなら悪質なナンパなのだが、男性は終始乱暴な口調でそういった雰囲気は無い。かといって不審な動きもしていないから強盗でも無い。

「てめえの好きでいい。とっとと作れ」

何のために喫茶店に来たのか。半分口から出かけた言葉を飲み込んだ。



オーダーの通りにこちらの好きに用意し、テーブルに置くと意外にも男性は文句を言わなかった。「こんなもん食えるか」「テメェはオレがんなもん食うと思ったのか」等という何故か予想出来た暴言は一つも飛んでこなかった。

「いただきます」

男性がフルーツの沢山乗ったタルト生地を手で掴んで齧りつくと三分の一が口の中へと消えた。口にあわなかった、ということは無かったようで味わうようにゆっくりと咀嚼をしているのが見て取れる。果物系なら男性にもそこまでウケが悪くないだろう、と予想したが外しはしなかったようだ。
あっという間にタルト一切れは男性の口の中へと消え、男性は口元を指で拭うと満足そうに息を吐いた。

「ごっそさん」
「足りませんか?」
「いいや、充分だ。久々に食ったしなァ」

確かに男性は眼光は鋭いし口調は乱暴だしで店で甘いものを頼むようなイメージではない。むしろ喫煙席で煙草を吸いながら新聞なり端末なりを見ている方がよほど外見的なイメージに合う。

「あれ、おまえが作ったんだろ?」
「タルトですか?ええ。今は店長がいないので」
「だよなァ」

不思議と彼は満足そうに微笑んだ。その時、男性の頬に鱗のような模様があるのに気付いた。今まで男性の顔を見て会話をしていたのにも関わらず気付かなかったなんて不思議だ。模様ではなく、爬虫類の、まるで蛇のような鱗が見える。そんな馬鹿なことあるわけがないと目を擦ると男性の頬からそれは消えていた。

「おいどうした?」
「いえ、何も」

そう、何も無い。何かに化かされたような気分になったがそんなことはこの男性には知る由も無いことだ。何処からどう見ても男性は普通の人間だ。

「お済の皿、お下げしますね」

皿を下げて厨房に戻ると、まず周りを見渡し、自分の目が正しく機能しているかを確認した。包丁もまな板もお玉もフライパンも正しく認識できている。鍋に至っては何の用途で使用するかまできちんと理解できた。
ではさっき見たものはただの幻覚に違いない、そう首を横に振って瞼の裏に残った光景を振り払った。

「よし」

一度両手で頬を叩き、気合を入れてからカウンターに戻る。サービスで男性にコーヒーを出そうと思いながら席を見ると既に男性はそこにいなかった。

タルト一切れには過ぎた金額の紙幣が一枚、テーブルに残っていた。

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