いるだけでいい


突然ではあるが桜狼衆にはMVP制度というものがある。MVPという文字通り、何か事件が起こった際にその解決に尽力し活躍した忍にご褒美をあげよう、という制度だ。
譲彦が「ご褒美ちょうだい?」と軽く言ってきたのが始まりで、それなら他の忍にもしなければ不平等ではないかと思い、最終的には頑張った全員に与えられるようになってきた。誰かを選ばない時点でそれはMVPではないというのは禁句だ。
ご褒美、というのは基本的に主である自分に出来ること、そして周りの忍大半から反対されるようなものでなければ大体許可される。たとえば誉の「一緒にゲームして?」や「一緒にごろごろしてよう」などは問題なく許可されたが、惣七の「モデルになってほしい」は惣七以外の満場一致で却下された。




そして今回は航大の番だったのだが、彼のお願いというのがとても意外なものだった。

「そこに座っているだけでいい」

それだけ?と聞きたくなったが航大の近くの席に座ると「それでいい」と言われる。
航大に何かされるようであれば気をつけろ、防犯ブザーを持っておいていざという時は使え、その他諸々を他の忍達に言われていたがなんというか、要求が非常に軽い。頭を撫でろよりも簡単で労力を使わない要求だ。
契約をした際に「俺好みに躾けてやろう」などと言っていた人間がする願いだとは正直思えない。

「他に何かしなくてもいいのか?」

これで本当に済むとは思わず、つい航大に尋ねる。だが航大はこちらの予想を裏切り何も要求はしてこない。

「何か個人的にしたいことでもあるというのなら構わんが、無いなら大人しくしていろ」
「わかった」

よくは分からないがこれが褒美になるというのであればそれでいいだろう。頷くと航大は少しだけ表情を緩ませた。本当に航大はこれだけで済ませるつもりらしい。
話し相手にでもなればいいのかと思ったが航大は仕事の書類であろうものに目を通すだけで、自分は何をするでもない。完全な手持ち無沙汰だ。

「迷惑だった?」
「なにがだ」
「自分のできることで日ごろのお礼が出来たら、と思ったんだけど、もしかしたらそういうのが鬱陶しかったり迷惑だったりしたのかと」

傲慢な態度を取りがちな航大ではあるが、その傲慢さは自分の能力を理解しているからこそであり、忍としての能力だけでなく人間としてのスペックも極めて高い。
そんな航大に自分がわざわざ何かしなくとも、何か望みがあるのであれば自力で叶えるだろう。

「迷惑だったら迷惑だとはっきり言っている。今更なことを聞くな。俺が主にわざわざに気を遣うと思っているのか」

無理をした時には怒るし尊大な態度とは裏腹に結構面倒見が良いからそれくらいはしそうだ、と言ったらおそらく機嫌を損ねるだろう。一応同意しておくことにした。

「それもそうだね」

言われればその通りだ。迷惑なら迷惑だと言うだろうし、必要が無ければそのように言って辞退してくるだろう。航大はこちらが弱りもしていないのにそんな嘘を吐くような人間ではない。
一先ず迷惑でないことに安心するが、そうなると今度は別の疑問が湧いてくる。何故座っているだけで航大のご褒美になるのか、ということだ。座っているだけ。コーヒーを淹れてこいでも何かをとってこいでも用意しろでもない。

「不服そうだな」

考え込んでいたことに航大が気付いたらしい。不服というわけでは無いと首を横に振って否定する。ただ疑問なだけだ。

「このまま待っていればいいのか?」
「待っているという表現は間違っている。別に俺は主を待たせているつもりは無い」

書類を読み終わったらどこかに行く、ということも無いようだ。ますます疑問は深まるばかりで答えに辿りつく気がしない。

「何もしなくていいのかと主は言ったが、そもそも主に出来て俺に出来ぬことなどほとんど有りはしない。わざわざ主に奉仕されなくとも独りで充分足りている」

それはそうだろう。言われなくても分かる。

「いや、そうだな。最初の言い方が悪かったか。主は異常に鈍いからな」
「そんなに鈍いだろうか」
「鈍い。鈍感もここまで来るとある種の才能だな」
「そこまででは無いような……。普通じゃないか?」
「普通ならとうに気付いていてもおかしくないと思ったが。いや、まぁいいだろう。その鈍さが腹立たしい時もあるが主の美点でもあるからな」

溜息を一つついたあと、航大は手元の書類ではなくこちらに視線をよこした。


「主の為にもう一度分かりやすく強請ってやろう。一度だけだ。きちんと聞け」





「そこに座っていればいい。……主がそこにいるだけでいい」

perv top next